子どもたちの美術館デビューを応援。京都国立近代美術館のロビーに現れたアート体験空間「リング・リング・ロング」に行ってみた

会期は1月18日~3月16日。子どもとその家族向けの企画で、くつろげるソファやテーブル、アクティビティが登場

撮影:田中陽介

京都国立近代美術館で、1月18日~3月16日までの期間限定で開催されている「リング・リング・ロング」は、子どもたちと家族がリラックスして美術館、作品、そして創作を楽しめるパブリックプログラム。Adobe Foundation支援の元、国立美術館が全国7つの施設で実施する「Connecting Children with Museums」の取り組みの一部だ。2月15日に開催されたワークショップの様子をレポートする。

リチャード・ロングの《京都の泥の円》(1996)に出会える1階ロビー。ソファに座ったり、周りを歩いたりして、絵と一体となれる体験だ 撮影:田中陽介

リチャード・ロングの巨大絵画からインスパイアされた円形の家具が会場に

「リング・リング・ロング」の会場はガラスの向こうに琵琶湖疏水の眺めが気持ちいい、長い1階ロビー。ここに、常設のリチャード・ロングの《京都の泥の円》(1996)にインスパイアされた円形の「ロングリングソファ」、作業テーブルの「ロングリングテーブル」が設置された。家具のサイズは作品の円とほぼ同じ直径4.8m。家具を通して作品の圧倒的なスケールが体感できるのがちょっと感動的だ。

子どもと家族にフレンドリーな空間が、美術館の中に約2ヶ月オープン

作業テーブルには、紙や糊などの素材が置かれていて、自由に作品作りができる。この日は「みんなでつくるリングロングお面ワークショップ~つくったお面をあつめて展示デビューしよう!」が開催され、4歳以上28組・83名の子どもと家族が参加して、お面作りに挑戦した。指導を担当したのは、この空間デザイン、家具製作を担当したVUILDのクリエイティブチーム VUILD DESIGNだ

空間デザイン、家具製作を担当したVUILDの長岡勉さん(左)、黒部駿人さん(右)。ソファはマットの下地などに使用されるチップウレタンを再集成して作られた 撮影:田中陽介

アーティストの手法に倣って、素材と向き合う創作体験

土台となる木のお面を選び、用意された素材を選んで貼り付けて、思い思いのお面を作ってゆく。素材には、カラフルなモールやビーズなどのほかに、美術館のチラシや段ボールなどの廃材も混じっている。

用意されたお面作りの素材。卵ケースや、丸く切り抜いたチラシの紙など、リユースされた素材も 撮影:田中陽介
撮影:田中陽介

「リチャード・ロングは自然の中を実際に歩き回り、そこで見つけた石や植物、土といった自然物を集めて、それらを並べて制作しました。それにヒントを得て、美術館の中にある素材で作品を制作できないかと考えました」と、同館学芸課研究員の松山沙樹さん。子どもたちが無意識のうちにアーティストの手法に触れ、学ぶことができる。そんな「裏テーマ」もこっそり仕掛けられていた。

土台となるお面のデザインは20種類。ありきたりでない形に、想像力が刺激される 撮影:田中陽介
撮影:田中陽介

アドビが国立美術館と取り組むConnecting Children with Museums

このイベントは、クリエイティブツールの開発を手がけるアドビが設立した「Adobe Foundation」が助成する、国立美術館の取り組み「Connecting Children with Museums」の一環だ。2024年9月に東京国立近代美術館で開催した、子どもと一緒に気兼ねなく美術館を楽しめる特別な日「Family Day こどもまっと」をはじめ、小さなお子さんやそのご家族など、普段美術館になかなか来られない方々に向けて、機会を創出するプログラムを多数行っている。

京都国立近代美術館学芸課研究員(教育普及担当)の松山沙樹さん(左)、アドビ株式会社ブランドスタジオクリエイティブディレクターの谷口仁子さん(右) 撮影:田中陽介

美術館をもっと訪れやすい場所に

アドビ株式会社ブランドスタジオクリエイティブディレクターの谷口仁子さんは、「アドビが設立した、民間財団Adobe Foundationでは、『Creativity for All』(すべての人に「つくる力」を)というアドビの理念の元、アーティストを直接支援したり、思いを同じくする世界の芸術機関とパートナーシップを結び、様々な取り組みを行っています。さらに、パートナーである世界各地の美術館がお互いに学び合う機会を作るなど、アドビのサポートは経済的なものにとどまりません」と語る。

日本の美術館は、アート好きの家族ほど行きづらい

日本の美術館は「すべての人に」開かれているとは言い難い。館内では静かに見なければならない、というプレッシャーが強く、泣き出したり騒いだりすることを不安に思って、小さな子どもと家族が美術館に行きづらい事情がある。この日、子ども連れで参加した女性は「出産前にはよく美術館に行っていたけれど、子どもを持ってから今日まで一度も行っていない」と言う。

参加した子どもは4歳から6歳が最多。道具を手にしたことのない子どもも、モール、ビーズ、再利用した紙などの素材に興味津々でお面作り 撮影:田中陽介
撮影:田中陽介

「アートが好きな人ほど、子どもを連れてくることをためらう傾向もあるようです。美術館に行くのがすごく好きだったけれど、子どもができたら、『ほかの来場者に迷惑かけるんじゃないか』と、行きにくくなる。美術館としては、誰に対しても開いているつもりでいたんですけど……」と松山さん

「『いつでも来てください』というメッセージを伝える意味で、今回のイベントが1日限りの単発ではなく2ヶ月という長期間開催したことの意味は大きかったと思います」。「この機会で、久しぶりに美術館に来られた」と、続々と反響が寄せられているそうだ。

開始から30分。全員が傑作を完成させ、タイトルもつけた。

子どもと美術館に行くことで大人にも新たな気づきが 撮影:田中陽介
「おでき」「まんなか」「むしのおやぶん」と、タイトルも秀逸。大人の家族の作品も子どもの作品も、甲乙つけ難いクリエイティビティ 撮影:田中陽介

「道具を持ったことがないのに」とお母さんが驚く横でサクサクと手を動かす子どもの姿もあり、子どもに負けじとデザインに凝るお父さんもいた。言葉を超えた親子のコミュニケーションが生まれ、言葉は拙くても素材との対話には深いものが伺えた。

撮影:田中陽介
撮影:田中陽介

子どもたちが美術館にもっと気軽に来られるようになれば、家族やほかの来場者にも直感的なアート鑑賞の気づきをもたらすポテンシャルがあるのではないだろうか。

「Connecting Children with Museums」が目指すのは、美術館に行ったことのない、あるいは足が遠のいてしまった子どもと家族の背中を押すこと。子どもと美術館をつなぐ取り組みは東京、大阪、京都、金沢にある7つの国立美術館で行われている。今回の京都国立近代美術館のワークショップでも早々と満席になり、ニーズの高さを実感させた。今後も広がりを期待したい。

一人ひとりの作品をみんなで鑑賞。タイトルとみどころを発表。展示台にはめ込んで、「美術館で展示デビュー」 撮影:田中陽介

沢田眉香子

沢田眉香子

さわだ・みかこ 京都拠点の著述業・編集者。アート・工芸から生活文化までノンジャンル。近著にバイリンガルの『WASHOKU 世界に教えたい日本のごはん』(淡交社)。