伊東敏光 臥遊(がゆう) -ガード下神殿-
全国に数多ある芸術祭の中で、今年(2025年)から始まったもっとも新しいアートの祭典が「千葉国際芸術祭 2025」だ。2023年から一部プレ会期企画の実施を経て、ついに本開催が実現。3年に一度の開催となるトリエンナーレ方式で行われる。
舞台は千葉県の県庁所在地である千葉市。98万人もの人口を擁するこの政令指定都市で9月19日から集中展示・発表期間がスタートしたこの芸術祭は、いったいどのような内容なのだろうか?
2025年度の総合ディレクターを務めるのは、中村政人。アーティストであり、東京藝術大学教授でもある中村は、千葉国際芸術祭の特徴についてこう話す。
「この芸術祭は、市民参加型であることを前面に押し出しています。参加の方法は様々です。たとえば、作品に使用する素材を提供すること、実際に制作の現場に携わること、会場を提供しながら応援することなど。いろいろな方にこのプロジェクトに参加していただいたり、応援していただいたりしております」
じつは「千葉国際芸術祭 2025」は、9月19日から始まったわけではない。アーティストと千葉市民は、2025年4月から(※一部企画はプレ会期の2023年から)ワークショップやリサーチなど様々なかたちで協働し、市内各所で関係を紡いできた。そして、その活動の成果を発表する場として行われるのが、今回の集中展示・発表期間というわけだ。
たとえば、西尾美也によるアートプロジェクト「まちばのまちばり」は、2024年のプレ企画から2025年10月にかけて全13回のワークショップを開催。まちから集めた服を素材に「かさぶたの人」「のりしろの人」「ボタンの人」など、各回「◯◯の人」をテーマに、切ったり、貼ったり、縫い合わせたりしながら、参加者たちが工作的な手法による服づくりに挑戦。
ワークショップに4回参加すると、特別ワークショップ「オーダーメイドの人」に参加することができ、そこでの服づくりを完成させた参加者は、市民アーティストとして「まちまちテーラー」に認定。展示会場ではそのユニークな発想や手法をもとに、来場者からオーダーに応えていく。
藤浩志は、子供たちが不要になったおもちゃを交換する「かえっこバザール」を2024年から千葉市内の複数箇所で開催。会場では集まったプラスチック素材を用いて制作された《かえるの池》が展示されている。
藤はこれまでの時代に作られてきた都市、商品、エネルギーなどが流通したあとの廃棄物のあり方に注目し、活動を重ねてきた。それらが次の時代にどのように受け継がれ、どのような循環システムに還元されていくのか? 廃棄物の未来について、様々な可能性を模索したいとの思いから「33年後のかえる」として《かえるの池》が制作されたのだ。
千葉国際芸術祭を参加型にした理由について、中村は今回のコンセプトである「ちから、ひらく」を踏まえて、こう続ける。
「様々なかたちで作品に携わり、日々の生活の中で芸術祭が自分ごとになることで、人々の心がひらいてほしいですね。社会課題を見つけて解決しようとする人が出てきたり、ワークショップに参加して、その体験で心を豊かにしようとする人が出てきたり。それぞれの立場や現状によって様々なひらき方をしてもらえたら嬉しいです」
今回は、千葉市が2026年に千葉開府900年を迎えることもあり、入場無料での開催となっている。つまり「日常的に展示会場を繰り返し訪れて、作品を体験したり、鑑賞したりできる」と中村。
たとえば、スロー・アート・コレクティブの《STATION to STATION》は、会期中に一般の人々が、作品の骨格を成す竹に紐という自由度の高い素材を編み込んだり、結んだりしていくにつれて、ボリュームのある装飾的な姿へと成長していく作品だ。また作品に設置された楽器を叩いて鳴らしたりすることもできる。
この作品が展示されている場所は、千葉都市モノレール 千葉駅2階。通勤通学で利用される場所だからこそ、必然的に毎日多くの人々が会期中に変容していく様子を鑑賞でき、さらにそのプロセスに参加することで、心がひらくきっかけとなりえる作品となっている。
岩沢兄弟の「キメラ遊物店/アーツうなぎ」は、1871年に千葉県内で創業し、2014年に閉店した老舗割烹店「うなぎ安田」の元店舗を舞台としたアートプロジェクト。千葉市市場町で10年以上閉じていた歴史ある建造物を、市場町で生まれ育った実の兄弟からなるクリエイターユニットの岩沢兄弟が、新たな姿でひらいていく。
この場所は、まちから集めた材料置き場、工房、店舗として使用され、さまざまなモノとモノ、アイデアを組み合わせた「キメラ遊物」が、岩沢兄弟とその仲間たちによって日々生み出されていく。
会期中にはワークショップ形式で「芸術祭オフィシャル非公式グッズ」や「ちば公式土産(案)」を制作する予定だ。
「これから3年に1度、この芸術祭を開催し続けることによって、心をひらいた市民たちが、自分たちの芸術祭との思いによって、ひらいた心から一歩でも行動するようになってくると、3回目くらいには意識変容、行動変容、社会変容する芸術祭として、千葉市の文化力の基盤も厚くなってくるような思いでおります」と中村。
プロジェクトの背景となる部分、場所だったり、そこにいる人であったり、作品ごとにいろいろな文脈があるので、ぜひそこを意識して観てほしいと中村は話す。
「どこがどうひらいてきたのか、ひらこうとしているのかは、プロジェクトとしても大事なところです。ぜひ新しい芸術祭の始まりを楽しんでいただけたら幸いです」
今回の開催にあたり、海外アーティスト部門には81の国と地域から597組、千葉ゆかりの若手アーティスト部門には39組の応募が寄せられた。そこから選ばれたのは海外7組、千葉7組の計14組。応募総数636組に対しておよそ45倍という狭き門を突破したことになる。
さらにディレクターの中村政人が招聘した18組を加え、最終的に32組のアーティストが千葉国際芸術祭に参加し、37本の参加型アートプロジェクトを展開する。
作品は千葉市内に点在するが、幸いにも千葉市内では2026年1月末までシェアサイクルや電動サイクル、立乗り三輪モビリティ、カーシェアリングなどを市内4ヶ所で提供する実証実験「千葉ぷらっと」を実施中。乗り物をレンタルすることで、手軽に作品を巡ることができる。
また、千葉都市モノレールでは、土日祝日に乗り放題となる「ホリデーフリーきっぷ」(大人630円、小児320円)を発売中。千葉国際芸術祭オリジナルデザイン版も限定5000枚で登場している。市内公共施設の入園料や入館料が割引になる特典もあるので、上手に利用したい。
37本のアートプロジェクトすべてを巡るのもよし、気になる作品を絞り込み、それらを目指して訪れるもよし。作品鑑賞の途中で立ち寄りたい、おいしい店や気になる店を事前にリサーチしてから足を運ぶのもいいだろう。
「千葉国際芸術祭 2025」は、市内を巡ることで感じる街の歴史や空気を作品にリンクさせながら、鑑賞や参加ができる芸術祭なのである。
「千葉国際芸術祭2025」
会場:千葉県千葉市内各所
会期:2025年9月19日(金)〜11月24日(月・振休)
公式ウェブサイト:https://artstriennale.city.chiba.jp/