公開日:2025年3月4日

「身体の複数性」が持ちうる可能性とは。「ACT Vol. 7『複数形の身体』」(TOKAS本郷)で見せた3名のアーティストの表現

トーキョーアーツアンドスペース本郷(TOKAS本郷)で2月22日〜3月23日に開催中の展覧会「ACT (Artists Contemporary TOKAS) Vol. 7『複数形の身体』」。参加作家である庄司朝美、敷地理、マリオン・パケットの言葉とともに、展覧会を紹介する(撮影:編集部[ハイスありな] *をのぞく)

左から:庄司朝美、マリオン・パケット、敷地理

トーキョーアーツアンドスペース本郷(TOKAS本郷)において、「身体の複数性」をテーマにした展覧会「ACT (Artists Contemporary TOKAS) Vol. 7『複数形の身体』」が、2月22日からスタートした。庄司朝美、敷地理、マリオン・パケットの3名のアーティストがそれぞれ、身体を起点とした表現を追求、作品を発表する。

アーティスト3名、そして企画者の吉田紗和子に作品や展覧会について話を聞いた。

人類の身体は複数形である

TOKASは、同時代の表現を東京から創造・発信するためのアートセンター。ジャンルや領域を飛び越えた幅広い表現活動がこの場所から生まれている。展覧会を行うTOKAS本郷、滞在制作やリサーチ活動を行うTOKASレジデンシー(墨田区)の2拠点のほか、「Tokyo Contemporary Art Award」を実施し、国内外のアーティストのサポートを行っている。

現在TOAKS本郷で開催中の「ACT Vol. 7『複数形の身体』」は、本展で7回目となるシリーズ展で、TOKASのプログラムに参加経験のある作家を中心に紹介する。

「今回、『身体の複数性』をテーマに、身体を起点に表現を行う3名のアーティストを紹介します」と語るのは、本展を企画したTOKAS学芸員の吉田紗和子

「人類の身体は複数形であるという可能性が秘められています。もともと私たちは生まれたときは単体ですが、複数の人間、すなわち複数の身体に囲まれて生きています。そして、生殖機能によって新しい身体を作ることができます。また、イメージや創造によって自分自身を複数形にすることもできます。いっぽう、医療技術が進歩したことで、たとえば輸血や臓器提供により身体の一部を共有したり、補うことができるようになりました。また、バーチャル空間においてはアバターやイメージ化され加工された身体など、現実とは異なる様相による多元的な身体のあり方が存在しています。現代の社会は、身体の考え方、とらえ方が大きく変化しています。本展では、身体もアイデンティティも複数化している現代社会を考察し、身体的な想像力や感受性を再認識させ、新しい身体の可能性を予感させてくれるような作家たちを紹介したく思い、企画しました」(吉田)

庄司朝美が追求する“描く身体”

庄司朝美

本展は、3フロアある会場を用い、1フロア1アーティストで作品が展示される。まず、1階のアーティストは東京都現代美術館で開催中の「MOTアニュアル2024 こうふくのしま」にも参加している庄司朝美「庄司さんは自分の身体の中で沸き起こったイメージを、下絵なしに直感的に絵に落とし込んでいきます。描かれた身体と、庄司さん自身の身体を循環していくような関係性が作品に存在すると考えています」(吉田)

庄司朝美 展示風景

庄司は展示に対し、「以前からずっと身体について考えていて、それを絵画でどのように表現できるかを考えていました。ですから、この展覧会のお話、そしてテーマを伺ったとき『まさに私のための展覧会だ』と思ってしまったほどです。現在、東京都現代美術館で開催している『MOTアニュアル2024』では、等身大サイズの人物作品を展示しています。そちらの作品群を“描かれる身体”ととらえるとすると、本展の作品は、“描く身体”にフォーカスを当て、自分のなかで対の関係になる展覧会として構想しています」と語る。

本展で展示されるのはこれまであまり発表してこなかったドローイングがメインだ。「紙という素材もひとつの“身体性”を持っていると感じています。水で濡らすとすぐに滲んだりしますし、立体的な作品を作るために曲げたりすると、突然紙自身が意味を持ってくる。非常に身体的な感覚を想起させるメディアです。素材自体も主体性を持っているためか、こちらが触っているうちにイメージができあがることもあります」(庄司)

庄司朝美 展示風景

ちなみに、本取材が行われたのは展覧会開幕日の前日。展覧会初日には、窓のそばにはめ込まれた透明のアクリル板に絵を描くパフォーマンスが行われる。「当日、何を描くのかは決めていません。狭い空間なので体の自由がきかない状態で描くことになるかと思います。そのような状態で、当日来ていただいた鑑賞者の動きを追ったりしながら、行為のなかにある身体性を見せていければ」(庄司)

庄司朝美によるパフォーマンスの様子 撮影:髙橋健治  画像提供:Tokyo Arts and Space(*)
庄司朝美 25.2.22 撮影:髙橋健治 画像提供:Tokyo Arts and Space(*)

他者の身体を「着る」感覚を追体験する、敷地理のインスタレーション

敷地理

続く2階は、ベルギーの首都ブリュッセルと東京を拠点に活動する敷地理。「敷地さんはもともと彫刻科出身で、そこから自分の身体を使って彫刻をつくることに興味を持ちました。現在は振付やダンスを軸に、パフォーマンスや映像表現などを取り入れた作品を制作しています」(吉田)

敷地はコロナ禍に《blooming dots》というインタラクティブな作品を発表したことでも知られている。「手のひらなど匿名の身体の一部を撮影した動画をネットで共有し、その動画を見た人が、動画に映る身体の動きをなぞる。人の動きを模倣することで、ネットの向こう側にいる人たちの状況に近づこうとする、共有しようとするという体験を作り出しました。自身の身体があたかも他者の身体と化すような『誰のものでもあり、誰のものでもない新しい身体』を感じさせる作品でした」(吉田)

敷地理 展示風景 撮影:髙橋健治 画像提供:Tokyo Arts and Space(*)
敷地理 crystalized pains
敷地理 “a butterfly swimming in the water” with tongue drawings 撮影:髙橋健治 画像提供:Tokyo Arts and Space(*)

本展において敷地は様々なメディアで構成されるインスタレーションを発表している。「ダンスやパフォーマンスは残らない芸術です。その表現を記録映像を見せるのではなく、何か別のかたちで表せないかと考えていました。パフォーマンスを行うまでには様々なプロセスを経ているのですが、今回、そのプロセスのなかで生まれたテキストや官能小説としての図形楽譜、ドローイングや写真を使ったインスタレーションを制作しています」(敷地)

また、1回10分間、1人だけが体験できる映像インスタレーション《untitled(burning dots 2025-)》は、能の演目『井筒』を下敷きにした作品。『井筒』は歌人の在原業平の妻が、亡くなった業平を偲んで彼の直衣を着用し、舞を踊る物語だ。本作では、ふたつの画面のなかに映し出された様々な「手」の動きを見ていくことで、他者の身体を「着る」感覚を追体験するというものだ。「それぞれの画面に映し出された手の呼応の動きが、見ている人々も巻き込んでいく作品です」(敷地)

敷地理 untitled(「burning dots 2025-) 撮影:髙橋健治 画像提供:Tokyo Arts and Space(*)

「菌糸体」をモチーフに、集合的な身体への思索を促すマリオン・パケット

マリオン・パケット

そして、最上階3階は、カナダのモントリオールを拠点に活動するマリオン・パケットのインスタレーションだ。「2階の敷地さんの作品がデジタルによって変容する身体を体感する作品であると考えると、パケットさんの作品は社会の中で形成される集合的な身体を考察する作品です。彼女はテキスタイルなどの柔らかい素材で彫刻的装置を作っています。今回は、『菌糸体』から着想された大型インスタレーションを発表します」(吉田)

マリオン・パケット《Corps commun(Common Body)》展示風景

フロアに足を踏み入れると室内全体に星のようなかたちのパーツが張り巡らされている。45体のパーツからなるこのインスタレーション《Corps commun(Common Body)》は、舟の帆をリメイクして作られたもの。周りの壁に展示された、菌糸体をモチーフとしたフレームに入った9点のドローイングとともに構成されている。つなぎ合わされたパーツは大人の肩の高さに張られており、鑑賞者は作品の下をくぐって移動し、空いた穴から全体を眺めることができる。鑑賞者たちがパーツのひとつに体を通したり、触れたりするごとに作品全体がたわみ、動きを見せる。

マリオン・パケット 展示風景
マリオン・パケット 展示風景

「身体というテーマで制作するにあたり、菌糸の集合体『菌糸体』を作品のモチーフに選びました。地下の菌類ネットワークである菌糸体は、情報やリソースの交換を通じて異なる環境をつなぐメッセンジャーの役割を持っています。鑑賞者が感覚的に没入し、作品の中に入って作品全体が動いていくことから、人間とその周囲との相互作用や、目に見えなくても重要な、均衡を支えるネットワークの存在などを感じ、より包括的で持続可能かつ連帯に満ちた社会構造について思いを巡らせてもらえばと思います」(パケット)

3名それぞれが、全く異なるプロセスから身体のあり方を追求していく本展は、今後の社会や未来にも思いを馳せることができる、刺激的な展覧会だ。また、パフォーマンスアートを展示の形式で行うのも非常に珍しい機会だ。異なる表現の3名の世界を体験してみよう。

浦島茂世

浦島茂世

うらしま・もよ 美術ライター。著書に『東京のちいさな美術館めぐり』『京都のちいさな美術館めぐり プレミアム』『企画展だけじゃもったいない 日本の美術館めぐり』(ともにG.B.)、『猫と藤田嗣治』(猫と藤田嗣治)など。