平塚市美術館平野杏子は1930年に伊勢原市に生まれ、戦後1954年から平塚市に住む洋画家です。平野は共立女子専門学校在学中に師事した長屋勇のもと旺玄会展に出品、受賞を重ねます。女性作家が稀であった時期であり、結婚、出産、育児と制作の両立という課題に向き合いながら、描くことはそのまま生きることであり、常に絵筆を握る生活をつづけました。
40歳代になると充実した画境を迎え、華厳経の世界観に触発された幻想的な大作を総合美術展「潮」に発表。こうした作品には平塚・出繩に構えたアトリエの幻想的な自然の印象も反映し、画業の一つの頂点となりました。女性作家9人によって結成された潮展のほか現代女流画家展などでも大きな役割を果たし、女性が活躍する先駆けとなって画業を切り拓きました。あわせて韓国慶州、南山の取材で邂逅した磨崖仏に新羅時代の石匠による美の淵源を探り、代表作《磨崖仏讃》シリーズへ結実させました。平野杏子の画業は具象から抽象、平面から立体まで多彩ですが、《磨崖仏讃》に見られる原初的な風土や歴史への興味は、故郷伊勢原の大山信仰や出土品、遺跡に惹かれた幼少期から一貫するもので、多くの作品を特徴づけています。
1980年代には、かねてから交流のあったサロン・ド・メに招待出品するほか、内外での取材や各地での発表など、90歳代となった現在も活き活きと新たな画境を求めて制作する姿勢からは、現代の長寿社会のなかでいかに生きるかをわれわれに示しているように感じます。地元平塚に目を向ければ、平塚市総合公園にモニュメント『トキオコシ』(1990年)が設置され、多くの人々に親しまれています。アトリエには近隣の画家や評論家が集い、その交流は平塚の文化振興の原動力となりました。
本展は県内美術館では平野杏子の17年ぶりの本格的な回顧展であり、その代表作や初公開の作品を含めたおよそ60点により70年あまりの画業を振り返ります。