公開日:2023年8月4日

ヴェネチア・ビエンナーレの各国代表はどのように決まるのか? 選出方法3つのパターン、日本と海外の違いを比較・解説

アートの国際展でもっとも注目を集めるヴェネチア・ビエンナーレは、参加国が自前のパビリオンを持つ国別参加方式をとっている。日本含む29か国が恒常的なパヴィリオンを持ち、間借り会場を含めると約90か国と地域が参加しているが、各国はそこで展示する代表作家をどのように選出しているのだろうか?

ヴェネチア・ビエンナーレ日本館

変化の只中にある日本館代表選出プロセス

第60回(2024年)のヴェネチア・ビエンナーレ・日本館の代表が毛利悠子に決まり、合わせて日本館初の外国籍キュレーターとして韓国人のイ・スッキョンがキュレーションを担当することが発表された。アーティストが先に決まり、その後、アーティストの希望もありキュレーターが指名されるという形式となった。

第60回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展 日本館展示に関する記者会見。左から、柄博子(国際交流基金 理事)、イ・スッキョン(キュレーター)、毛利悠子(作家)、建畠晢(国際展事業委員会委員長)

第52回(2007年)以降、第58回(2019年)までの日本代表の選出プロセスは、①委員会が5名前後のキュレーター候補を選出し、②各候補から展示内容の提案書(プロポーザル)を提出させ、③その中からコンペティション形式で一展示を選出する、というものだった。

しかし、前回2022年(2021年開催の予定だったが、新型コロナにより2022年に延期された)のヴェネチア・ビエンナーレ日本館代表選出はそうしたプロセスから一変し、国際展事業委員会がアーティストにダムタイプを直接指名し、特定個人のキュレーターは設置されなかった。(*1)

ダムタイプ 2022 撮影:高谷史郎 © ダムタイプ 提供:国際交流基金

第58回(2019年)までの選出プロセスが完全な透明性を持っていたとはいえないが、少なくとも指名された5名前後のキュレーターによるコンペ形式によって競争性があり、また提出された展示プランも選出されなかったものも含めて国際交流基金のウェブサイト上で公開されていた。突然の選出方式の変更は、これまでの状況からブラックボックス化を進めるものともとらえられ、議論を引き起こしていた。

いずれにせよ、日本館の代表選出プロセスはいま、変化の真っ只中にある。であれば、他国の現行の選出プロセスを参考として知っていくことは、議論をより実りのあるものにするだろう。ヴェネチア・ビエンナーレの参加国すべてを網羅することはできないが、いくつかの国の例を挙げてその方法を見ていきたい。特定の国の例を絶対的な規範とし追随することは危ういが、複数の方法論を比較・検討することで、より良い方法を探っていくための議論の礎としたい。

ヴェネチア

代表館を出すまでの流れ

まず前提として、そもそも、ヴェネチア・ビエンナーレに「代表館(ナショナルパビリオン)」を出すためにはどのような手続きがあるのだろうか。

ジャルディーニに常設パビリオンを持つか、アルセナーレに長期パビリオンを持っている国の場合は、それぞれの国の文化大臣や外務大臣といった、文化・外交を代表する立場の人間がパビリオンの最高責任者となるコミッショナーを任命し、任命されたコミッショナーからビエンナーレ側に参加申請を提出することとなる。

それ以外の国については、文化大臣や外務大臣などの立場からビエンナーレ側に対して参加申請を行い、その国の代表として認定されるという形になる。一国、一共同体につき一代表館が原則であり、代表館として認定された展示とは別のオルタナティブな動きで作られた展示が、国の代表として認定を得ることはできない(こうした一国一パビリオンの仕組みによって、誰が文化大臣のお墨付きを得たかという問題も生じうるといえる)。

第59回(2022年)のナミビア館に対しては、「これは我々を代表するパビリオンではない」という声明がナミビアのアーティストたちから発表されることとなった)(*2)。追って、公式な公開前にキュレーターの任命をビエンナーレ側に報告したり、展示計画書を提出したりすることとなる。(*3)

ヴェネチア・ビエンナーレの様子

選出方法の3つのパターン

では、本題の各国代表アーティストの選出方法に入っていきたい。

大きく分類すると、
・選考委員会がアーティストを選出
・選考委員会がキュレーターを指名し、そのキュレーターがアーティストを選出
・公募

の3パターンに大別できる。

1、選考委員会がアーティストを選出

まず、選考委員会がアーティストを選出していく方式について見ていく。基本的に、選考委員らから推薦されたアーティストリストの中からそれぞれの方法で候補を絞っている。

イギリスの代表は、文化教育機関であるブリティッシュ・カウンシルのアートチームが、イギリス中の専門家と協力してアーティストを直接選出している(*4)。また、代表を選出するアドバイザリーパネルのメンバーはアート・建築の各ビエンナーレごとに毎回入れ替わる。(*5)

カナダ館の運営はカナダ国立美術館が担っており、こちらも委員会によるアーティストの指名式となっている。(*6)

フランスでも、アンスティチュ・フランセの主導により組織された委員会によってアーティストが選出される。選出は投票制であり、選出されたアーティストがキュレーターを指名できることが明記されている。(*7)

アーティストの指名に指名コンペ制を採っている国もある。スペインは外務省、国際開発協力庁、スペイン文化活動がパビリオンをプロデュースしており、第60回(2024年)のビエンナーレでは、委員会の1回目の会議で5名のアーティストを選出したうえで企画提案書の提出を依頼し、2回目の会議で投票によって展示プランを決定している。(*8)

そして日本でも、今回、第60回(2024年)の選出では最終候補として5人のアーティストに絞られたうえで展示プランの提出を依頼する指名コンペ制が取られた。第59回(2022年)の日本館は委員会が直接一組のアーティストを指名する形だったが、今回の方法は2019年のビエンナーレまでのキュレーターの指名コンペ制をアーティストに適用したかたちになったともいえる。(*9)

2、選考委員会がキュレーターを指名し、そのキュレーターがアーティストを選出

次に、選考委員会がキュレーターを指名し、そのキュレーターがアーティストを選出する方式を見ていく。

ドイツではifa(ドイツ対外文化交流機関)がパビリオンのコミッショナーとなり、ifaの組織した選考委員会によって先にキュレーターが指名・任命される。そして指名されたキュレーターがアーティストを選出するという流れになっている。情報公開についてもその順になされており、指名されたキュレーターがアーティストを選出するまでの時間が取られていることがわかる。(*10)

今回、選考プロセスに関する公開情報を見つけることのできなかった国については言及を避けているが、選考プロセスに特に言及なく「キュレーターが○○をアーティストに選んだ」と記述されている国や、複数回に渡って同じキュレーターがパビリオンを担当していたりする国も少なからず見受けられた。こうした国々もキュレーターが先に選ばれている形式であると推察される。

また、第58回(2019年)までの日本のように指名されたキュレーターによる指名コンペ制のパターンも考えられる。例えば、モンドリアン財団がコミッショナーを務め、諮問委員会を組織しているオランダ館の第60回(2024年)の展示プランの発表では、「委員会は5つの展示提案書を評価することを求められ」とあり、この5つの提案書は指名コンペ制によって提出されたものではないかと思われる。(*11)

ブラジルのキュレーター選出プロセスは少々特殊で、「伝統的な慣例」として、ブラジル館のキュレーターはその前年のサンパウロビエンナーレのキュレーターが担当する。(*12)そしてそのキュレーターによってアーティストが選出されるという形式となる。

では、実質的なヴェネチア・ビエンナーレのキュレーター選考となるサンパウロビエンナーレのキュレーターはどのように選ばれるのだろうか。前回の第34回(2021年)では指名コンペ制が取られ、サンパウロビエンナーレでは、サンパウロビエンナーレ財団のプレジデントが国内外のキュレーター5名を指名し、テーマに沿った企画をプレゼンテーションしてもらったという。(*13)最新の第35回(2023年)、今年のサンパウロビエンナーレについては、「自発的に結成された」4人のキュレーターチームによってキュレーションされ、チーフキュレーターを持たない「分散型」のかたちでのキュレーションの取り組みとなるという。(*14)

3、公募

最後に、公募のパターンについて見ていきたい。

韓国はアーツ・カウンシル・コリアがキュレーターを対象とした展示プランの公募を行っている。公募の応募資格には「韓国美術と国際美術界への理解と専門知識を有する者」「国内外の各種展示会への参加・企画経験のある者」「芸術監督としての職務を実効的に遂行するための英語能力を有する者」といった内容が並ぶが、応募者を弾くような高すぎるハードルは見当たらない。大まかには、企画提案書の提出による書類審査と、書類審査の通過者を対象としたプレゼンテーションを行う面接審査があるようである。(*15)

非常にオープンな選考だが、前回のビエンナーレの選出プロセスでは、候補者と同じ組織に所属する審査委員が参加したまま審査が進められていたことが問題視され、選考のやり直しが行われていた。(*16)また、第60回(2024年)は初めて外国人キュレーターが韓国館を担当することとなった。

エストニアもエストニア現代アートセンターが代表を公募によって選出しているが、主な対象はアーティストとなる。第59回(2022年)での代表選出はアーティストとキュレーターの両方を対象に2段階で行われた。まず、テーマや中心的コンセプトの提案を含む志望動機とポートフォリオで2~4人ないしグループの候補が選出された。そして、候補者たちにさらに深掘りされた展示プランを提出してもらい、最終的な展示プランが決定された。(*17)第60回(2024年)では公募の対象がアーティストのみとなっており、企画提案書とポートフォリオの審査によって代表が選出されることとなっている。(*18)

イタリアの文化省は第60回(2024年)に向けて、初めてキュレーターの一般公募を行った。応募条件は「5年以上の経験」や「アカデミックな能力」で、応募の第一段階では経歴書、志望理由書、企画提案書の提出が求められ、書類選考で10名に絞られる。選ばれた候補者は、第二段階でより詳しい企画書の提出が求められ、最終的なキュレーターが選出されるという。(*19)

今回取り上げたのはビエンナーレへの参加国のうち一部ではあるが、各国のパビリオンのアーティスト・キュレーターの選出プロセスにも様々なアプローチがあることがわかる。

また、調査をしてきて見えてきたのは、他国と比較したとき、日本はかなり情報公開がなされているということだ。たとえば、アメリカ館の展示プランの選出方法は、複数のニュース記事等から総合的に勘案すると、アメリカ中の美術館のような非営利の美術機関に所属または提携するキュレーターからの応募を受け、選考委員会の話し合いで最後の1プランまで絞っていくものであると推察される。しかし、そうしたプロセスについて説明された公式の情報を見つけることができなかった。

日本館の展示を主催する国際交流基金は作家選考について、その選考理由はどのようなものだったのか、どのようなプロセスを採ったのか、また直近のものでは選考委員のみならず推薦委員のリストも含めて公開しており、高い透明性を保とうとしていることが伺える。第59回(2022年)における選考プロセスは確かに、直近のほかの回と比較して透明性が高いとは言い難いが、他国の状況と比較して過度に不透明だったわけではなかった。

かといってもちろん、現状が完璧というわけでもなく、こうした状況を踏まえたうえでよりよい選考プロセスは今後も検討されていくべきだろう。また、選考の枠組みだけでなく、選考の妥当性や展示の内容といった質的な議論に踏み込んだ批評をしていくことで、日本の美術は骨太になっていくのではないだろうか。

*1──https://www.jpf.go.jp/j/project/culture/exhibit/international/venezia-biennale/art/59/pdf/compe_r.pdf
*2──https://griotmag.com/en/59the-venice-biennale-2022-open-letter-not-our-namibian-pavilion/
*3──https://static.labiennale.org/files/arte/Documenti/procedure-for-national-participations-2024.pdf
*4─https://venicebiennale. britishcouncil.org/about
*5──https://venicebiennale.britishcouncil.org/about/press/artist-and-filmmaker-john-akomfrah-ra-represent-uk-60th-international-art-exhibition
*6──https://www.gallery.ca/whats-on/touring-exhibitions-and-loans/around-the-world/canada-pavilion-at-the-venice-biennale/kapwani-kiwanga-represents-canada-in-venice
*7──https://www.institutfrancais.com/fr/institut-francais/offre/le-pavillon-francais-a-la-biennale-de-venis
*8──https://www.e-flux.com/announcements/547234/sandra-gamarra-heshikipinacoteca-migrante-migrant-art-gallery/
*9──https://www.jpf.go.jp/j/project/culture/exhibit/international/venezia-biennale/art/60/pdf/compe_r.pdf
*10──https://www.ifa.de/en/press-release/cagla-ilk-in-the-german-pavilion-biennale-2024/
*11──https://www.mondriaanfonds.nl/en/activities/venice-biennale/
*12──https://bienal.org.br/wp-content/uploads/2022/12/91289e8ede335f184a99395e59911c79.pdf
*13──https://bienal.org.br/wp-content/uploads/2022/12/5cf1a4b633a29d6d3c29e9b6e1727d02.pdf
*14──https://bienal.org.br/fundacao-bienal-anuncia-equipe-de-curadores-da-35a-bienal-de-sao-paulo/
*15──https://www.arko.or.kr/board/view/4013?bid=463&page=&cid=1805443&sf_icon_category=cw00000019
*16──https://www.koreatimes.co.kr/www/art/2023/08/398_311460.html
*17──https://cca.ee/en/news/open-call-for-the-exposition-of-the-estonian-pavilion-at-the-59th-international-venice-biennale
*18──https://www.eaa.ee/en/call-proposals-estonian-pavilion-60th-venice-biennale
*19──https://www.finestresullarte.info/en/contemporary-art/the-curator-of-the-italian-pavilion-at-the-2024-biennale-will-be-chosen-by-public-selection

半田颯哉

半田颯哉

アーティスト・インディペンデントキュレーター。1994年、静岡県生まれ、広島県出身。科学技術と社会的倫理の間に生じる摩擦や、アジア人/日本人としてのアイデンティティ、ジェンダーの問題を巡るプロジェクトなどを展開している。また、1980年代日本のビデオアートを研究対象とする研究者としての顔も持つ。東京芸術大学大学院美術研究科先端芸術表現専攻修士課程および東京大学大学院学際情報学府修士課程修了。