公開日:2024年7月16日

特別展「昆虫 MANIAC」(国立科学博物館)レポート。マニアックな視点と最新の研究から、昆虫の多様な世界に迫る

地球上で報告されている生物種の半数以上を占める「昆虫」について、多様な切り口と専門性の高い視点で掘り下げる展覧会「昆虫 MANIAC」が、国立科学博物館で7月13日より開幕した。10月14日まで開催される。

展示風景より、チョウの標本 撮影:筆者

国立科学博物館では6年ぶりの「昆虫」展

本展は、国立科学博物館では6年ぶりとなる「昆虫」をテーマとした展覧会。同館の研究者による、マニアックな視点と最新の研究、巨大模型や昆虫標本を織り交ぜ、昆虫の多様な世界に迫るものだ。

プレス内覧会では、本展の監修者する国立科学博物館動物研究部の5名が登場。総合監修・ハチ類の監修を担当した井出竜也研究員は「見るだけでなく、聴くことや触ること、嗅ぐことなど様々な体験ができる展覧会。マニアックな内容はもちろんのこと、基本的な内容も踏まえ、虫が好きな人、そうでない人どちらにも楽しめる内容になっている」と語った。

また、公式サポーターをつとめるお笑いコンビ「アンガールズ」の山根良顕は昨年11月、テレビ番組収録中に新種の昆虫「モトナリヒメコバネナガハネカクシ」を発見したというエピソードを持つ。

「早めにロケを終わらせようと思って、新種がいると専門家の先生が睨んでいた山奥に入らず、山の入口周辺の土をパッとすくったら新種の虫が出てきた」と、新種発見のカギが「ずぼら」だったエピソードを語り、報道陣の笑いを誘った。

左:新種の昆虫を発見したアンガールズ山根良顕、右:糞に顔を突っ込むコガネムシの動きをジェスチャーで説明するアンガールズ田中卓志 撮影:筆者

展覧会は3章構成。ゾーン1「昆虫とムシ」では、ゾーン2で展開される専門的な展示内容をより楽しめるよう、昆虫は変態し、6本の脚があり、体が3つの部位に分かれている、などの基本知識をわかりやすく解説している。

展示風景より 撮影:筆者

なお、本展では昆虫および主に陸上を生息域とする節足動物を総称して「ムシ」と定義する。このムシのなかには六脚類の昆虫のほか、鋏角類のクモやダニ、多足類のムカデやヤスデ、甲殻類のダンゴムシなどが含まれる。

トンボやハチ、チョウ、クモ、カブトムシ……その衣食住や新常識

続くゾーン2「多様なムシ」では、ムシの世界の5つの扉に分けて紹介する。それぞれのセクションでは「多様化のカギ」、「昆虫新常識」、「ムシたちの衣食住」というキーワードで、ムシの「マニアック」な世界を紹介。誰もが知る知識のほんの少し先に広がっている、より深く、魅力的な世界を紹介する。

「トンボの扉」では、世界に現生する約6500種のうち約200種が日本に分布しているトンボのほか、トンボと同じく蛹を経ずに幼虫から成虫へと成長する「不完全変態昆虫」のバッタやナナフシ、セミなどの多様性を追っていく。

展示風景より、幼虫の翅について 撮影:筆者

なお、展覧会には、研究者が細部に至るまで精度を追求したムシの巨大模型も5体展示されている。この模型も見どころのひとつだ。

ギンヤンマのヤゴの拡大模型(約40倍) 撮影:筆者

また、昆虫の魅力を体感できる展示も豊富だ。アメリカに生息する、17年周期で大発生するジュウシチネンゼミ、13年周期で発生するジュウサンネンゼミは、いわゆる「素数ゼミ」として知られている。「トンボの扉」では、両種が221年に一回同時に大発生した2024年に現地で録音されたセミの鳴き声を聞ける「素数ゼミの大合唱を体感できるコーナー」を設置。最大で85〜86デシベルに達するという、素数ゼミの鳴き声を聞くことができる。

展示風景より、素数ゼミの大合唱体験コーナー 撮影:筆者

「ハチの扉」では、スズメバチやミツバチなどのハチの仲間や、ハチと似た体の作り、生態を持つハエの仲間を紹介する。合わせて30万種を超えるハチやハエは、幼虫から蛹を経て成虫になる「完全変態昆虫」であり、花の蜜を集めたり、動物の肉を食べたりするなど、ほかの生物との深い結び付きのなかで暮らす種が多い。

「ハチの扉」ではそんなハチやハエが構築する人間とは異なる「社会」についても着目。その生態や習性について詳しく解説する。

展示コーナー、はたらくハチの社会性について 撮影:筆者

そして、植物や動物の香りに集まる習性を持つシタバチについては体験展示も用意。シタバチが好むユーカリの精油に含まれるユーカリトールや、糞などに含まれているスカトールの香りを嗅ぐこともできる。

展示風景より、シタバチが集まる香りを体験できるコーナー 撮影:筆者

「チョウの扉」では、チョウやガについて紹介する。同じチョウ目に属するチョウとガは本質的な違いはなく、昼間活動する一部の種がチョウと呼ばれているにすぎないという。

展示風景より、チョウの標本 撮影:筆者

また、イモムシやケムシと呼ばれる幼虫が、成虫とまったく様相が異なる点も特長のひとつ。その姿や形から嫌われてしまうことも多い幼虫だが、種によって多用な形を持っている点は魅力でもある。

展示風景より、チョウやガの幼虫を紹介する展示パネル 撮影:筆者
ウスバキチョウの拡大模型(約60倍) 撮影:筆者

「クモの扉」では、私たちにも身近な存在であるクモやダニ、サソリなど、昆虫以外のムシについて紹介する。

南極大陸以外のすべての大陸に分布するとされるクモ類は現時点で世界で5万2000種、日本で1700種の存在が知られており、その生態、特徴は昆虫同様に多様だ。

オオナガトゲグモの拡大模型(約110倍) 撮影:筆者

また、肉眼では見えづらい微小なダニ類は顕微鏡で観察できるようになっている。なお、展示されているトキウモウダニは、トキの羽のなかに住んでいるダニであったが2003年に日本産のトキの絶滅と同時に絶滅したとされている。合わせて展示されているヤンバルクイナウモウダニも、ヤンバルクイナとともに絶滅の危機にあるダニだ。

展示風景より、微小なダニを顕微鏡で見ることができる。 左:ヤンバルクイナウモウダニ、右:トキウモウダニ 撮影:筆者

クモやダニ、ムカデやヤスデなどの多足類などは人に害を与える種もいるため、好感度が高いとはいえない。しかし、これらの種の生態や、特徴を知ることで、ムシ全体、ひいては昆虫、生態系、さらには地球の環境についても新しい知見を得ることができるはずだ。

「カブトムシの扉」では、カブトムシやクワガタムシなど、昆虫の中でも人気の甲虫(コウチュウ目)について迫る。世界中で35万種以上が知られている甲虫だが、いまだに学名や和名がついていない種が多数残されている、謎に満ちた生物だ。

展示風景より、甲虫の標本 撮影:筆者

また、絵本作家で在野のコガネムシ研究者でもある舘野鴻による絵本『うんこ虫を追え』(福音館書店)の原画も紹介。舘野は地元神奈川県の山野に生息するオオセンチコガネを自宅で飼育し、絵を描き記録したという。

舘野鴻『うんこ虫を追え』(福音館書店刊) 撮影:筆者
舘野鴻『うんこ虫を追え』原画 撮影:筆者

人の視点によって益虫にも害虫にもなりうるムシたち

ときには人の役に立ち、ときには害をなすムシたちは、私たちの暮らしとは切り離すことができない。そして、私たちの活動はムシたちに様々な影響を与えている。ゾーン3「ムシと人」では、ムシと私たちのこれからを考えていく。

人間の視点によってムシは益虫にも害虫にもなりうる。たとえば、クロスズメバチは地中にある巣の存在に気づかなかった人が襲われることもあり、害虫と考えられてしまうこともあるが、農地などでのムシによる食害を抑制する働きも持っている。カイガラムシは樹木の生育に悪影響を与え、すす病を引き起こすこともあるが、ある種のカイガラムシのワックスはコーティングに利用され、体液の色素は染料として利用されている。このようなムシは数多くあり、展示では代表的なムシたちが紹介されている。

展示風景より、害虫としても、益虫としても扱われるムシたち 撮影:筆者
展示風景より、ムシに関するマニアックな知識がパネルで展示されている 撮影:筆者

昆虫、そしてそれ以外のムシについても深く掘り下げ、楽しく知識を身につけられる本展は、大人も子供も楽しめる展覧会だ。夏休みの機会を利用し、ぜひゆっくりとムシの世界を楽しんでみよう。

浦島茂世

浦島茂世

うらしま・もよ 美術ライター。著書に『東京のちいさな美術館めぐり』『京都のちいさな美術館めぐり プレミアム』『企画展だけじゃもったいない 日本の美術館めぐり』(ともにG.B.)、『猫と藤田嗣治』(猫と藤田嗣治)など。