公開日:2025年3月18日

全面侵攻から3年、ウクライナのアーティストはいま[前編]:瀬戸内国際芸術祭2025に参加、ニキータ・カダンが示す戦争と芸術

ウクライナの作家たちは何を思い、どのような活動をしているのか。ロシア東欧美術・文学研究者の鴻野わか菜が、3人の作家を前後編で紹介する。

ニキータ・カダン 別の場所から来た物 2024 大地の芸術祭 Photo: Keizo Kioku

2022年2月のロシアによるウクライナ全面侵攻開始から3年。2014年のクリミア侵攻からはすでに11年が経とうとしている。いま、ウクライナの作家たちは何を思い、どのような活動をしているのか。3人の作家の作品を通じて考える。前編は、今年「瀬戸内国際芸術祭2025」にも参加予定のニキータ・カダンについて紹介する。

*筆者が2022年から書いてきたシリーズ「侵攻後を生きるウクライナ/ロシアのアーティスト」はこちら

ウクライナ現代美術の重要作家

ウクライナ現代美術を牽引するニキータ・カダン(Nikita Kadan、1982年生)については、2024年2月にも活動を紹介したが、それから1年、カダンはキーウで暮らしながら、短期の特別出国許可(現在ウクライナでは徴兵対象年齢の男性は原則として出国できない)を得て、国内外で作品を発表してきた。

2024年夏にアートフロントギャラリー(代官山)で開催した日本初の個展「ダンサーと爆発」では、キーウの自分のアトリエのバルコニーで死んだ鳥が骨と化し、ある日突然消え去るまでのプロセスを撮影し、それを空爆で破壊された建物の瓦礫の入ったトランクと併置して死について考察する《新生児》(2024)を発表。

ニキータ・カダン 新生児 2024 Art Front Gallery

ドガが描いた“ウクライナ”の踊り子

また、エドガー・ドガの《3人のロシアの踊り子》(ストックホルム美術館所蔵)を変奏した15枚の連作ドローイングと1冊の書物から成るインスタレーション《ダンサーと爆発》(2024)では、ウクライナのアイデンティティの問題を問いかけた。カダンは本作について、次のように書いている。

キーウの私の実家には、1980年代末から90年代初頭の私がごく幼かった頃から鮮明に覚えている本があった。それはブカレストで出版されたエドガー・ドガの画集で、神秘的な感覚を強く呼び起こす不鮮明なモノクロの複製画が掲載されていた。そのうちの1枚には《3人のロシアの踊り子》と書かれていた。奇妙なポーズのまま身動きしない色彩のない人物像。こうしてドガのウクライナの踊り子は私の記憶に刻み込まれた。

1890年代にパリに渡り、ドガのパステル画の連作で描かれたダンサーたちがウクライナの衣装を纏っていることが広く知られている現在、私は、私が育ったソビエト末期からポストソビエト時代にかけての、磨り減った、青白く、ほとんど無色の世界の記憶に目を向ける。その世界は、あのときすでに戦争で満たされ、戦争はあらゆるものなかに溶け込み、あらゆるものと混ざり合った小さな粒子として存在していた。だからこそ、今日、戦争はこれほどたやすく生命を隷属させてしまう。戦争はすでにここに存在し、この場所を知っていたのだから。

ニキータ・カダン ダンサーと爆発 2024 Art Front Gallery

カダンは子供の頃、《3人のロシアの踊り子》のモノクロの図版を見たときには気づかなかったが、その後カラーで見ると、衣装の色から、それがウクライナの踊り子を描いたものであることがすぐわかったという。2022年の全面侵攻開始直後に、ドガのこの連作をめぐって世界の美術界で論争が沸き起こり、ロンドンのナショナル・ギャラリーはタイトルを《ウクライナの踊り子》に変更した。しかしカダンは、ドガが《ロシアの踊り子》と名づけたならタイトルはドガの意思のままにとどめおくべきで、重要なのはタイトルではなく、ウクライナの文化や独自性が認識されてこなかった歴史そのものであると語る。

ニキータ・カダン ダンサーと爆発 2024 Art Front Gallery

ソ連の公園にあった同じ遊具で、ロシア兵もウクライナ住民もかつて遊んでいた

2024年、カダンは「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」で、津南の信濃川発電所暗渠水槽の廃墟部分に、誰も入ることができない児童公園である《別の場所から来た物》(2024)を設置した。そこにあるのはソ連の公園にしばしば置かれていた宇宙船型の遊具だが、それらは溶けかかっており、ユーリー・ガガーリンの宇宙飛行以来、ソ連共通の夢だった宇宙のイメージを否定することで、「ソ連的ユートピア」に終焉が訪れたことが示される。ウクライナ各地で市民を殺害したロシア兵と、殺害されたウクライナの住民は、子供の頃、両者ともこれと同じような遊具で遊んでいたはずだとカダンは語る。この作品には、カダンの幼い娘がよく遊んでいたが、空爆で破壊されてしまったキーウの公園のイメージも重ねられている。

ニキータ・カダン 別の場所から来た物 2024 大地の芸術祭 Photo: Keizo Kioku

本作は、「ソ連とどう向き合うか」という問題をも孕んでいる。「大地の芸術祭」の初日の解説で、カダンは本作をめぐって、「ソ連は自分の一部であり、病気の後遺症のように自分のなかにずっと残っている」と語った。ソ連が崩壊し、共通の「夢」は消え去り、しかも現在、ロシアによる侵略が続いているとはいえ、ソ連を否定することは、自身の一部も否定する痛みを伴うことであり、本作は複雑なアイデンティティの問題を照射している。

「大地の芸術祭」でカダンは個展「影・旗・衛星・通路」(2024)も開催し、展覧会解説文で次のように書いた。

《大地の影》は、ロシアのウクライナ侵攻が始まった最初の数週間のうちに描きはじめた連作です。耕された畑とその上の暗いシルエットというモチーフの反復は、領土をめぐる戦いで殺された人々の無数のイメージを示唆しており、その輪郭が腐葉土の上に描かれています。政治的侵略によって犠牲となった命は、黒土の中に入り込み、その中に沈んでいきます。影、シルエット、跡が地表に残りますが、中断されたそれぞれの生の独自性は、純粋に数字のみを操作する戦争にとって取るに足らないものです。この連作は2022年に始まり、最初のモチーフをわずかに変奏しながら今日まで続いています。

ニキータ・カダン 大地の影 2024 大地の芸術祭 Photo: Keizo Kioku
ニキータ・カダン 大地の影 2024 大地の芸術祭 Photo: Keizo Kioku

全面侵攻開始直後、ウクライナのメディアには人や動物の死体の生々しい写真が溢れた。その無数の死体は、「ロシア兵のものなのか、ウクライナ兵のものであるかもわからない、匿名的なものだった」とカダンは言う。しかし、写真の匿名性に対して、カダンが描く死体の輪郭は、顔がないとはいえ、各々の生命の躍動を色濃くとどめている。それは作家が述べるように「中断されたそれぞれの生の独自性」を描写し記録しようとする試みでもある。社会のすべてが戦争の勝利のために組み替えられていく戦時体制において、芸術はその流れに逆らい、たんなる数字としてとらえられがちな戦死者に個性を取り戻し、個人の尊厳と記憶を恢復しようとする。

《大地の影》は、戦死した人や動物が大地に溶け込み、自然界の一部として再生する過程を描いた作品でもある。いっぽう、空を背景に「人々」という文字を描いた連作《人々》(2023)も、死者の空への回帰を悲しみつつも祝福するかのような作品であったことを想起したい。

ニキータ・カダン 人々 2023

カダンは本展のために、《妻有とホストメリの旗》(2024)も制作している。旗の素材は、作家がキーウ北西郊外のホストメリで採取した、散弾によって損壊した鉄の板だが、台座となったのは信濃川の石である。カダンは「壊された生活の証拠、証明であるものが、ウクライナから地球上の様々な場所へ移され、戦争の物質は平和の物質と出会うのです。あるいはそれは、平和な光景のなかに隠れている過去の戦争や惨事の記憶との出会いでもあります」と語った。一見平和な場所にも戦争の記憶が潜んでいるという歴史を想起させ、いわば世界のあらゆる場所が「グレーゾーン」としてウクライナともつながっていることを示す点に、カダンの哲学が反映されている。

ニキータ・カダン 妻有とホストメリの旗 2024 大地の芸術祭 Photo: Keizo Kioku

戦争を歴史化する必要性

カダンは、「戦争を歴史化する必要性」についてつねに語ってきた。2014年のクリミア侵攻後に制作した《所有されたものは法廷で証言できる》(2015)においても、ウクライナの戦争の瓦礫を、博物館の様々な所蔵品(襲撃されたユダヤ人像やアフリカの彫刻)と併置し、現在の戦争を世界史におけるあらゆる暴力や植民地主義との関連で描き出そうとする。

カダンは、ロシア軍が2022年に占領し虐殺を行ったキーウ郊外のブチャが解放された後、現地で3ヶ月部屋を借りて制作を行った。当時のことを日本での取材にて聞くと、「ブチャは戦争前から何度も訪れた場所であり、殺されたのがいつか自分が隣に居合わせた人だったかもしれないという妄想に苦しめられた」と語った。カダンは著書においても、ブチャでの体験を想起した後、「距離がゼロであるという状況に対処するために、すでに記録された記憶、語られた記憶、私たちの文化のなかに織り込まれた記憶を参照する必要がある」と書いている。現在の戦争を歴史の一部としてとらえることは、戦争から距離を置き、心と生活が戦争に支配されないための手段でもある。

ニキータ・カダン 所有されたものは法廷で証言できる 2015

歴史は現在の人間の支えとなり得る。2024年にノーベル文学賞を受賞したハン・ガンは、光州事件について考えるにあたって、「現在が過去を助けることはできるか? 生者が死者を救うことはできるのか?」と問い続けていたものの、あるとき、その問いは本当は逆であるべきで、「過去が現在を助けることはできるか? 死者が生者を救うことはできるのか?」と問うべきであることに気づいたと語った。人類の苦難の歴史が現在の私たちを救うというのは、カダンにも通じる姿勢である。

瀬戸内国際芸術祭2025:ハンセン病患者たちへの共感

彼はいま、「瀬戸内国際芸術祭2025」の夏会期に向けて、香川県の大島に設置する新作《枝と杖(支えあうことのモニュメント)》の準備を進めている。作家は2024年7月、ハンセン病の療養所である国立療養所大島青松園を訪れ、そこで暮らした患者や元患者たちが助け合って生きてきたことに強い印象を受け、支えあうふたつの手の彫刻を設置したいと考えた。2024年12月、大島の住民に向けた説明会でカダンは次のように述べた。「本作は、この島の悲劇的な歴史と、意思に反してここでの暮らしを強いられた人々のコミュニティを記念している。大島の資料館を訪れたとき、患者たちが一緒に写っている写真や、彼らが支えあっていることを示す資料に心惹かれた。誰をも孤独にさせず、皆を強くする共同体の精神そのものに私は注意を向けた。人間の脆さが最大限に引き出された状況のなかで、大島の患者たち(あるいはそこに囚われた人々)は、不屈であるための力を互いのなかに見出したのだ」

ニキータ・カダン 枝と杖(支えあうことのモニュメント) 2025

大島の元患者の方々は、カダンの説明を聞き、「カダンさんが私たちが支えあって生きてきたことを理解してくれて嬉しい。戦争で苦しんでいる彼にはそうしたことがよくわかるのではないか。手は、戦地で暮らす彼にとっても意味を持つものなのではないか」と述べて、本作を受け入れてくださった。本作は戦争を主題にしたものではないが、大島の住民がこの作品に戦地の人々の思いを読み取ったように、戦時中も芸術によって境界を超えて人々がつながっていくことには希望がある。

*後編へ続く

鴻野わか菜

鴻野わか菜

こうの・わかな ロシア東欧美術・文学・文化研究。早稲田大学教育・総合科学学術院教授。イリヤ&エミリア・カバコフの「カバコフの夢」(越後妻有)キュレーター。編著書に『カバコフの夢』(現代企画室、2021)。