物事はいろいろなきっかけが重なって動き出す。どんなパワーが共鳴し合うかは、いざ始まってみなければわからないものだ。たとえそれが縁もゆかりもない場所だとしても。10月5日、6日に開催された「久世藝術祭2024『久世げー』」(以降、『久世げー』)と床面ミューラル完成お披露目イベントに足を運んだ。
『久世げー』は、岡山県真庭市久世で開催されたアートイベントだ。これは岡山県北部の地域一帯で開催されている国際芸術祭「森の芸術祭 晴れの国・岡山」(9月28日〜11月24日)の関連企画として、地元メンバーが主体となって企画運営された新しい芸術祭だ。これにコラボレーション企画として加わったのが、大阪のミューラルプロデュース会社・WALL SHARE株式会社(以降、WALL SHARE)による床面ミューラルプロジェクト。旭川沿いの久世河川公園内にある、公共のスケートボードパークに、日本最大級の大きさのミューラルを描くというもの。手掛けたアーティストSUIKOは、約3週間地域に滞在して、地元住民と交流し地元に溶け込んで生活しながら作品を完成させた。そう、アーティスト・イン・レジデンスだ。
またこのミューラルプロジェクトは、三菱鉛筆株式会社が4月に設立したばかりの一般財団法人表現革新振興財団(以下、財団)による第一弾目の支援企画だということ。地域住民・行政・アーティスト・民間企業・財団が、真庭市久世という地で共鳴し合いひとつのプロジェクトを完成させたのだ。これは地域アートイベントのひとつの完成形だといえよう。
どのようにして、この企画は誕生したのだろうか?
『久世げー』を主催したのは、合同会社わっしょいボヘミアン。JR久世駅前にある空き家をリノベーションしたコワーキングスペース「エキマエ・ノマエ」を拠点に、地域の活性化に取り組んでいる。
「なにか面白いことやってみよう!が初動。森の芸術祭が開催されると聞いて、2023年秋から動き出した」と河野文雄(合同会社わっしょいボヘミアン・代表)は話す。そこに関東から移住し、この町でミニシアター・ビクトリィシアターを運営している柴田祥子が加わり、企画がスタート。美作県民局の助成金・地域創生公募事業を受けて開催が決定した。「もともと久世河川敷を町に開きたいという思いがあった。過去に音楽映画の上映イベントをここで企画したこともあり、国際芸術祭の開催時期に乗じて、アートを活用して外から来る人と住人が交われる一つの接点をつくりたかった」と柴田は話す。
ちなみに真庭市久世は、陰陽をつなぐ出雲街道・山陰の倉吉へ通じる商業町宿場として栄えたエリア。このような宿場町のなかでも、久世は最も大規模なものであった。一昔前は劇場や興行寄席などで町は賑わい、一人あたりの飲み屋の数も全国トップクラスだったという。
「久世は、旅人を受け入れてきた商人の町。新しいことに対して寛容な風土が残っていることが、『久世げー』につながっている気がしますね」と柴田はさらに続けた。
『久世げー』プロジェクトが動き出し、久世河川敷でのプログラムを構築する最中に、ひとりの真庭市地域おこし協力隊から相談が来る。WALL SHAREの手掛けたミューラルをかつて見て、いつか地元でミューラルをつくりたいと考えていた延吉樹美だ。ミューラルとは、壁画を意味するストリートアートの一種。公共の場に描かれるアート形態として確立しており、数多くのアーティストが活躍しているカルチャーである。
久世河川敷には使い込まれた公共のスケートボードパークがある。約30年前から存在し、ローラースケートが流行った当初には、子供たちの遊び場として賑わった場所だ。この場所をアートを通してもう一度息を吹き込んで、町に返そう。『久世げー』をきっかけに双方向に縁がつながり、WALL SHAREの活動に注目してきた、財団がこの企画に協賛することになり、コラボイベントとして床面ミューラルプロジェクトが爆誕した。これらが動き出したことで、真庭市も全面協力体制へと変わっていった。
床面ミューラルは、3週間の滞在制作によって作られた。アーティストのSUIKOは、ストリートアーティストとして世界中に作品を描いてきた経歴の長い人物。過去にも様々なミューラルを描いてきたが、床面作品は今回が初となる。赤・白・黄・青の4色が丸、三角などの図形で組み合わされ、彩度の高い色は音楽のようなリズム感と視覚的な躍動感がある。敷き詰められていた正方形のコンクリート面の形を活かし、三分の一や半分などの法則性を持って描くことで、異なる図形の重なりに統一感がもたらされていた。
作品についてSUIKOは、「場所の風景を動かすというイメージで、ファーストインスピレーションをそのまま活かした。このアートは、見るものではなくて使われるもの。スケボーの滑り跡がたくさん付いてほしい。僕は点を打っただけ。使ってもらって、直してもらってはじめて、この地域に受け入れもらえたと感じるかもしれない」と話した。滞在制作期間中には、森の芸術祭に作品出展アーティストが制作過程を見に来たり、地域住民が制作の手伝いをしたりとコミュニケーションも生まれていたそうだ。
またこのミューラルプロジェクトの運営者であり、作品づくりを見守ったWALL SHAREの川添孝信は「日本のストリート文化は、チャンスだと思う。最近はスケートボードは若手の日本人選手も華々しく活躍しているし、落書きなどのイメージは払拭されつつある。力のある作品で地域を盛り上げるきっかけになれたら嬉しい」と話した。
財団を立ち上げ、財団理事長も務める三菱鉛筆株式会社の数原滋彦社長も現地に赴き、「ご縁がありこの地に辿り着いて、いいスタートが切れた。財団は、アートが身近な存在となり、一人ひとりがユニークに彩られた自由でボーダーレスな社会の実現を目指している」と完成したミューラルを眺めながらコメントした。
シンポジウム「地域づくりとアート」は、まさに『久世げー』にひとつの解釈を添えるものだった。Chim↑Pom from Smappa!Groupの卯城竜太と倉敷芸術科学大学准教授の川上幸之介が登壇。公共空間を表現の場としてきた卯城と、パンクを切り口に現代美術をひもとく川上が、アットホームな空間で対話を繰り広げた。
川上は『久世げー』について、「DIYで作られていてコミュニティが大きくなりすぎていない良さがある。自分たちがルールを作ってしまうというような、コミュニティ形成そのものがパンク。トップダウンではなく、本人たちがやっていておもしろそうだからで発生している企画なのがいい」と称し、「喉が渇いたら、行政にお願いする前に、自分たちで井戸掘ってしまうでしょう。社会の中に、自分たちも社会を作るんだ、という精神を感じる」と述べた。
アート・コレクティヴの実践者である卯城は、「アートは空き地で遊び方を見つける感じに似ている。文化を持ってきてくれるキーパーソンは、求心力のあるたった一人である」と話し、ドイツ・カッセルで開催されたドクメンタ15の芸術監督を務めたインドネシアのアーティストコレクティヴ(集団)・ルアンルパを例に出し、「彼らの活動理念は、“No art, Make friends”(アートではなく、友達をつくろう)。キュレーションも、有名なアーティストではなく、活動家やローカルプロジェクトを紹介するようなスタンスを取っていた。これからのアートはつながりや場づくりが重要。規模や資本は関係なく、コアな精神があるものこそ残り続けていく」と紹介した。日常生活と世界が簡単につながりつつある現代において、その場だからこそのユニークさやチャレンジ精神があるかどうかが、キーになってくるのかもしれない。
まちなかでの展示や映画上映、久世河川敷でのライブ、真庭市の太田昇市長らが参加するテープカット、ブレイクダンスプログラムなどが実施された2日間。青々とした山と清川を借景に、アートにより命が吹き込まれたスケートボードパークは、SUIKOが思い描いた通り、まさに動いていた。
『久世げー』は、様々なコンテンツが混ざり合った地域イベントのひとつの事例だ。場所性は人性とも言い換えられよう。自分たちで作った場所を自分たちで遊び倒す。DIYで作り出すものにこそ、オリジナリティがあり、アーティスト・イン・レジデンスにより誕生するアートにおける場や時間の共有が、場所そのものに命を宿らせる。芸術祭やアート作品はひとつの点でありきっかけだが、それを受け入れて接点(ハブ)となった久世は、発酵する味噌のように地域らしさを少しずつ醸成していくに違いない。