会場風景
東京・六本木にある21_21 DESIGN SIGHTでは、展覧会「デザインの先生」が開催中だ。ディレクターを務めるのは川上典李子(デザインジャーナリスト)と、田代かおる(キュレーター、ライター)。会期は3月8日まで。
今回焦点が当たるのは、ブルーノ・ムナーリ、マックス・ビル、アキッレ・カスティリオーニ、オトル・アイヒャー、エンツォ・マーリ、ディーター・ラムスという6人の巨匠。各時代の先を探り、社会に新たな局面をもたらしたデザイナーたちをデザインの「先生」として位置付け、その革新的なプロダクトと、背景に込められた想いをひもとくような展覧会だ。
会場は、各デザイナーのブースごとにゆるやかに分かれて構成されている。多彩なプロダクトやグラフィックを見られることはもちろん、本人へのインタビュー映像やテキストを通じて、それぞれの人となりを感じ取れるような工夫がなされていることも特徴的だ。デザインの境界がかつてないほど広がり、揺らいでいるいまだからこそ、先人たちの仕事は「デザインとは何か?」という問いに改めて立ち向かうための絶好の材料となるのだ。
ここからは、各先生(デザイナー)ごとに展示内容の見どころを紹介していこう。
展示室の手前に配されているのは、ブルーノ・ムナーリのセクション。ムナーリはキャリアの初期、イタリアの前衛芸術運動「未来派」の一員として活動しており、機械美や運動、速度を讃える作品に触れていた。そうした影響下で制作されたモビール作品「役に立たない機械」や「旅行のための彫刻」は、一部の特権的な人びとのものだった芸術をより多くの人に届ける試みとして高く評価されている。
また、ムナーリは子供が生まれて以降、絵本作家や教育者としても活動していた。「子供のこころを持ち続けること」をテーマに作られた絵本や、「ムナーリ・メソッド」として体系化された教育法は、モビール作品と同様に、社会へのアイロニカルな視点と彼らしいユーモアが込められている。
アキッレ・カスティリオーニは、イタリアでデザインという言葉が定着する以前から、「プロジェッタツィオーネ(イタリア語でプロジェクトを考えて実践すること)」という概念を軸に様々なデザインを手がけていた。
なかでも照明のデザインは、カスティリオーニを代表する仕事のひとつ。彼は電気と光源の歴史が歩調を合わせ始めたその初期から、光をどのように・どれだけ届けるかを細かく研究していた。一見すると奇抜に見える造形は、けっして自己表現のためでなく、使い手にとって何が最適かを追い求めた結果として辿り着いたものだ。
「デザイナーは生産のシステムそのものを変えることが出来る」「これは生か死かの問題だ!」など、熱のこもった言葉を数多く残しているエンツォ・マーリ。「怒れる先生」という紹介の通り、彼は社会や同業者に対する反骨精神に満ちたチャレンジングなプロジェクトを数多く世へと送り出していた。
そんなマーリの怒りを象徴するデザインのひとつが、展覧会「アウトプロジェッタツィオーネの提案」だ。家具の図面を無償で配布し、普段は「買い手」「使い手」である来場者に、「作り手」となることを呼びかける本展は、適正価格で商売をしない売り手や、ものの価値を正当に理解できない買い手への失望と怒りをきっかけに企画されたのだという。
ドイツの工業デザインの分野の巨匠であるディーター・ラムスは、建築事務所でデザイナーとしてのキャリアをスタートさせた後、電気機器メーカーであるブラウンに入社。製品も空間を構成する一部であるという考えのもと、プロダクトと生活の調和を模索した。彼が提唱した「良いデザインの10ヶ条」は、その後アップル社のデザインにも影響を与えている。
本展では、彼が30年以上にわたってデザインを手がけたブラウン社のスピーカーや、時計などから、ファン垂涎ものの名品が一堂に会している。写真や書籍では確認できない、プロダクトの背面や細かいディティールにもぜひ注目してみてほしい。
1972年に開催されたミュンヘン・オリンピックのデザイン統括や、フランクフルト空港のピクトグラムなどで知られるオトル・アイヒャーは、体系的かつ柔軟性に優れたグラフィックを数多く残している。南ドイツに位置する保養地、イズニー・イム・アルゴイのために制作した「環境ピクトグラム」や、ローティスで行ったデザイン・コミュニティとしての活動は、彼の環境と人、デザインと社会、生活の関わりに対する熱意に貫かれたものだ。
最後に紹介するマックス・ビルは、近代ドイツにおける建築、アート、デザインの礎を築いた学校・バウハウスの出身。戦後、アイヒャーらとともに創立したヴルム造形大学は、バウハウスの近代デザイン運動を正統に引き継ぐ教育機関であり、ビルはその初代校長を務めていた。日本におけるデザイン学の礎を築いた向井周太郎は、同校の元生徒であり、本展では両者の関わりについても触れられている。
ビルの幅広い活動を貫くのは「形状・素材・用途・生産工程を含む全体をフォルム」としてとらえる、「プロダクトフォルム(生産品形式)」という考え方だ。バウハウスでパウル・クレーやワシリー・カンディンスキーに学んだ彼は、環境が文化を形成するという統合的な視点をつねに持っており、デザイナー、建築家、芸術家として、美しさと機能性を架橋するような仕事を行っていた。
20世紀に活躍した6人のデザイナーたちの仕事を見ていると、そこに込められた思想や哲学は、現代のデザインにおける問題をもその射程に入れているように感じる。過度な商業主義や大量生産、環境問題、教育など、各先生たちはモノを超えた先にある、理想的な世界のあり方のようなものを見ていたのかもしれない。デザインを仕事にしている人はもちろん、学生や少しでもデザインに興味ある人まで、幅広い層に見てほしい展覧会だ。
井嶋 遼(編集部インターン)