SCAI THE BATHHOUSE(スカイザバスハウス)拡張した時間にまたたく光の効果によって、アピチャッポン・ウィーラセタクンの作品は、孤独な夢、近しい身内の物語や抑圧された集団の記憶など、心の片隅に追いやられた不穏な心理を予感させます。亡霊のようなイメージは、歴史の道筋をたどって現在に立ち現れ、引き伸ばされた時間のスクリーンに忍び込み、人々の日常を越えて闇と忘却、光と記憶のあいだを彷徨い続けるのです。
幼少期に夢中になったホラー映画から着想を得たウィーラセタクンの新作《ソラリウム》(2023)は、ガラスの両面に映し出される2チャンネル映像のインスタレーションです。盲目の妻を救うため、患者の眼球を盗んだ狂気の医師(マッドドクター)を描くタイ映画『The Hollow-eyed Ghost』(1981)を再現し、暗闇のなかで自身の眼球を探しさまよう男の姿が映し出されますが、彼はやがて日の出の太陽によって破壊されてしまいます。もう一つのスクリーンには、太陽の燦然とした輝きや、幾重にも重なる葉をすり抜ける見えない光の暖かさを感じさせるイメージが綴られています。展示会場は、スクリーンとして中央に置かれたガラスの構造体に反射し、双方向に飛び交う光と音の運動と拡散によって構成され、ガラスに貼られたホログラフ・フィルムに亡霊が浮かび上がり、鑑賞者のいる物理空間に息づき始めます。鑑賞者と被写体は入れ替わり、視覚が捉える領域とその外の世界を行き来するなかで、私たち自身の存在のゆらぎが鏡のように映し出されていきます。
本展はまた、ウィーラセタクンのドローイングを一般公開する初めての機会となります。作家の5年間にわたる光と影の探求は、二部作ドローイングと写真を用いた立体作品として結実しました。《ソラリウム》の映像シーンを彷彿とさせる光、影、眼球のスタディからなるモノクロームの水彩画シリーズ。そして、《Boxesof Time》(2024)は、近年ウィーラセタクンが制作の過程で訪れた場所を記録した写真アーカーイヴを5部構成で編纂した立体作品です。それぞれに52枚の写真が束ねられ、作家の叙情的で内省的なレンズを通して、陽光の繊細で豊かなテクスチャーをあらわに、記憶の奥に生き続けるいくつもの瞬間を重ね合わせています。
本展は、SCAI THE BATHHOUSEでの7年ぶり5度目の個展となります。