会場風景より、「JAIL HOUSE 33 1/3」内部から作品を見る。画面中央の作品は奈良美智《Girl from the North Country(study)[北国の女の子(習作)]》(2025)
2020年の開館以来、精力的に国内外の先進的なアーティストを紹介し続けている弘前れんが倉庫美術館で開館5周年記念展となる「ニュー・ユートピア──わたしたちがつくる新しい生態系」が開催されている。会期は11月16日まで。同館が歩んだこれまでの5年間をたどりながら、未来のユートピアについて考えるきっかけになる展覧会だ。
弘前れんが倉庫美術館は、明治・大正期に建てられたレンガ造りの建物を改修し、2020年に開館した。美術館は在りし日の建物の姿を活かしながら、国内外の先進的なアーティストたちによる作品を紹介。開館以来、作品の収集活動を続けており、現在までに30組約180件のコレクションを収蔵する。
現在開催中の「ニュー・ユートピア——わたしたちがつくる新しい生態系」は同館の開館5周年を記念する展覧会だ。ユートピアとは16世紀イギリスの人文主義者、トマス・モアによる架空の国を指す言葉だ。
「トマス・モアは、だれもが平等に暮らす理想の国を物語として描写することで、貧富の差や格差が激しい当時の社会を批判的に見つめました。この展覧会では、出品作を通して『どこにもない』場所、歴史を考えていくことで、自分たちがいま暮らす社会や状況について考え直すきっかけを作りたいと思います」と、弘前れんが倉庫美術館館長の木村絵理子は語る。
本展はアーティスト20組の作品と2件15点の歴史資料を展示。その多くが同館のためにアーティストが手がけたコミッション・ワークとして生まれた作品だ。展覧会の冒頭を飾るナウィン・ラワンチャイクン《いのっちへの手紙》は、作家がリサーチを重ね弘前や倉庫にゆかりのある人々や名所を描きこんだ、ねぷたから着想を得た扇型の形態をとる。
美術領域にとどまらず、小説やコミックなど他分野に渡り精力的に活動を行う小林エリカ《旅の終わりは恋するものの巡り逢い》は、弘前で軍医だった祖父と、同地で生まれ「シャーロック・ホームズ」シリーズの翻訳を手掛けた父、そして「シャーロック・ホームズ」の作家、コナン・ドイルの3人の人生が行き交う作品で、館内の複数の場所に展示されている。
また、小林は近年、第二次世界大戦中に生産された風船爆弾に関心を寄せており、小説『女の子たち風船爆弾をつくる』も発表している。《春のをどり(愛の夢)》は、作家の祖母が持っていた着物の裏地を支持体とした作品で、宝塚歌劇団員の少女が描かれている。彼女たちの職場であった東京宝塚劇場は第二次世界大戦中に接収され、ホールの高い天井を活かし、東京宝塚劇場は風船爆弾づくりの工場となり、団員たちは工場で風船爆弾づくりに従事していた。作品のタイトルは、戦争が終わり初めて劇場で披露したダンスが「春のをどり」であることにちなんでいる。
外来種や絶滅種、生態系など、人間と生物、物体との関係を問い直す作品を制作する渡辺志桜里は、新作インスタレーション《サンルーム(不在の部屋)》を発表。バクテリアや魚、植物などが入った水槽を美術館全体に配置、それぞれをホースでつなぎ、擬似的な生態系を展開している。
ビニールハウスの中と周辺では稲と魚が育てられている。当初、特定外来種のブルーギルが飼育される予定であったが、日本国内で飼育や展示するためには環境庁や農林水産省からの許可が必要となったそうだ。現在も申請中で、会期中に許可が出た場合、ビニールハウス裏手の水槽で新たにブルーギルも展示される予定だ。
食への関心や違和感を起点として、身体をテーマにした作品の制作で知られる川内理香子は、同館では初めての展示となる。川内は数多くのペインティングのほか、近年積極的に取り組んでいる刺繍を使った大型の新作を発表。力強い色と線をもって重層的な世界を作り出している。
このほか、同展では斎藤麗や佐藤朋子(新作)やさとうりさ、工藤麻紀子、永野雅子、細川葉子、蜷川実花(1期のみ)が参加。出品作家のうち女性の占める割合は半数。女性の構成員がいるSIDE COREを含めると過半数となっている。
なお、本展では現代美術作品のほかに、周辺地域から出土した縄文土器、弥生土器、そしてこぎん刺しも展示。地域が積み上げてきた歴史や文化の側面にも触れることができる。
都市や公共空間などに着目するアーティストユニットSIDE COREは、東京の地下空間をスケートボードで駆け巡る《under city(地下都市)》と、青函トンネルと周辺の竜飛崎を舞台にし《looking for flying dragon(竜飛を探して)》のふたつの映像作品を発表。近くにいるのに誰も見たことがない場所、かつてあったけれど失われてしまった場所を映像の世界に落とし込んでいる。
ユーイチロー・E・タムラの《草上の休息》は、19世紀にエドゥアール・マネが描いた《草上の昼食》を下敷きにした作品。ペイズリー柄の大きなカーペットの上にはカウボーイ姿のパフォーマーが座り込み、スマートフォンをいじったりするなど「休息」に耽っている。鑑賞者はカウボーイをただ見るだけではなく、カウボーイの衣装を身につけることによって、このカーペットの上で休息を取れる。ただ、カーペットの上に上がった瞬間に、鑑賞者は「見る」存在から「見られる」存在に変貌するのだ。
地元、弘前出身の奈良美智は、同館が美術館になる前の煉瓦倉庫で3回の展覧会を行ったアーティストだ。展示室には彼が高校生のときに仲間とともに作り上げたロック喫茶「JAIL HOUSE 33 1/3」が再現されている。
この「JAIL HOUSE 33 1/3」に面するかたちで、奈良の《Girl from the North Country(study)[北国の女の子(習作)]》ほか、同館のスタジオでライブドローイングとして制作された連作《A Night Owl Like a Fish》も展示される。
そして、同館では展覧会の開催中の7月11日から13日までの3日間にアートフェスティバルを予定しているという。
「弘前れんが倉庫美術館は2020年4月11日に開館を迎える予定でした。しかし、コロナ禍の緊急事態宣言のために開館は延期、フルオープンできたのは7月11日となりました。そこで、美術館は『7月11日』を開館記念日と位置づけることにしました。この展覧会も、7月11日以前の会期1期、7月11日以後を2期というかたちにしています」と木村。
アートフェスティバル開催時は、ナイトミュージアムのほか、アーティストによるイベントも企画されているという。
弘前や津軽固有の風土、歴史、⺠俗、文化に根差したコミッション・ワークに数多く触れることができる同展は、これまでの5年間を振り返りながら、新しい未来も思い描ける機会に満ちた展覧会だ。