落合翔平 撮影:中島良平
2026年1月12日まで、東京・渋谷のDIESEL ART GALLERYで個展「Aesthetics」を開催中の落合翔平。ダイナミックで立体感のある構図で描かれた力強い線画が特徴で、ファレル・ウィリアムス主催のデジタルオークションハウス「JOOPITER」立ち上げ時のマーチャンダイズ作品提供や、NEW ERAと読売ジャイアンツとのコラボレーションコレクションの発表、「Original Tamagotchi」とのコラボレーションなど、活動の幅を広げている。
お菓子のパッケージなど身の回りにあるアイテムをモチーフに、ペインティングやドローイングを手がけて人気を集めてきたアーティストが、今回は「ずっと描きたいと思っていた」という風景画にチャレンジした。会場で話を聞いた。
──今回の展覧会のコンセプトについてお聞かせください。
落合翔平(以下、落合) いままでは単品を描いた絵が多かったのですが、ずっと風景画を描きたいと思っていたんです。今回、せっかく東京のど真ん中の渋谷で展示ができるので、じゃあ渋谷の風景画にトライしようと決めました。「リトル・シブヤをここに作ろう」じゃないですけど、今年の頭から渋谷を歩き回り、2500枚くらい写真を撮って、そこからピックアップしたものをもとに描きました。

──渋谷を歩き回るうえでルールやテーマなどを設けたのですか。
落合 渋谷ってずっと工事中なので、まずは「アンダー・コンストラクション」というテーマで作品を作ろうと思って、渋谷の街を歩き始めたんですね。それで実際に歩いてみたときに自分の琴線に触れたものがなんだったのかというと、工事中の風景よりも、路地裏にある日常の風景などが多くて。喧騒のなかの静けさみたいな、そういうものに惹かれていることに気づきました。それで、展覧会タイトルも美的なものを短く表現したくて、「アンダー・コンストラクション」ではなく「Aesthetics」にしました。
──展覧会のメインヴィジュアルに使われている鉢植えの朝顔も、まさに路地裏の日常風景がモチーフですね。
落合 小学生の夏休みの宿題の朝顔だと思うのですが、庶民的な光景というか、こういう日常的なものが好きなんですよ。自分も小学生のころに朝顔を育てましたし。これは酒屋さんの前に置かれていたのですが、渋谷の街を歩いていると見かけるのはだいたいこのビビッドな黄色の皿に青の植木鉢で、その色の組み合わせもめちゃくちゃ良くて。

落合 自分が写真を撮って歩き回っている様子も友達のディレクター、多田海くんに撮影してもらって、会場のモニターで流しています。
──今年の頭から撮った写真を見返しながら、何を描こうかセレクトしていったのですね。
落合 そうですね。渋谷を歩いたタイミングが毎回ラッキーなことにすごく晴れていて青空の日が多かったので、空は結構描きました。平和的で明るい写真が多かったですね。
──デニーズを描いた《渋谷区神南1丁目》は、空が描かれているわけではありませんが、色鮮やかで明るくて、晴れた日であることを想像させます。
落合 公園通りのデニーズです。自分は色を大事にしていて、写真で見たときにもきれいで良い色だなと思って描きました。この1階に服屋があるのですが、サッカーが大好きなこともあって、デニーズの黄色と赤にサッカーのユニフォームをたくさん入れて画面を作った感じです。

──通りの角にあるデニーズの立体感というか、奥行きを平面に収める構図がとても落合さんらしいダイナミックさだと感じました。
落合 よく「立体を平面にしている」と言われることがあるのですが、自分ではそういうつもりはあまりなくて、ただ全面を見せられたらいいなと思っています。広がっているものを画面に収めようとしているのかな。この絵で初めて2枚のパネルを使って描いたのですが、なかなか大変でした。ディテールを描き込んでいくとそこが重たくなってしまうので、それをなんとか調整しながら描きました。デニーズの黒い枠や階段も苦労しました。
──この作品はどういう順序で描いたのですか。
落合 最初は建物の上部、デニーズの部分から決めていきました。デニーズのロゴも最初に決めていたのですが、絵のメインのところってサビみたいなものじゃないですか。失敗できない。だから、かたちをラフに決めておいて絵を描き進めて、結局かっちり決まるのは最後の最後までかかりました。白い部分と赤い部分のバランスや、あいだをどのくらい開けようかとかいろいろ考えて。自分はアウトラインを鉛筆で描くのですが、色を塗ってアウトラインが消えたらまた描き直したりもして、大変でしたね。

──鉛筆でアウトラインを描いて、アクリル絵具で色を塗り、また鉛筆で線を描き加えて、という作業を行ったり来たりしながら制作しているのですね。
落合 そうなんですよ。絵は大胆に見えるかもしれないけど、じつは結構細かいことをやっています。色が重なると見えづらいと思うので、それぞれの色と鉛筆の線のあいだに隙間を加えているのですが、その隙間も開きすぎちゃうのはイヤで。それと、自分は筆圧が強すぎて、表面がえぐれてしまうことがあったり、一部分が濃くなりすぎたりすることがあって。そういうときは紙やダンボールを上から貼っています。
──赤い車の絵《渋谷区富ヶ谷2丁目》も色鮮やかでダイナミックな構図ですが、たしかによく見ると、アウトラインの線と絵具で塗られた色面とのあいだにある隙間の繊細さがわかります。
落合 車が大好きで、それも少し古めのものが好きなんですよ。これも80年代か90年代のもので、すごくかっこいいなと思って描きました。車の後ろの緑や、少し見切れている空がキーポイントになっていて、これによって広がりが見えているんじゃないかと思っています。

──今回の展示では、ギャラリーの壁の上半分が青く塗られていて、作品と空間がつながっているように感じられます。
落合 今回の展示空間はゴードン(Higgins, Gordon Matthew)というジャマイカ出身の友達がデザインしてくれました。「翔平の絵はピースだから、半分は空がいいよ」って言ってくれて、最初に空間の半分が空になったプランを見せてくれたんです。すごく良いですよね。作品を展示する場所も、街の中で高いところにあるものは高い位置にあって、地面に近いものが下のほうにあって。

──ギャラリーの中央には、立体の構造物も置かれていて、リトル・シブヤらしさが表れています。
落合 渋谷を描くのであれば、メインのものとして109とスクランブル交差点は扱いたいと思いました。でも絵を描くとなるとありきたりで違うかなと思って、じゃあ109みたいなものが立体としてあったら面白いんじゃないかと思いました。象徴的なものを中央に置いて、その周りに絵を飾ったのも、最初のアイデアにあった「アンダー・コンストラクション」の感じを出せるのではないかと考えたからです。「工事中」ということで、ここの作品は会期中にどんどん増えていく予定です。
──109の上には飛行機が乗っていて、天井に取り付けられたカーブミラー越しに見ることができます。これはどのように発想が生まれたんですか。
落合 渋谷の街を歩いているとよく飛行機が飛んでいるのですが、タクシーの運転手さんにも聞いたところ、どうやら飛行機が通る道になっているらしいんです。カーブミラー越しに飛行機の立体が見えたら、空を飛んでいる感じが出て面白いのではないかと思って、あのような展示にしました。

──風景画という2次元の絵を描くのと、空間で立体的に3次元の絵を描くように展示を構成するのと、並行して両方の作業が進んでいるようでとても興味深いです。
落合 今回はギャラリーが広いので、まず展示する風景画は大きい作品がないとまずいと思ったんですね。それらと小さい絵を組み合わせて見せられるような展示をイメージしました。全体をバランスよく見せるためには、それぞれの絵に設計図みたいなものがあったほうがいいと思ったので、今回は初めての取り組みとしてラフのようなものもたくさん描きました。
──ドローイングも多数展示されていますよね。ドローイングの段階では、どの程度色のイメージができあがっているのですか。
落合 色は基本的に題材の風景に忠実なものにしたいと思っているので、だいたい始めからイメージとして決まっています。でも、それを画面に置くとなると、すごくたくさんの色がある場合には「なんでこの色がここにいるんだ」というようなことが起こるので、それを調整するのが本当に大変です。自分は浮世絵がとても好きで、あの淡い感じというか、明るくてちょっと薄い感じというか、そんな色の雰囲気で画面を描きたいと思っています。作品制作中に写真をたくさん撮るのですが、色を着ける段階の変化を見るのは面白くて、それを見ながら最終的な色が決まっていきます。


──作品は大胆でありながら、緻密で繊細な作業プロセスを経て仕上げられていることが伝わってきます。
落合 今回の展示はラフをたくさん描いたりして、自分のなかでも挑戦が多かったです。風景画をこれだけ多く描いたのは初めてでしたし、挑戦もできて、自分にこういうこともできるんだっていう発見もあった。すごく良い機会になったと思います。
──ロケハンで歩き回ってから作品を描き、展示を完成させるまでいくつもの工程がありますが、制作していて落合さんがいちばんエキサイティングだと感じるのはどの段階ですか。
落合 自分の絵は、自分が大変だと感じたら感じただけ良い作品になると思っています。なかでもいちばん大変なのが、鉛筆のラインどりと、色決めなんです。その最中がいちばん辛いですが、でもそこがエキサイティングなのかな。「やってるな」って感じられるというか。それらが決まらずに描き続けていると辛さが増していくのですが、終わるのは一瞬なんですよ。「終わった、次をやらなきゃ」となる。だから、描き上がる寸前ぐらいがいちばん楽しいですね。
──描き上がると、もう絵が自分の気持ちから離れていくような感じですか。
落合 いや、そういうわけではなくて、自分の絵は大好きですし、展示されているのを見るとめちゃくちゃ良い絵だなと思います。展示は1月まで続きますが、作品も増えていって内容が変わるので、何回も来てほしいです!

落合翔平(おちあい・しょうへい)
埼玉県大宮生まれ。多摩美術大学生産デザイン学科 プロダクトデザイン専攻を卒業。身の回りにあるアイテムを描いたペインティングやドローイン グを発表してきた。ダイナミックで予想不能な形状や立体感、力強い筆圧で描かれた線画が特徴。2022年、ファレル・ウィリアムスが主催するデジタル オークションハウス「JOOPITER」の立ち上げ時のマーチャンダイズに作品を提供、2023年にTerrada Art ComplexIIのYUKIKO MIZUTANIで個 展「THIS IS OCHIAI SHOHEI」を開催。2024年、NEW ERAと読売ジャイアンツをパートナーに迎えたトリプルコラボレーションコレクションの発 売。本年、コラボレーションした「Original Tamagotchi」を発売。また「JOOPITER Marketplace」にて作品の取り扱いを開始するなど国内外で活 動の幅を広げている。