公開日:2025年2月7日

「アートサイト名古屋城 2024 あるくみるきくをあじわう」レビュー。特権的な誰かが語る“旅”をほどき、新たな“観光”へとつなぐ(評:鵜尾佳奈)

国内外より年間200万人以上もの人々が訪れる観光名所としても知られる名古屋城。ここで開催された現代アートの企画「アートサイト名古屋城 2024 あるくみるきくをあじわう」を、愛知県美術館学芸員の鵜尾佳奈がレビュー

会場風景より、久保寛子《水の獣》

観光地としての名古屋城を再考する

「アートサイト名古屋城」は、名古屋城を舞台にアーティストがサイト・スペシフィックな作品を展開するアートプロジェクトで、名古屋市の主催で昨年2023年に始まり、今回が第2回となる。昨年と同様にキュレーターには服部浩之を迎え、企画・制作はアートマネージャーの野田智子とアーティストの山城大督が設立したTwelve Inc.が担った。

本展では「あるくみるきくをあじわう」を全体を貫くテーマとし、民俗学者の宮本常一の創刊した雑誌『あるくみるきく』で示された旅において実見の重要性を重んじる態度に観光の極意を見出し、年間200万人以上が訪れる名古屋市を代表する史跡・観光地である名古屋城をキュレーター、アーティストの視点から見直す。

宮本常一は、柳田國男の民俗学の方法論から出発し、貧困や差別で苦しむ民衆の生活を物語として綴った『日本残酷物語』(1959)の監修や、日本各地の民間伝承を編纂した『忘られた日本人』(1960初刊)で知られる民俗学者だ。生涯の4000日をフィールドワークに費やしたと言われ、日本列島を自らの足で隅々まで歩いて民衆の文化を聞き取った。

会場風景より、蓑虫山人・高力猿猴庵《旅と暮らしの民俗誌》

宮本が民俗学の調査のために各地を歩いたのに対し、参加アーティストのひとりに数えられる絵師の蓑虫山人は、旅それ自体を目的として景勝地を行脚した。美濃国に生まれた蓑虫は、江戸から明治時代に折り畳み式の笈(おい)を携えて全国どこへでも放浪して絵日記を残したことで知られる。この蓑虫の旅の愉しみに溢れた軽妙洒脱な絵日記は、本展の起点として正門直ぐの西之丸にパネル展示される。

惜しむらくは、蓑虫は明治末期の最晩年を名古屋で過ごしたものの、旅先として名古屋を描くことはなかったため、尾張徳川家の居城として栄えた江戸時代の名古屋城周辺の様子を伝えるのは、尾張藩士の高力猿猴庵の絵入り本に託される。旅に生きた宮本や蓑虫とは対照的に、猿猴庵は藩士として徳川家に仕えて生涯を名古屋で過ごし、民衆の文化や風習を絵とテキストで生き生きと綴った。こちらも、伊勢神宮へのおかげ参りを描いた『画誌卯之花笠』や、尾張の御鍬祭(おくわまつり)を記録した『御鍬祭真景図略』の一部などが西之丸にパネル展示され、本展で着目する観光地としての現在の名古屋城の姿と、江戸時代後期の城下の賑わいとを緩やかにつなぐ役割を果たしていた。

会場風景より、蓑虫山人・高力猿猴庵《旅と暮らしの民俗誌》

アーティストと動物たちとの邂逅

興味深いことに、本展テーマの着想源となった宮本常一が人間の話を聞き歩いたのに対し、本展に参加する4組の現存作家のうち3名は、名古屋城を取り巻く動物たちに耳を傾けた。

会場風景より、菅原果歩《青い鳥が棲む場所 》

とりわけ徹底して動物にのみ焦点を当てたのは、菅原果歩である。菅原は名古屋城を塒とするカラスについて調べるため、数週にわたって城内で閉門後にテントを張って野営した。名古屋城は夕暮れになるとたくさんのカラスたちが上空を覆う。野営中、菅原はカラスたちの羽や食べ残した木の実、糞などを採取・撮影しながら、彼らが集まる木、食べるもの、休む場所などをフィールドノートに書き記していった。そうするなかで撮影した樹に群れるカラスの写真を、サイアノタイプ(日光写真)を用いて巨大な紙に印画し、ノートや採集物と共に御深井丸の乃木倉庫で展示した。

会場風景より、菅原果歩《青い鳥が棲む場所 》

テントでの野営は蓑虫山人の旅のスタイルを想起するが、菅原は史跡そのものではなく、史跡を囲む自然に暮らす鳥たちの機微に肉薄する点で大きく異なる。城と自然だけになった夜の史跡で、名古屋城を巡る英傑たちの歴史とは一見無関係に営まれるカラスの活動は、観光地を観光地たらしめる人間の物語を排した環世界への視座を提供してくれる。

会場風景より、久保寛子《水の獣》

いっぽう、久保寛子は名古屋城の天守閣に頂く鯱に関心を注いだ。鯱といえば獣の頭と魚の体をもった空想上の生き物で、日本では建物を火災から守る守神として寺院や城の大棟の両端を飾ってきた。そのルーツが古代インドの神獣マカラにあるとされていることや、さらなる原型としてドラゴンがあることを知った久保は、存在しない生き物を造形する過去の人々の想像力とその連綿と続く悠久の歴史に胸を打たれ、自分なりの鯱、ないしドラゴンを作ってみようと考えたという。そうして天守閣を背に本丸御殿中庭に展示された《水の獣》は、特定の文化コードに依拠せず、悪の象徴とも守神ともつかない、ブルーシートの体とハトメを目にもつすらりとしたドラゴンとして表現された。

会場風景より、久保寛子《ANCIENT CAT》

名古屋城にあって何よりも久保が魅了されたのは、狩野派による表書院の障壁画の美しさであり、災害や戦争に遭っても絶えず受け継がれてきた芸術の強靭さであった。本丸御殿の車寄に展示された《ANCIENT CAT》は、表書院の障壁画に描かれた麝香猫に応答して、こちらは実際の猫をモデルに小さなさセメント製の彫刻である。人類が個別の文化の垣根を越えて持つ普遍的な精神の産物とでも言うべきドラゴンと、やはり世界中に生息して現代の私たちに身近な哺乳類であるイエネコの並置は、古今東西の芸術的営為を有機的に結びつける。

会場風景より、狩野哲郎《すべての部分が固有の形になる》

名古屋城を棲家とする野生動物と、表象として描かれた動物の両方に取材したのは、狩野哲郎だ。名古屋城および名城公園は市内の特別緑地保全地区のなかでも最大の面積であり、特徴的な生態系を育んでいる。だが、名古屋城の大部分は1945年の名古屋大空襲により一度焼失しているため、現在の緑豊かな公園としての全体像は戦後の都市計画によって形作られた。本展で狩野は、名城公園内の樹木や公共の手洗場に角材で土台を作り、その上に陶器やプラスチック容器、枯れ枝や果物、犬の玩具やスーパーボールなどを無造作に置いて不定形の彫刻を制作した。風雨に晒された彫刻は、時を経るにつれ楠や松の葉、半分しかない柿の実を引き受け、ときにはヒヨドリやキツネの休憩所か隠れ家になったかもしれない。

会場風景より、狩野哲郎《系(供物、囮、わな)》

翻って、本丸御殿の表書院内に展示されたのは、広間を飾る障壁画に描かれた動物のための彫刻である。障壁画には虎、豹、鷺、雉などが登場するのだが、たとえば《麝香猫図》のある部屋には猫が喜びそうなボールやキャットタワーのような彫刻、《桜花雉子図》の部屋には鳥の止まり木や水飲み場を思わせる彫刻など、描かれた動物たちの興味を引きそうな作品が設置されている。襖絵における動物は、吉兆や魔除け、部屋の格に相応しい季節や場を表すもので、生態学的な関心によって描かれるものではない。だが狩野は御殿の外に棲まう野生動物たちと御殿の中に動物の表象を等しく扱い、彼らの彫刻への「参加」に期待したのだ。

「特権的な主体」としてのアーティスト

現存の参加作家で唯一、あくまで人間を主体・客体として旅と観光を捉えたのが、千種創一+ON READINGである。黒田杏子・黒田義隆が市内で営む書店、ON READINGが本プロジェクトチームから展示の依頼を受け、観光がテーマならと名古屋市出身の歌人・詩人の千種創一に声かけて、このコラボレーションが実現した。

二之丸庭園を歩いていると現れる、鏡に印字された千種の短歌のなかには、「僕」や「あなた」という主語が頻繁に出てくる。たとえば次のような短歌がある。「あなたは僕の幽霊に、僕はあなたの幽霊に、雪の手紙を書いていたんだ」。

会場風景より、千種創一+ON READING《the Garden》

ここでの「僕」は当然、作家ではないし、「あなた」は作家の恋人や友人ではないが、そう読むこともできる。そして鏡の反射で示されるのは、「僕」は私かもしれないし、まったく知らない誰かかもしれないということだ。相聞歌の持つどことなくロマンチックな響きから、身近な主語に引き寄せたくなり、しかし鏡に整備中の庭園を歩く観光客たる私が写ると主語を手放したくなる。こうして、それまで動物の環世界、あるいは動物についての人間の想像力という視点から提示されていた名古屋城は、「僕」と「あなた」といった主語に収斂した内的世界へ変わる。

会場風景より、千種創一+ON READING《知多廻行録》

尾張藩主の徳川斉荘が1843年の知多半島の旅で詠んだ短歌に、斉荘と同じ道行を辿った千種が自由律で返歌をする《知多廻行録》においては、隠れた主語が江戸時代後期の大名と現代の詩人であることが明らかだ。行楽地における旅情を通じて接続するふたりは、旅先で短歌を詠むことができるふたりである。

思えば旅というのは、ある時期まではこの特権的な主体によってその情趣が語られてきた。本展のパンフレットに掲載されたステートメントにもある通り、旅は近代まで庶民のものにはあらず、経済的な後ろ盾がなかったにも関わらず各地を放浪し、絵や文を書き残すことができた蓑虫山人は、例外的であるこそ私たちの興味の対象になる。そしてアーティストもまた、類稀な視点と知識を持つという意味で特権的な主体である。

冒頭で本展の趣旨を「名古屋城をキュレーター、アーティストの視点から見直す」と書いたが、本展は観光や観光地をテーマとしつつも、庶民にとっての観光、すなわち「あるくみるきく」ではなく、来場者はアーティストが歩いて見て聞いたことを「あじわう」のだ。つわものどもの栄枯盛衰の物語を加味しながら楽しむ現在の史跡観光の在り方も、特権的な誰かの「あるくみるきく」に依拠するものに違いない。さればこそ、200万人の観光客が予期しない名古屋城の味わい方が、今後の新たな「観光」を生むことを望む。

鵜尾佳奈

鵜尾佳奈

愛知県美術館学芸員。大阪大学大学院文学研究科博士後期課程単位修得満期退学。日本学術振興会特別研究員(DC2)、広島市現代美術館学芸員、国際芸術祭「あいち2022」プロジェクト・マネージャー(学芸)を経て、2023年より現職。企画・担当した主な展覧会に、「あいち2022ポップ・アップ!」(愛知県内各所、2022)、「アブソリュート・チェアーズ 現代美術のなかの椅子なるもの」(愛知県美術館、2024)、諫山元貴個展「Dolly」(hakari contemporary、京都、2024)ほか。専門は戦後アメリカ美術史。