チェン・ウェイティン(陳威廷)は、台湾に生まれ現在は東京を拠点とするアーティスト。詩の創作、黄色いクマをはじめとした親しみやすいキャラクターを主軸に絵画、映像、パフォーマンス、彫刻など多岐にわたるメディアの作品を国内外で発表し、来年には、台湾の高雄市立美術館での個展を予定している。KenelephantとPartner Toysとコラボレーションして、書き下ろした詩が添えられたフィギュアコレクションを展開するなど多角的な活動を行っている。
クリスマス時期の現在、新宿・歌舞伎町にあるテーマパーク「東京ミステリーサーカス」のイベント「TOKYO MYSTERY CHRISTMAS」(~12月25日)では、心躍る空間を演出するクリスマスデコレーションを担当するなど、活躍のフィールドを増やしているウェイティンにインタビューを行った。【Tokyo Art Beat】
──チェンさんは、詩作も絵画もあわせて行っているそうですね。
自分のなかでは、詩を書くこと、絵を書くこと、そしてこのごろは立体作品も作っていますが、それらに区別をつけていません。頭のなかに言葉が先に浮かんだときは詩を書き、ヴィジュアルが先に浮かんだときは絵を描きます。紙やキャンバス、立体など様々な手法で作品を作っていますが、私にとってそれらは「書くこと」の一部です。つまり絵であっても、立体であっても私の詩なのです。ドローイング作品には詩を書きつけているものもありますし、絵具の下に詩が塗り込められているものもあります。作品の鑑賞者には、私の言葉が暗示するもの、象徴するもの、オープンにしているものを自由に感じ取り、解釈してもらいたいと思っています。
詩と絵画は一見すると乖離した世界のように見えますが、文字、特に表意文字である漢字は絵画的にその意味を把握することができます。洞窟に刻まれた文字や象形文字なども、その言語が現在まで解明されていなくても、当時の人々がイメージしていたものをある程度掴むことができます。文字というものはイメージを内包しているのです。文明が進み、文字を使った表現が発達していくと、人間は文字を使って文学を生み出しました。現代詩は、そんな数ある文学ジャンルのなかで、より自由で直感的なもののひとつだと思っています。
そして、詩人たちは己の感情や思考を表現するため、言葉以外のものを用いた表現手法、形式を作り出していきます。そして私は表現手法に絵画を選び、個人の感情、内面を具現化するために言葉と絵画の両方を使っています。
日本語では「詩を書く」、「絵を描く」は、漢字表記は異なりますが、発音は同じ「かく」です、根幹は一緒なのですね。このことをとてもおもしろいと感じています。
──創作活動はどのようなきっかけで始められたのでしょうか?
詩を書き始めたのは高校生の時です。高校生のとき、授業で台湾の現代詩を学び、とても自由でおもしろいと想いました。そして、詩を書くときに言葉とともに絵も書き留めるようになっていきます。その後、輔仁大学の中国文学科に入学し、古典文学や現代文学を学ぶなかで、文学を芸術というかたちで表現することに興味を持ち、本格的に詩作に取り組みました。書き留めていた絵も、よりいっそうブラッシュアップしたいと感じるようになり、大学卒業後に台北市立大学視覚芸術学科に入学し、修士号を取得しました。その後、東京藝術大学(グローバルアートプラクティス)で学び、現在に至ります。
──色彩も非常に独特です。
じつはキャンバスに絵を描き始めたのは大学院に入ってからです。それまではノートに詩とともに鉛筆やボールペンで線画を描いていました。色彩についても、事前に計画はせず、キャンパスに向かったときの気分で色を選んでいます。子供のころによく読んでいた絵本の世界や、『クマのプーさん』や『ピングー』などのアニメ作品の鮮やかな色彩の世界が自分の原体験で、それらの世界の影響を受けていると思います。
──そして、チェンさんの作品は動物が多く登場します。とくに黄色いクマは様々な作品に登場します。
黄色いクマは、私が最初に描いた油絵で描いたキャラクターです。大学院の最初の授業で「なんでも好きなものを描いてみて」と言われ、そのときにキャンバスに突然現れたのがこのクマです。それから10年以上の長いつきあいがありますが、とくに名前はつけていません。クマは、私の個人的な経験の影響を受け、喜怒哀楽様々な感情で画面に登場します。クマがあまり幸せそうな表情をしていないときもありますが、鑑賞者が絵の中にある悲しみの存在を認識することで、対称的に幸せの存在も実感できるはずだと思っています。
──大学院を卒業後、なぜ日本を留学先に選んだんでしょうか?
外国で学びたいと考えていて、イギリスなどのヨーロッパの美術大学も検討して英語も勉強していたのですが、やはり日本は実家に近い(笑)。そして、以前からとても心惹かれる国でした。初めて日本へ旅行を旅行したとき、どんな広告にもかわいらしいマスコットキャラクターがいることに驚き、そして強く興味を持ちました。日本では「すべてのものに魂が宿っている」と言われていますが、その精神の片鱗をマスコットキャラクターのなかに見たような気がしたのです、とても不思議であり、そして不条理なものであるとも思いました。ロラン・バルトは『表徴の帝国』で「日本は象徴の国である」と言っていましたが、私の日本に対する印象にも当てはまります。
そして、好きなアーティストもいました。谷川俊太郎は日本の詩人で僕が最初に読んだ作家です。『20億光年の孤独』などが印象に残っています。長新太さんや荒井良二さんの作品はとても好きです。2019年に台湾で荒井良二さんの展覧会が開催されたのですが、そのときはキュレーターを務めました。
日本以外だと、ロシアのユーリ・ノルシュテインの作品も非常に心を惹かれます、物語は暗く、重いものが多いですが、その世界はとても美しい。日本では宮崎駿さんが好きな作家に挙げていると伺っています。あと常玉(サンユー)という、1920年代にパリのモンパルナスで活躍した中国人画家もこのごろ非常に興味を持っています。
──台湾と日本では美術大学の指導方法や学び方に違いはありますか?
大きく異なっています。藝大はとても自由でした。ドローイングだけでなく、版画であったり立体であったりと、気になるものは全部チャレンジしてみなさいと指導があり、自由すぎて戸惑うほどでした。クラスメイト同士でグループを汲んで、1週間くらいで共同制作する実習などはとてもおもしろかったです。グループで什器を作り、それぞれの作品を並べて表現するなどして、お互いに刺激になりました。
台湾の美術学校はどちらかというと、ドローイングを学ぶ人はドローイングをしっかり学びなさい、といった感じで堅実に指導してくれるので、技術力が高まります。自分はその指導をあまり聞いていませんでしたが(笑)。
日本に来たことで、ほかのアーティストとのコラボレーションや、金属にガラスや木、石など、様々なメディアを使って作品を作ることができました。また、創作の在り方そのももの大きく変わったと思います。そして、東京藝術大学を卒業した後も、日本に滞在して制作活動を続けています。日本は、ギャラリーや美術館が多く、様々な刺激を受けることができます。あと、絵具やキャンバスなど制作費が安く抑えられるのもうれしい。先日、アーティスト・イン・レジデンスでイギリスに滞在し、そこで制作を行ったのですが、物価が高くて制作に支障をきたしそうなほどでした。その点、日本はアーティストにとってはすごしやすい土地です。台湾の友達も日本に来ると画材をまとめて買っていきますね。
──逆に、環境が大きく変わったにもかかわらず、チェンさんのなかで変わらなかったことはありますか?
様々なメディアで制作をするようになりましたが、「すべての作品が詩である」ということはゆるぎません。自分の身の回りで起きたこと、経験をもとに浮かんだ言葉、あるいはヴィジュアルから作品を作っていく行為も変わらないものです。今後も変わらずに続いていくものだと思います。
あと、クマの存在ですね。クマは頭身などが若干変化したりはしているのですが、気が付くと描いてしまっています。彼もずっと描き続けていくように思います。
──そんなクマも登場する「東京ミステリーサーカス」のクリスマスデコレーションのデザインも担当されました。
2021年の東京藝大の卒展を「東京ミステリーサーカス」担当者が見てくださっていたそうで、声をかけていただきました。先方はアーティストとともに制作すること、そして私は企業とともに制作すること、お互いに初めてだったのですが、非常にうまくいったと思っています。
赤と緑に彩られた期待でいっぱいのお祭りというイメージで、流れ星が流れる夜空の下、地上にいる動物たちがプレゼントを受け取るのに忙しくしている様子を、3フロア分の窓とエントラスに描きました。
エントランスは自動ドアの動きを計算してデザインしましています。中央にある星とリンゴは、クリスマスプレゼントで、自動ドアが開くたびにキャンドルドッグやクマたちがプレゼントを受け取っているように見えます。実際に現地に行って見てみてください。
クマとともに登場しているのは、頭にキャンドルを乗せた「キャンドルドッグ」というキャラクターです。このキャンドルドッグは、最初は母親のために描きました。台湾も兵役義務がありまして、入隊にあたって、母親のために絵をプレゼントしようと思っているうちに生まれたのです。母が言っていた「人の命はろうそくのようなもの」という言葉、そして彼女の周りを明るくしてくれる正確が結びついて生まれました。
──クマやキャンドルドッグの存在が建物全体をあたたかい雰囲気で包んでいるように感じます。制作で気を配ったところはありますか?
今回、初めて作画にコンピューターを用いました。iPadを導入し、自分のタッチをモニタ上に再現することに試行錯誤しました。この制作を通してPCのドローイングと、ハンド・ドローイングの違い、距離について非常に深く考えるきっかけになりました。この経験は今後、新しいプロジェクトとしてかたちになるような気がしています。
「東京ミステリーサーカス」では、12月23日から25日までの3日間、ゲームやイベントの参加者や、1Fのカフェやショップで商品を購入した方限定で、オリジナルクリスマスカードをプレゼントする予定です。このクリスマスカードも私が手がけました。たくさんの人に受け取ってもらえればと思います。
── 今後、表現はもちろんのこと、ますます活動のフィールドが広がりそうですね。
チェン 現在は制作活動を続けつつ、様々な公募やレジデンスの公募にチャレンジしています。いろんな場所で制作活動を行い、その地で過ごすことは、自分にとって重要な経験となり、成長の糧となるからです。来年の後半には、台湾の高雄にある高雄市立美術館で展覧会に参加する予定です。美術館での展示は初めてなので、いまからとても楽しみになっています。今後も、よりいっそう成長していきたいと思っています。
チェン・ウェイティン(陳威廷)
台湾生まれ。台北市立大学卒業後、輔仁大学修了。2019年に来日後、東京藝術大学大学院美術研究科グローバルアートプラクティス専攻修了。これまでの主な個展に「One elephant walking toward another」(Volery Gallery、ドバイ、2022)、「Paradise」(Villazan Gallery、マドリード、2022)、「Passenger: To Falling Star」(Over the Influence,、バンコク、2021)、「I don’t want to change you」(Gallery Ascend、香港、2021)、「I saw you before」(GR Gallery、ニューヨーク、2021)。CAF賞2022入選、Shibuya Awards 2022で小山登美夫審査員賞を受賞。
TOKYO MYSTERY CHRISTMAS
会期:2023年11月15日〜12月25日
会場:東京ミステリーサーカス
住所:東京都新宿区歌舞伎町1-27-5 歌舞伎町APMビル