会場風景より、《学校》(2024/25)
オーストリアのアーティスト、エルヴィン・ヴルムの個展「エルヴィン・ヴルム 人のかたち」が青森県の十和田市現代美術館で開幕した。日本の美術館でヴルムの個展が開催されるは初めてのこと。近年の作品が日本で初公開される。
エルヴィン・ヴルムは1954年、オーストリアのブルック・アン・デア・ムーア生まれ。ウィーン応用美術大学とウィーン美術アカデミーで学び、写真やニット素材、ときには人体などを様々な素材を用い、彫刻の概念を徹底的に拡張した作品で知られている。2017年に開催された第57回ヴェネチア・ビエンナーレではオーストリア館で作品が展示されたほか、2025年3月のISSEY MIYAKEの「2025/2026秋冬コレクション」では、彼の作品がインスピレーション源になった服が発表されている。
日本の美術館においては、十和田市現代美術館の常設作品として、《ファット・ハウス》と《ファット・カー》が展示されている。同館は作家、そして作品をより深く理解してもらうことを目的として常設展示作家の個展を定期的に開催していることから、今回の個展開催へとつながった。
2025年4月より同館の館長に就任した四方幸子は、「ヴルムさんは多様なメディウムを使って作品を発表しますが、作品のなかに共通点があるように感じています。彫刻を空間や身体、環境との関係性のなかで変容していく動的なものととらえていること、そして日常にあるものや題材を使い、フレンドリーに見える外観をしていながらも、奇妙であり、作品の背後に社会への鋭い批評が込められていること」と、ヴルムの作品の魅力を語った。
展示される作品は19点。冒頭に展示されるのは最新作の《学校》。極端なほどに幅が狭められた黄色い壁の建物は、オーストリアの典型的な学校建築。この建物の中には、教室や机、椅子などが設えられているが、こちらも極度に幅が狭められている。「建物の幅を狭めたのは学校が持つ抑圧的な権力などをイメージしている」(ヴルム)そうで、教室の壁には、国威発揚に関するポスターなど明治時代以降の教材や印刷物が張られている。「時代ごとに変わっていく『正しさ』がいかにあいまいであるかがこの作品のテーマ」(ヴルム)。
《学校》と同じ展示室にある写真の作品もまた、ヴルムにとっては彫刻作品だ。様々な参加者に不自然なポーズを取らせ、写真に収めることで「写真の彫刻」を作り上げている。修道士と修道女や、そしてヴルム自らによる、時にはユーモラスにも感じる佇まいは、モデルが内包している神聖さ、権威などにあらためて向き合い、問い直す作用をもたらしている。
様々な素材を用いて彫刻作品を制作するヴルムは、衣服を使った作品も数多く制作している。《精神》は、一見するとピンクに彩色された一室であるだけに見えるが、よく見ると壁や天井に襟や袖があるのがわかる。部屋がセーターを着込み、そのなかに鑑賞者が包まれているのだ。
また、《吊されたセーター》は既製品のセーターを固定し、彫刻作品として展示した作品。普段は気にもとめなかったセーターの色や網目模様、形の面白さがあることにも気がつく。 「みなさんも家で実現できる作品です。わずかな時間で作品が生まれますが、またわずかな時間でその作品がすぐに消えてしまいます」(ヴルム)
そして、最後の展示室には、「皮膚シリーズ」《立っている花 2》と「平らな彫刻シリーズ」が並ぶ。「平らな彫刻」シリーズは、絵画のように見えるが、ヴルムはこれらも彫刻として制作している。キャンバスの上に「Gain」や「Hour」などの「3次元的な単語の塊を押しつぶした形で表現した」(ヴルム)。そして靴を履いた人間の身体の一部を描写した《立っている花 2》は、あえて体の一部分のみを表現することで、存在していない体の全体を見るものに想像させようとしている。
そして、会場を出て、美術館の向かいにある常設作品《ファット・ハウス》と《ファット・カー》は、日本でいちばん知名度の高いヴルムの作品だ。ヴルムは家や車を身体の延長としてとらえ、それらをむっちりと膨らんだ形で表現した。一見するとかわいらしく擬人化された2つの作品には、現代社会への皮肉も込められている。
「人々はつねに彫刻的な問題に関わっています。食事をして体重が増えること、口座に貯金しお金を増やすことなどは、ボリュームを変えるという点で見ると彫刻的であります。システムや社会が少しずつ変容し、いつのまにか違うあり方になっていることも彫刻的と言えるでしょう」(ヴルム)
また、「現在のわたしたちの社会で作られている車は、この作品を制作した15年前よりもかなり巨大化していて、実際に道路を走っている車より小さくなってしまった車が“ファット・カー”として展示されているのが奇妙な感じだなあと思っています」ともヴルムは語った。
なお、本展は十和田にある「松本茶舗」「14-54」「十和田市地域交流センター(とわふる)」にもヴルムの「一分間の彫刻」シリーズが展示されている。これらは白いステージに上がり、日用品を使って1分間静止してポーズをとることで、自らの意思から離れ、彫刻そのものになれる参加型作品だ。展覧会を訪れた際には、街にも立ち寄り、作品になる体験をしてみてほしい。
本展は、エルヴィン・ヴルムの作品をまとまったかたちで見ることができる貴重な機会だ。また、美術館の展示室だけでなく、野外やまちなかといった異なるシチュエーションでも鑑賞することも可能。作家の「彫刻とはなにか」という問いかけを受け止め、体感してもらいたい。