公開日:2025年5月6日

あるはずのない山、なくなった山、あるかもしれない山。 「(株)津田土木建設 会社説明会」(秋田市・BIYONG POINT)レビュー(評:藤田周)

1月24日〜2月2日、秋田市のBIYONG POINTを会場に、津田啓仁による展覧会「(株)津田土木建設 会社説明会」が開催された。本展を文化人類学者の藤田周がレビューする。(撮影:津田啓仁)

「ほとんど見るべきものがない」展示?

秋田市、秋田ケーブルテレビの事業所の一角に設けられたホワイトキューブ。その中を一通り見た鑑賞者を動揺させるのは、「ほとんど見るべきものがない」という感覚だろう。

展示会場に何も置かれていないわけではない。展示空間の入り口側には書き込みなどを伴う地図や山々を描いた方眼紙があり、ピンク色の柱のようなものの向こうには展示のステイトメントめいた文章が掲げられている。とはいえそれらは、観客の目をとらえてやまないほど視覚的に強烈なものではない。あるいは、どこにでもあるものであることによって、そうした事物に対する観客の思考を変えるわけでもない。

「中途半端」なものたちによって展示空間において私たちが「見る」ことになるのは、ホワイトキューブの外側に存在することになっている秋田の山々である。

不確かな山

「(株)津田土木建設 会社説明会」という展示はおおまかに4つの部分からなる。

まず、入り口側の壁には、秋田県の大潟村周辺を写した国土地理院の地形図が数枚貼られている。後に詳しく紹介するが、大潟村とは上の地形図で碁盤の眼上に区画されている部分である。

地形図は2組に分かれていて、そのうちのひとつは大潟村のほぼ中心の一点から、内陸の出羽山地側の方向(東側)に向かって数本の放射線を引いている。もう1組は、大潟村から東側に外れた点から、第一の地点や、大潟村、日本海の方向(西側)のほうにいくつかの放射線を描く。

地形図の周囲の壁やポストイットに手書きで書かれた文字や計算式、Excelの表を読むと、それが地形図に描かれた山の標高や地図の縮尺、「スクリーン」なるものの大きさなどをもとに、放射線が引かれた2つの「視点」から見える山の稜線などを「スクリーン」に写し取るための計算であることがわかる。

地形図とそこ書かれた文字を読むと、それらが貼られた壁に隣接する2つの壁にそれぞれ3枚ずつ貼られた方眼紙が「スクリーン」と呼ばれるものだとわかる。「スクリーン」は計算された山の稜線の高さを紙の升目によって写し取っており、展示室の中央から「スクリーン」を見ると、「視点」から出羽山地側と日本海側に向かって眺められる山々が正確な大きさで現れることになる。

このように書いてしまえば看過されるだろうが、実際には地図や計算と、「スクリーン」のいずれも観客にちぐはぐな印象を与えるはずだ。国土地理院の地形図やExcelを用いながらも、すべての作業をコンピューター上で完結させるでもなく、稜線を描くべき山々とその高さの特定は紙の地図に線を引くことでなされている。計算式は、筆者の目には破綻がないものに見えたものの、式が手書きであるがゆえにそれが本当に正しい計算方法なのか不安が拭えないし、ポストイットに雑に書かれた数字は計算間違いの可能性を考えさせる。不正確だと断定することはできないが、正確さの印象を持つことはできない。

「スクリーン」にも同様の居心地の悪さがある。計算により実在の稜線が正しく写し取られているとある程度想定できるのに対して、おおまかに描かれた山の木々は実際の木々と対応しているとは考えにくい。木々は山の風景を思い起こさせる程度に細かく書かれているが、稜線がその位置を細かく特定されたのに比べれば大雑把だという印象を与える。

実在しない山、なくなった山、ないことになっている山

以上のような山の作図が展示の第1、第2の部分だとすれば、ピンクの柱を回った位置にステイトメントのように掲げられた文章がこの展示の第3の部分である。それは通常の展示のステイトメントではなく、何者かが「山を作ることを基幹事業の一つ」としてきた「弊社」の3つの事業について語る口語体の文章である。展示の題を踏まえれば、これが「(株)津田土木建設」の「会社説明会」で話された内容と位置づけられていることがわかる。

紹介される第1の事業は「大潟富士」の再建である。大潟富士は、現実に、大潟村の中央——出羽山地側を向いた「視点」が設定された場所——にある、標高3.776mの「日本一低い」人工山であり、その頂上が標高海抜0mにあるとされる。なぜそれほど大潟富士のある場所の海抜が低いのかといえば、大潟村とは、琵琶湖に次ぐ日本第2位の広さを持っていた八郎潟を1950〜70年代に干拓して作られた土地だからである。このような八郎潟の干拓の歴史は秋田の人々の間ではよく知られている。しかし、「説明会」によれば、大潟富士は「遠い昔」に海に沈んでしまった。津田土木建設はそれを、波間にギリギリ見え隠れする島のように作り直したと書かれている。

もうひとつの事業は、筑紫岳の再建である。筑紫岳は大潟村(旧八郎潟)の東側——日本海側を向いた「視点」が設定された場所——にあった標高100mほどの山であり、それを掘り崩して大潟村の外周を囲む堤防が作られた。実際には、長らく採掘が続けられた結果、筑紫岳があった場所にもっとも深い場所で海抜マイナス30mほどのすり鉢状の地形ができている。それに対して、「説明会」によれば、津田土木建設はその事業として筑紫岳を元の高さに作り直したという。

第3の事業は「見ての通り色はピンク、2段のブロックで構成された山です。下の段は一辺173.8cmで社長の身長と同じで、上の段はそれより少し小さくしています」とされる。ここで初めて、展示空間の中央にある柱のようなもの、「説明会」を読んでいる人の背後にある物体が「山」と呼ばれていることがわかる。展示の中央にありながらほとんど見過ごされたであろう「山」、これが地形図や「スクリーン」、「説明会」とともに展示をなす第4の部分である。

日本第2位の面積を持っていた湖を埋め立てて作られた大潟村や、そこに設けられた標高3.776mの大潟富士は、ほとんどフィクションのような実在である。しかもそれらは、2025年を「遠い昔」とする「説明会」の時点では失われたと言われ、大潟富士があった場所には別の大潟富士があることになっている。かたや実際にあったが、現実に消失した筑紫岳は語りのうちに再建される。観客の目の前にあり柱にしか見えない、高さ3.5mほどの発泡プラスチックの塊は、「山」と呼ばれるが、それとおおむね同じ高さの大潟富士もまた、基礎を発泡プラスチックで作られているという。現にあったりなかったりする事物と、「説明会」で語られる事物は、その突飛さにおいて差異がない。

ホワイトキューブにおける外部の等価性

この展示空間において、実在のものと非実在のものは等しい。いっぽうで「説明会」やピンクの「山」は、書き込みのある地形図や「スクリーン」に正確さのわからない仕方で提示された山々をより不確かなものと感じさせる。そうして、実在するはずの山々が不確かになればこそ、他方で「説明会」において語られたものが同程度に現存したりしなかったりするようにも思われる。つまり、いずれの山も等しくフィクションであり、フィクションでないものとなる。

その感覚があるとすれば、まず、この展示がホワイトキューブで行われているためだろう。フィクションもそうでないものも、ホワイトキューブではその空間の外部との関係が同様に切断されており、等価なものとして置かれる。また、ここで提示されるのは山であり、たとえばある人の人生などとは違って、それを全体としてとらえるには私たちが図で見たり、遠目に眺めたり、話で聞いたりすることしかできないものである。その意味でも、展示では実際の山を提示するのと同じ方法でフィクションの山を提示していることになる。

この展示では、ないはずの山とあるはずの山が実在の程度の等しいものとして喚起される。秋田という場所に即して、適切な仕方で作られたホワイトキューブにおいて「見るべきものがない」ゆえに、私たちは展示室の外側に不確かなまま実在するものを「見る」ことになる。

本展は秋田公立美術大学大学院複合芸術研究科が実施する「複合芸術会議2024 ガイド|ライン」の一部として開催された。

複合芸術会議2024 ガイド|ライン
期間:1月24日〜2月2日
場所:小松クラフトスペース、新屋NINO、ビヨンポイント、アトレデルタ、秋田市民市場、秋田公立美術大学
企画者:髙橋雄大、津田啓仁、呉芸舟、小松和彦
料金:無料

「(株)津田土木建設 会社説明会」
会期:1月24日〜2月2日
場所:ビヨンポイント
企画者:津田啓仁

藤田周

ふじた・しゅう 文化人類学者。1991年生まれ。東京外国語大学特任研究員。南米ペルーの現代料理レストラン「セントラル」(2023年度「世界のベストレストラン50」で第1位を獲得)で料理人として働きながらフィールドワークを行った。芸術や科学と交わる文化的な実践として料理を研究している。また、映像編集や組み写真を通した人類学的な思考法の深化にも取り組む。論文に「新しい料理」の創造と「おいしさ」の探究」(『文化人類学』)、エッセイに連載「料理の人類学のかたわらで」(『新潮』)などがある。