展示風景より、トーベ・ヤンソン《ムーミンたちとの自画像》(1952) © Moomin CharactersTM © Tove Jansson Estate
誕生から80年を経ても色褪せず、世界中から人気を集める「ムーミン・シリーズ」。その生みの親であるトーベ・ヤンソンの創作世界とその深層に迫る展覧会「トーベとムーミン展~とっておきのものを探しに~」が東京・六本木の森アーツセンターギャラリーで開催中だ。会期は7月16日〜9月17日。
ヘルシンキ市立美術館の全面協力のもと集められた作品群は、絵画、スケッチ、マンガ、小説、舞台資料などじつに多彩。多領域にわたる彼女の才能を包括的に紹介するとともに、代表作である『ムーミン』の世界の奥深さを、テキストや貴重な制作資料を通じて体感することが出来る。
子供向けと思われがちな「ムーミン・シリーズ」だが、本展を見ればそのような考えもたちまちに覆るはず。ヤンソンが紡いできた可愛いらしくもちょっと不気味、そしてときに哲学的なムーミンの物語。その奥深さの一部を展示風景とともにレポートしたい。
本展は「トーベ・ヤンソン」「ムーミンと仲間たち」というふたつの章で構成されている。展示室に入ってすぐに広がる第1章では、ヤンソンの油彩画や愛用品、手紙、舞台版『ムーミン』の資料などが紹介されている。
彫刻家の父と挿絵画家の母の間に生まれ、幼い頃から芸術に触れてきたヤンソンは、フランスやイタリアで美術教育を受け、油彩画やフレスコ画の技法を学んでいた。展示室には、彼女が繰り返し描いていた肖像画・自画像から、北欧の自然を描いた風景画、フィンランド各地の公共施設のための壁画なども並ぶ。
ヤンソンのアーティストとしてのキャリアは彼女が若干15歳のとき、政治風刺雑誌『ガルム』の挿絵画家として始まった。スターリンやヒトラーなど、ファシズムを痛烈に批判する風刺画が掲載される本誌で、彼女は1953年の廃刊まで作品を作りながら戦争への抵抗を示していた。
展示室に並ぶ同誌の表紙によく目を凝らしてみると、そこにはムーミンの原型とおぼしきキャラクター「スノーク」が隠れている。こちらは何ヶ所か隠れている場所があるので、ぜひ実際に訪れて探し出してみて欲しい。
展示を見すすめていくと現れたのは”The door is olways open(その扉はいつでも空いている)”という札のついた扉。これはもちろん、けっして鍵を付けない「ムーミンやしき」の設定に基づいたデザインだ。ファン心をくすぐる演出に心が躍る。
第2章で展示されているのは「ムーミン・シリーズ」に登場するキャラクターたちの貴重な原画、そして小説やマンガの制作背景を示すスケッチの数々。『ムーミン谷の冬』『ムーミン谷の彗星』『ムーミンパパの思い出』など、同シリーズを代表する作品の制作の軌跡を追うことが出来る。
改めて見てみると、ヤンソンの描くキャラクターは性格や好みといった設定が多様で、じつによく練られている。ムーミン谷の住民たちにはそれぞれモデルがいるとされており、家族から歴代の恋人にいたるまで彼女がそれまで出会った大切な人たちの面影が少しずつ反映されているのだ。同作品から感じる親密さや、懐かしさの源泉は、ヤンソンの幸せな子供時代の経験や、その後の出会いにこそあるのだろう。
展示室の一角にはマンガ版『ムーミン』の原画が展示されるコーナーも。作中で登場人物が発するシンプルながら考えさせられる言葉の数々は、幼少期に弟と交わした哲学に関する議論がインスピレーションになっている。本展のセノグラフィー(空間演出)に散りばめられたムーミン谷の住民たちのセリフ、そして細部まで書き込まれたキャラクターの表情を往還しながら見ていくと、作品の世界観にどんどん引き込まれていく。
本展の終盤では、ムーミントロールの親友スナフキンに焦点を当てた『春のしらべ』、そしてシリーズ最終作である『ムーミン谷の11月』の資料が展示されている。ムーミン一家が登場しない不思議な設定を持つ『ムーミン谷の11月』は、母が死去する直前に書かれたもの。彼女の家族や大切な人との出会いによって生まれた『ムーミン』は、最愛の母・シグネの他界とともに幕を閉じることとなる。
戦争体験、家族愛、幼少期の記憶など、常にヤンソンの人生と共にあったムーミンの物語。そこには、この不確定な時代を生きる私たちが大切にすべきことがたくさん詰まっている。
本展は、東京での会期終了後、北海道立近代美術館、長野県立美術館、松坂屋美術館などにも巡回予定。東京会場に足を運べない人も、ぜひ巡回を待って訪れてみて欲しい。
井嶋 遼(編集部インターン)