第1回でご紹介したシチョン〜ホンデ〜ウルジロから、少し北上してみよう。都内の光景とは違い、ソウルの中心部では、山が遠くに見える。北の方角に見えるのは北岳山や仁王山。北岳山を背にして景福宮(キョンボックン、경복궁)や昌徳宮(チャンドックン、창덕궁)、昌慶宮(チャンギョングン、창경궁)、宗廟(チョンミョ、종묘)といった歴史的建造物や、2022年5月9日まで大統領邸として使われていた青瓦台(チョンワデ、청와대)が位置している。前回取り上げたウルジロとは街並みも雰囲気もまた一味違う。
それはアートスペース事情にも当てはまる。アングク〜キョンボックン一帯では現代美術の大手コマーシャルギャラリーが場所を構え、美術館は年齢や国籍を問わず大勢の客で賑わっている。ソウル工芸博物館(公式サイト)や国立民俗博物館(公式サイト)、韓国伝統家屋村で韓国の昔に触れながら、現代美術を追いかけてみよう。
各スペースには公式サイトのリンクや、筆者が運営する日本と韓国の展覧会・イベント情報を紹介するポータルサイト「Padograph」(https://padograph.com/ja)のリンクを付けているので、訪問前に詳細を確認してほしい。
ウルジロからも歩いて行ける距離、チョンノ(鍾路、종로)には財団法人ドゥサン・ヨンガンの持つドゥサン・ギャラリー(公式サイト、Padograph)がある。ウィンドウ・ギャラリーの左に入口が見える。2007年にオープンしたこのスペースではキュレーター育成ワークショップの成果展や、ドゥサン・ヨンガン芸術賞に選ばれたアーティストの個展を開催している。公演芸術と美術部門でそれぞれ2010年から毎年アーティストが選ばれており、昨年2022年の美術部門にはペインターのチョン・ヒミンが選ばれた。これまで錦湖美術館(公式サイト)やコマーシャル・ギャラリーのP21(公式サイト)で個展を開き、いまや韓国を代表するペインターだ。今年の秋の個展にも期待が高まる。
ドゥサン・ギャラリーから歩くこと20分、煉瓦造りの建物がいくつも目に入る。テハンノ(=大学路)のマロニエ公園を中心に、劇場をはじめ文化施設が密集している。建築家キム・スグンの建てたアルコ美術館(公式サイト)もここにある。
1972年の文化芸術振興法の制定に基づき1979年に開館し、2005年に現在の名称に改めて運営を続けている、韓国文化芸術委員会(Arts Council Korea)傘下の機関である。ここでは年に数回の企画展のほかに、中堅アーティストの個展など、2つの広い会場を生かした展示が見られる。2階のアーカイヴ・ルームでは、これまで開催されたアルコ美術館の展示資料をはじめ、資料が閲覧できる。
チョンノエリアからアングク・キョンボックン方面にそのまま行ってもよい。もうひとつの選択肢として、アルコ美術館の最寄駅のヘファ駅(惠化、혜화)で地下鉄4号線に乗って、ハンソンデイック駅(漢城大入口、한성대입구)の周辺のアートスペースを回ってもいいだろう。
セコンガン(公式サイト)、00の00(公式サイト)、Faction(公式サイト、Padograph)、チャンバー1965(公式サイト)、パフォーマンス・アートなどの上演も観られるTINC(公式サイト)、複数名のキュレーターが運営しているWESS(公式サイト)、駅から少し歩いたところにある遊泳空間(公式サイト、Padograph)、スペース・キャン(公式サイト、Padograph)、オ―ルド・ハウス(公式サイト、Padograph)、BB&M(公式サイト、Padograph)にも立ち寄ってみよう。
また、ウルジロ方面からチョンノエリアに向かうのであれば、楽園商街の5階にあるd/p(公式サイト、Padograph)や、建物のフロア別に展示をしているギャラリー・ミーム(公式サイト)に立ち寄るのもオススメだ。
ドゥサン・ギャラリーの最寄駅のチョンノ5街(鐘路5街、종로5가)で地下鉄に乗って、チョンノ3街駅(鐘路3街、종로3가)で3号線に乗り換えて、、アングク駅(安国、안국)に向かおう。観光も兼ねて、ウルジロ・チョンノ方面から歩いていくのもオススメだ。このエリアには、大小のアートスペースが集まっている。美術館、コマーシャルギャラリーなど、会場の雰囲気を比べながら展示に足を運んでみよう。
地下鉄3号線アングク駅1番出口から、国立現代美術館ソウル館(公式サイト、Padograph)にたどり着ける。本館はソウル市ではなく京畿道の果川市にあり、所蔵作品展は主にこちらで開催される。会期中にいくつも展示を行っているが、嬉しいことに一般4000ウォン=400円でソウル館すべての展示が見られる。さらには1月1日・秋夕(陰暦のお盆)・旧正月を除いて毎日10時からオープンしていて、水曜日・土曜日は21時まで展示を楽しめる。
近年ではヒト・シュタイエル、ハルーン・ファロッキ、アントン・ヴィドクルなどメディアアートの巨匠の個展がここで開催されている。5月14日までは先日死去したペーター・ヴァイベルの個展が開催されていた。また、2012年からSBS文化財団の協賛のもとコリア・アーティスト・プライズ(「今年の作家賞」)を開催しており、ファイナリストの4名・チームから1名・チームを選出する。今年はクォン・ビョンジュン、ガラ・ポラス=キム、イ・ガンスン、ジョン・ソジョンの4名が選ばれ、今年の10月からは展示も予定されている。
美術館ほどの規模はないが、アートソンジェセンター(公式サイト)は韓国の現代アートを語るうえで欠かせない場所だ。屋外看板のポスターデザインも、街ゆく人の視線を引きつけている。1998年に開館したここは、円を四等分にした独特な会場が特徴で、『ゲンロン3』で取り上げられた「リアルDMZ(非武装地帯)プロジェクト」の展示でもおなじみの場所だ。当初から現代アートを紹介する美術館として運営され、近年はナㇺ・ファヨンやク・ドンヒ、キム・ヒチョンといった国内のアーティストをはじめ、フランシス・アリスやリー・キットといった海外のアーティストの個展も開いている。売店にはハンディな図録のほかにも、ここ数年はTシャツやトートバッグなどのグッズも積極的に展開しているので、要チェックだ。
幅広い客層が作品と出会える点では、アートソンジェセンターとほど遠くない、ミュージアムヘッド(公式サイト、Padograph)ほどオープンな場所はないだろう。展示に合わせて、入口に作品をディスプレイをしていることもあり、遠目に見ても存在感がある。またミュージアムヘッドの2階はデルフィックというカフェになっていて、お茶をしてからゆっくり展示をみるのもいいだろう。入口のオブジェに惹かれたり、2階のカフェに立ち寄るついでに足を運ぶ人も多いはずだ。2020年の12月にオープンしたこのアートスペースを訪れ、名前に込められた「美術(館)に狂った人」となってみてはいかがだろうか。
美術館でいうと、毎年若手アーティストを取り上げている錦湖美術館、アルコ美術館を建てたキム・スグンの建築事務所でもあったアラリオ・ミュージアム(公式サイト)もオススメだ。とくにアラリオ・ミュージアムではマーク・クインやダグラス・ゴードン、トレイシー・エミンといったYBA系列のアーティストの作品が常設されており、キム・スグンの設計した建物の中でちょっぴり不思議な鑑賞体験ができる。
アングクエリアにはコマーシャルギャラリーも多数ある。美術館も持っているアラリオギャラリー、インスタレーションで知られているヤン・ヘギュなどを紹介しているククジェ(国際)ギャラリー(公式サイト)、2020年に50周年を迎えたギャラリー現代(公式サイト)、近年若手ペインターの紹介にも積極的なハッコジェ(公式サイト、Padograph)をはじめ、PKMギャラリー(公式サイト)、K.O.N.G GALLERY(公式サイト)といった大手コマーシャルギャラリーが集まっている。
そのほかにもギャラリー・キチェ(公式サイト)、ページルーム8(公式サイト)、ギャラリーチョソン(公式サイト、Padograph)、今回紹介するワンアンドジェイ・ギャラリー(公式サイト、Padograph)などがある。2005年にオープンしたこのコマーシャル・ギャラリーでは、専属アーティストのほかにも若手アーティストを紹介したりと、幅広い。会場のつくりも特徴的で、一段下がった展示会場と、階段を上った先、踊り場のような広さと壁で区切られた会場と、空間をいかした展示が見ごたえがある。
駅に近い場所からアングク周辺のアートスペースを北上しながら訪れ、チョンワデのほうをぐるっと回れば、キョンボックン方面だ。以前だったら警備員も厳しい目つきで立っていたが、昨年からは観光客で賑わっている。開けた十字路、シンギョドン交差路の近くには写真集の書店としても知られているThe Referance(公式サイト)、プロジェクトスペース・サルビア(公式サイト)、さらに北上すると、Nothingisreal(公式サイト)、プライマリー・プラクティス(公式サイト、Padograph)、A-Lounge(公式サイト)、スペース1&2(公式サイト)といった小さいアートスペースや、彫刻家のキム・ジョンヨン美術館(公式サイト)や画家の(キム・)ファンギ・ミュージアム(公式サイト)、作家のユン・ドンジュ文学館(公式サイト)といった記念館もある。
さらにその先、高台(もはや山)を上るとガナ・アートセンター(公式サイト)、トータルミュージアム(公式サイト)、ギャラリーツー(公式サイト、Padograph)、ヌーク・ギャラリー(公式サイト)がある。駅から遠く坂も急なため車がないとなかなか難しいが、日帰り旅行の感覚で思い切ってコースに組んでもいいだろう。
先ほどのシンギョドン交差路にもどろう。キョンボックンはここ数年で見どころが増えたエリアである。Factory2(公式サイト、Padograph)やプロジェクトスペース・サルビア、アートサイド・ギャラリー(公式サイト)に加えて、2022年にオープンした中間地点Ⅱ(公式サイト、Padograph)とプライマリー・プラクティス、そしてギャラリー175(公式サイト)、スペース・ウィリング・N・ディーリング(公式サイト、Padograph)、ドローイングルーム(公式サイト、Padograph)はいずれも近年こちらに移転してきたスペースである。
ドローイングルームは2019年ソウルのイチョン(二村、이촌)にオープンし、2022年4月にいまの場所へ移転した。トンイン市場(商店街)を抜けて建物の2階が、展示スペースだ。昨年は韓国の若手のペインターをよく取り上げて紹介していた。「新進作家個展支援プログラム」も行っており、どんなアーティストがこれから紹介されるのか、楽しみだ。
キョンボックンの城壁と道路を挟んで、アートスペース・ボアン(公式サイト)がある。ここは1936年に建てられて、2004年まで「ボアン旅館」という名前で実際に宿として使われていた。昔の建物を生かした空間、ホワイトキューブの会場2か所と、計3か所がアートスペースとして使われており、企画展や個展が毎年開かれている。遊泳空間やかつてのAudio Visual Pavilionのように韓国の伝統家屋を改造して建てたアートスペースがあるいっぽう、ソウル市立美術館本館、そしてここアートスペース・ボアンのように植民地時代や近代期の建物の外観や屋内のつくりを残した会場も、日本と比べても面白い。またここは、アートスペースだけではなく、宿泊施設(ゲストハウス)のBOANSTAY、食事のできる33MARKET、書店のBOANBOOKSもあり、ここを訪れる誰もが文化や歴史に触れることができる。
美術館からコマーシャルギャラリーの並ぶこのエリアは、オルタナティヴな印象の強かったウルジロ(第1回)とはまた雰囲気が違っている。雑居ビルの一室から広がる展示空間とは違って、地域の色もあってかどこか古風で品があって、大勢の人の注目が自然と向かうような、そんな場所だ。第3回はリウム美術館などで知られるイテウォン~アックジョンエリアを紹介。ぜひ合わせて見てほしい。