廃屋とは、価値のないもの?
それは誰が決めたのか。HAIOKU AIR(HAIOKU Artist in Residency)プロジェクトが、アートによって廃屋に新しい価値を与えようとしている。
「HAIOKU Artist in Residency “巣”的建築」が、2023年11月6日〜19日に開催された。「バイソン」と名付けられた村を舞台に、ベトナムアーティストによる2週間のアーティスト・イン・レジデンスが行われた。主催者は廃屋建築集団・西村組(以下、西村組)、プログラム・ディレクターは一般社団法人for Cities(以下、for Cities)。11月18日、19日に行われたアーティストトークと最終報告プレゼンテーションに足を運んだ。
神戸市兵庫区梅元町にあるバイソンとは、西村組が改修した空き家群だ。神戸の繁華街三宮からバスに15分ほど揺られて住宅街に向かい、坂を登ると見えてくる集落がそれだ。このエリア一帯に残っていた廃屋を1軒ずつ購入して改修を加え、現在ではギャラリー、地下ギャラリー、アトリエ兼住宅、コワーキングオフィス、シェアハウス、共同茶室などの9棟が群れをなしている。
バイソンがユニークなのは、西村組が主導しながらも、自然発生的に集まってきた仲間と共に廃屋改修を行ってきたところだ。集まってきた仲間を受け入れ、寝食を共にし、必要な家や宿を作り、表現の場所も生みだしていった。こうして生まれたギャラリーや共同茶室はアーティストに開放され、日々展示やイベントなどで賑わっている。
そんな西村組が、HAIOKU AIR(HAIOKU Artist in Residency)をスタートした。これは、西村組の所有する様々な廃屋を、アーティストの制作スタジオ・作品発表のフィールドとして活用するプロジェクトだ。コンセプトは、「見捨てられてきた廃屋に、新しい価値を創出する」。今回の「“巣”的建築」は、巣(NEST)をテーマに据えて、”巣”的な都市の在り方を考えるものだった。
プログラムディレクターを務めたfor Citiesは、都市体験のデザインスタジオ。国内外の建築やまちづくり分野でのリサーチや教育プログラムの開発など、国や分野を超えて都市の日常を豊かにすることを目指して活動しているユニットだ。
「西村組との出会いは、2022年9月に神戸市長田区で実施されていた調査・交流・発信活動プログラムである『アーバニスト・イン・レジデンス』でした。バイソンを訪れた時にそのバラック感と共同茶室の存在感に衝撃を受けましたね。まさに一目惚れ(笑)。きれいに整えるのではなく、そのままの空間をいかして楽しむという、こういう遊び方があることに可能性を感じました」とfor Citiesの杉田真理子と石川由佳子は振り返る。
「家や都市も拡張した、生命としての私たちの巣」と西村組代表の西村周治は今回の企画について定義づける。「セッション的に身近な資源で作ること、できる労力で作ることが基本だと思うんです。作りながらこの場所がどんどん変容していって、それが日々移ろっていく過程が面白かった。都市に住むカラスが、落ちていたワイヤーを使って巣をつくるように」。そして「現代社会の家はワンルームで壁が真っ白。私たちは自分たちで作っていない、作られた場所に住まされている気がしています。ビーバーの家に鳥が住んでるみたい」と続けた。
for Citiesが招聘したのは、2023年5月にベトナムのホーチミン市で開催したリサーチ・Urbanist Campで出会った5名のアーティストたちだ。彼らは兵庫県神戸市の街を歩き、限られた時間のなか、場所に命を吹き込んでいった。使える素材は、半径何キロ圏内以内で手に入るような素材に限る。いまあるリソースを使って、ブリコラージュ的に建築を作ってきた西村組ならではのオーダーだ。展示会場の規模も関係ない、エンプティな場所でも実現するパワーがあった。アーティストたちは廃屋を見て、「こんなに多くの場所が余っているのに、なぜ僕たちは日本で展示活動ができないのか」と発言したのだそうだ。素朴な疑問から、日本の現状が浮かび上がってくる。
Baison Galleryでは、3名のアーティストの展示が行われた。
グラフィックデザイナー・Simon Phan(サイモン・ファン)は、鉄の窓枠から地元のテキスタイル・パターンなどを作るアーティストだ。神戸をリサーチし、その風景をテキスタイルに落とし込んだ作品《I SPY WHIT MA EYES》(2023)を発表した。またそれらのテキスタイルを参加者が自由に組み合わせて地図を作成する、《THE PLAY ROOM (interactive map making zone)》(2023)というプレイフルな仕掛けにも落とし込んだ。
インターディサプリナリーデザイナー・Cécile Ngọc Sương Perdu(セシル・ゴック・スオン・ペルドゥ)による《untitled(Kobe)》(2023)は、巣をシェルターや安全性という意味に捉えた。小さな読書コーナーを作るインスタレーションは、「ヌック=隠れ家」に誘い、壁に貼られたプリントのコレクションに没入させる。彼女の2冊のZINEは、街中を歩き回って、スマホでスクショしながら丁寧に作り上げるゲリラプリンティングという手法が用いられている。
ビジュアルアーティスト・Jo Ngo(ジョー・ゴ)は映像を用いた作品《Gentle Mental》(2023)で現実を超えた聖域「ネスト・ホーム・フォー・ザ・メンタル」という空間を作り出した。空間に響くアンビエントサウンドと視覚的に映る抽象的なコードは、瞑想の旅にいざなってくれるだろう。
バイソンのいちばん奥にある、共同茶室に向かう。
建築家・Ngô Đức Bảo Lâm(ゴ・ドゥク・バオ)の作品が見えてくる。直前にビザが降りずにオンライン制作を余儀なくされ、設計図の指示を受けた西村組とのセッション制作となった。「巣」というテーマと展示場所の風景を伝えて、来日メンバーと同様の条件で制作した。
茶室におもむろに刺された竹も、竹林をイメージさせる。隣の屋根の上には竹で組まれた造形物が置かれている。目下に広がる神戸市内の都市風景と合わせみると、その風景のギャップに驚かされるだろう。
地下ギャラリー・Baison Azitoには、デザイナー兼写真家・Dương Gia Hiếu(ズオン・ギア・ヒエウ)によるインスタレーション空間が広がっていた。彼はベトナムで自身が空間設計をしたバー兼スペースを運営している。室内に点在する家具は、すべて廃屋から発見されたものを素材に組み合わせて作られたもの。手作りという行為や既存のものを再利用する術を忘れ、購入で済ませてしまう物質主義への問いかけでもある。日本もベトナムも同じだという。
レジデンス期間のバイソンには、ほかにも海外客が滞在し、有機的なサポートが行われていたそうだ。バイソンにはかつての日本にあったような村的な風土が醸成されている。アート作品もしかり、日本人が評価しなくなった廃屋や廃材を海外アーティストが活用したことも本展の魅力だろう。私たちが普段価値を感じないものでも、彼らの関心やその活かし方を通して見ることで、“宝物”だと気付かされることも多分にある。
「無価値化した廃屋は、日本だけかもしれない」とも西村は話す。価値のあるものも、見つけられず破棄されているかもしれない。可能性を見出すのは、アートの力だ。確かに日本にはまだまだ生かせる場が残っているのかもしれない。
HAIOKU artist in Residence ”巣”的建築
開催日時:11月6日〜11月19日
会場:梅元の村、バイソン
主催:合同会社廃屋・西村組
プログラム・ディレクター:一般社団法人for Cities
URL:https://haioku-air.studio.site/