公開日:2025年6月27日

ジェンダーギャップに抗う広告が大集合。「わたしたちはわかりあえない からこそ」展(アドミュージアム東京)で、無意識の偏見や違和感を見つめ直す

開幕前からSNSで話題となった、ジェンダーと広告にまつわる展覧会をレポート!会期は8月20日まで。

展示風景より

分かり合えなさを嘆き、それでもなお進む契機としての展覧会

JR新橋駅から徒歩5分の商業施設、汐留カレッタ内には現在、紫と黄色を基調としたひときわ目をひく空間がある。アドミュージアム東京で先日開幕した「わたしたちは わかりあえない からこそ」展だ。会期は6月25日〜8月20日。

展示風景

同館は日本で唯一の広告を専門としたミュージアム。本展では、ジェンダーギャップの問題に立ち向かった広告事例約60点が大集合した。展示構成は「声をあげてみる」「問いかけてみる」「決めつけをやめてみる」「新しくしてみる」など、問題に対するアプローチごとに区切られている。

同館学芸員の樽澤武秀は、ジェンダー問題に対する絶対的な答えはないと前置きしたうえで、本展が私たちのなかで無意識に形成されている偏見や、社会への違和感に気づく機会となってほしいと語った。カラフルでポップなビジュアルや、鑑賞者に参加することを求める体験型の作品が多く展示されていることは、そのような背景の元に設計されている。

展示風景

ここでは、展示作品のなかから筆者が気になった作品を数点紹介したい。

展示風景より、「#LikeAGirl」(2014)

まずこちらは、展示室の右側「問いかける」のコーナーで目に入った映像作品。生理用品ブランドalwaysが手がけたキャンペーン「#LikeAGirl」(2014)だ。10代の男女に「女の子らしく走って」「女の子らしく投げて」などの問いかけを行い、その反応の違いをカメラで記録した同作品。10歳前後の男の子が悪気なく異性に対する偏見を発露させてしまう様子に、男性である筆者はえもいわれぬ居心地の悪さを感じてしまった。

展示風景より、「#言葉の逆風:なぜ東京大学には女性が少ないのか?」(2024)

同じく「問いかける」のコーナーにあるこのポスターは、東京大学が行ったジェンダーバイアス是正のためのプロジェクト「#言葉の逆風:なぜ東京大学には女性が少ないのか?」(2024)だ。問いかけが書かれた紙をめくると現れるのは、女性への逆風のように浴びせられる偏見に満ちた発言の数々。暴力とすら形容できるこれらの言葉は、実際に東大の学生や研究者が受けたものだという。

展示風景より、「彼女についての授業」(2010)

「新しくしてみる」のコーナーにあったこちらはアメリカの非営利団体が制作したアプリ「彼女についての授業」(2010)。歴史の教科書に登場する女性の割合の少なさが子供に与える影響はたびたび問題視されているが、このアプリを使って教科書を読み込むと、そこには記載されていない女性の偉人の物語が浮かび上がる。70年代後半から「なぜ偉大な女性芸術家はいなかったのか」という問題に向き合い続けるアート業界にとっても、大きな示唆を与える試みだ。

展示風景より、右側が「ハロー、ニュールール!」(2022)

「データから考えてみる」のコーナーに展示されていたのは、大手求人検索エンジンIndeedの広告「ハロー、ニュールール!」(2022)。赤塚不二夫のギャグ漫画「天才バカボン」のキャラクターたちが、職場でのジェンダーギャップに「これでいいのか?」と問いかけるキャンペーンだ。筆者が思わず頭を抱えてしまったのはバカボンの愛娘ハジメちゃん(3歳)のひと言。男性の育休取得の約3割が5日未満というデータに対して「カイワレすら育てられないよ……」。およそ3歳とは思えない聡明さと悲哀である。

展示風景

こちらは常設展の一部に組みこまれた「過去から学んで見る」のコーナー。いまも色褪せないというありきたりな表現をつい使ってしまいそうになるが、それはこの社会がジェンダー格差をこれほど前から問題視してきたにもかかわらず、それがいまだに解決していないということの裏返しとも言える。

展示風景より、「(ウィ)メンズ・フットボール」(2023)

つい論調が暗くなってしまったが、最後は女性のエンパワーメントに関する作品に注目したい。「気づきをつくってみる」のコーナーには、一見すると男子サッカーの名プレー集のように見える動画が、じつはCGの特殊効果で編集した女子サッカー選手の名プレー集だったという、フランスの大手通信会社Orangeによる動画プロモーション「(ウィ)メンズ・フットボール」(2023)が展示されていた。「女子サッカーは迫力がない」「女より男の方がサッカーが上手い」などの偏見を打ち崩し、スポーツのあり方が性差によって縛られないことを明らかにしてみせる作品だ。

2階展示室には、本展のテーマについてより深く考えられるような書籍を紹介するコーナーもあった

ここまで見てきた通り、本展は見る人によって居心地の悪さを覚えたり、トラウマがフラッシュバックしたり、無力感にかられたり、あるいは疎外感を覚えることもあるだろう。

しかし、そのような感情をけっして分断の拡大に向けるのではなく、ジェンダーに関する「わかりあえなさ」を目の前にあるものとしてしっかりと受け止め、その先を考えていくことこそがこの展覧会の意味である。タイトルの「わかりあえない」と「からこそ」の間にある半角スペースは、その点において文字幅よりはるかに多くのことを語っていた。

展示風景
展示風景

井嶋 遼(編集部インターン)

井嶋 遼(編集部インターン)

2024年3月より「Tokyo Art Beat」 編集部インターン