公開日:2025年10月2日

アンディ・ウォーホルが追求した「ポートレイト」の表現に迫る。 「ANDY WARHOL SERIAL PORTRAITS」(エスパス ルイ・ヴィトン東京)レポート

表参道のエスパス ルイ・ヴィトン東京で開幕。会期は10月2日〜2026年2月15日

アンディ・ウォーホル The Shadow 1981 © The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc. / Licensed by Adagp, Paris 2025. Courtesy of Fondation Louis Vuitton, Paris

ウォーホルの多彩な「顔」が一堂に

アンディ・ウォーホルの展覧会 「ANDY WARHOL SERIAL PORTRAITS – SELECTED WORKS FROM THE COLLECTION」が、東京・表参道のエスパス ルイ・ヴィトン東京で10月2日に開幕した。会期は2026年2月15日まで。

1949年に広告イラストレーターとしてキャリアをスタートさせ、1987年に亡くなったウォーホルは、代名詞的な作品であるシルクスクリーンだけでなく、映画監督や音楽プロデューサーなど様々な顔を持ち、そのなかで自身のイメージを自在に操ることを楽しんでいた。その姿勢は、生涯にわたって取り組んだシルクスクリーンの自画像や、数々の「ステージド・フォトグラフィ」(演出された写真)にも表れている。

本展では、そんなウォーホルの作品群を「ポートレイト」をテーマに紹介。展示作品の大半はセルフポートレイトをはじめ、ウォーホル自身をとらえた作品群で、ウォーホルの多彩な「顔」を見ることのできる展覧会になっている。

左から、アンディ・ウォーホル Self-Portrait 1978、Self-Portrait 1963-64 © The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc. / Licensed by Adagp, Paris 2025. Courtesy of Fondation Louis Vuitton, Paris

会場でまず来場者を迎えるのは、ふたつのセルフポートレイト作品。《Self-Portrait》(1963〜64)は、証明写真機で撮った自らの写真をシルクスクリーンでカラー印刷したキャンバスの作品シリーズのうちのひとつ。当時、手作業の痕跡を排除しようと様々な技法を試みていたウォーホルは、1963年に証明写真機を用いた作品を手がけるようになり、以降も制作プロセスを機械化していく。

4つのセルフポートレイトが並ぶ1978年の作品は、需要が増したポートレイトの注文に応えるために自身が確立した効率的なシルクスクリーンの制作手順によって作られている。異なる角度から撮られた反復する「顔」のイメージは平坦でありながら奥行きを感じさせる。顧客からの注文制作時と同じように、ウォーホルは自身が気にしていたシミや色素の抜けなどのコンプレックスを、計算された制作手法によって消し去っていたという。

名もなき男性を描いた初期のボールペンによるドローイング

キャリア初期に描かれたボールペンによる男性の肖像画のドローイングシリーズ「Unidentified Male」は、ほとんど公開されることがないという貴重な作品群。

アンディ・ウォーホル Unidentified Male 1955-57 © The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc. / Licensed by Adagp, Paris 2025. Courtesy of Fondation Louis Vuitton, Paris

これらのドローイングは、広告イラストレーターとしての仕事が軌道に乗ったことでアーティスト活動にも力をいれる余裕ができた1950年代後半、ウォーホルが大量に制作し、ギャラリーに持ち込んでいたもの。当時は抽象表現が人気を博していたためほとんど受け入れられず、しばしばホモエロティックな含みも帯びたウォーホルの主題を警戒するギャラリーオーナーもいたという。

アンディ・ウォーホル Unidentified Male 1955-57 © The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc. / Licensed by Adagp, Paris 2025. Courtesy of Fondation Louis Vuitton, Paris

ウォーホルは著名人をモチーフとした作品を多く残したが、ここでは作品タイトルの通り、街ゆく名もなき男性たちが描かれている。自身の作品に対する関与の痕跡を消そうとしたシルクスクリーンの作品とは対照的に、ボールペンの筆圧まで感じ取れるようなシンプルで力強い線描が印象的だ。

とらえどころのない自身のイメージの探求

自らのイメージをコントロールしようとしたウォーホルの試みがよく見てとれるのが、ずらりと並ぶポラロイドのシリーズ。会場では、1970代から80年代に撮られたポラロイド写真が20点ほど展示されている。

チェックシャツを纏ったプレッピー風の出立ちや、七三分け、トレードマークとなった「フライト・ウィッグ」にサングラス。ポーズも様々で表情もどこか読み取りづらい。時代や流行とともに変化した髪型や服装により、ウォーホルはとらえどころのないパブリックイメージを作り上げていった。

アンディ・ウォーホル Self-Portrait 1977-86 © The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc. / Licensed by Adagp, Paris 2025. Courtesy of Fondation Louis Vuitton, Paris

写真家のクリストファー・マコスとのコラボレーションによって生まれた女装のシリーズ「Self-Portraits in Drag」でも様々なウィッグをつけて撮影に臨み、1枚として同じでない姿で写真に写っている。

アンディ・ウォーホル Self-Portraits in Drag 1980-82、Self-Portraits in Drag 1981-82 © The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc. / Licensed by Adagp, Paris 2025. Courtesy of Fondation Louis Vuitton, Paris
左から、アンディ・ウォーホル Self-Portrait in Fright Wig 1986、Self-Portrait 1977 © The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc. / Licensed by Adagp, Paris 2025. Courtesy of Fondation Louis Vuitton, Paris

同じセルフポートレイト写真を使った2点のシルクスクリーン作品は、反復を用いた表現の挑戦のひとつ。印刷の具合や色、写真の角度が違うだけで、異なる表情のように見えるのが面白い。

アンディ・ウォーホル Self-Portrait 1977頃 © The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc. / Licensed by Adagp, Paris 2025. Courtesy of Fondation Louis Vuitton, Paris

自身の姿と影で構成される《The Shadow》(1981)は、架空のキャラクターや存在をモチーフにした版画シリーズ「Myth」の一部として制作され、20世紀アメリカで人気を博したキャラクター「シャドー」がモチーフになっている。本シリーズのほかのキャラクターはモデルに衣装を着せて撮影したのに対し、シャドーだけは衣装や小道具を使わずに自身の影で表現した。実態のない影を主題とした実験的な試みが見られるシリーズだ。

アンディ・ウォーホル The Shadow 1981 © The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc. / Licensed by Adagp, Paris 2025. Courtesy of Fondation Louis Vuitton, Paris

「ユダヤ系の偉人の肖像」に抱いた違和感

一際カラフルな10人の肖像が並ぶ《Ten Portraits of Jews of the Twentieth Century》(1980)は、ウォーホルの色と印刷技法の探求が表れている作品。資料として残っていた肖像写真を素材とし、複数の色のインクを同時にスクリーンに乗せることでグラデーションの効果を生む「スプリット・ファウンテン」という手法を用いている。赤や黄色などビビッドな色の本展の展示壁は、この作品から色を抽出して構成したのだという。

ギャラリスト、ロナルド・フェルドマンからの「ユダヤの天才たち」と題したシリーズを描くという提案で作られたこの版画シリーズには、10人の「ユダヤ系の偉人」が描かれている。モチーフとして選ばれたのは、物理学者アルベルト・アインシュタイン、作曲家ジョージ・ガーシュウィン、精神分析学者ジークムント・フロイト、作家ガートルード・スタイン、フランツ・カフカ、イスラエル元首相ゴルダ・メイア、俳優のサラ・ベルナール、マルクス兄弟、哲学者マルティン・ブーバー、アメリカ合衆国最高裁判事ルイス・ブランダイス。当時、作品はイスラエル博物館に収蔵されたのち、各地のシナゴーグやユダヤ系の文化施設で広く展示され歓迎されたいっぽう、ウォーホルが商業的にユダヤ人のイメージを搾取しているとして批判もされた。

アンディ・ウォーホル Ten Portraits of Jews of the Twentieth Century 1980 © The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc. / Licensed by Adagp, Paris 2025. Courtesy of Fondation Louis Vuitton, Paris

描かれた人物には、ゴルダ・メイアやルイス・ブランダイスといったシオニズム運動を推進した人物も含まれるが、イスラエル軍によるパレスチナへの侵攻が現在進行形で行われているいまの国際情勢のなかで、本展がこのシリーズを「偉人の肖像」としてのみ提示している点には違和感を覚えた。本展の作品解説は、すべて展示壁にあるQRコードを通じて読み取る仕組みになっており、本作のモデルとなった人物の名前や肩書きもこの解説に書かれている。だが、誰もがそれを読むわけではないだろうし、公開されている解説文からもそうした歴史的背景や現在の状況との接点は読み取れない。

同じく本作を収蔵するアメリカ・ピッツバーグのアンディ・ウォーホル美術館は、2023年11月に始まった展覧会において本作を展示。その際にハマスによるイスラエル攻撃のあった2023年10月7日を「中東紛争の始まり」と表現した解説文を掲示したことが2024年にSNSなどを通じて伝えられ、イスラエル側の一方的な視点を示唆するものだとして美術館内外から批判の声が広がった。時代のアイコンを戦略的に作品化したウォーホルだが、描かれた人物のイメージや評価は時代や地域によって大きく異なる。作品がどのような意味を持ち得るかは、現在の社会状況と切り離せないものではないだろうか。

ロバート・メイプルソープが切り取ったウォーホルの姿

展覧会の最後には、セルフポートレイトだけでなく、他者によって撮影されたウォーホルの写真も展示されている。

新聞の切り抜きや著名人のサイン、親しい人が身につけた洋服など、あらゆるものを蒐集していたウォーホルは、どこへ行くにもカメラと録音機を持ち歩き、自身の身の回りの物事を記録した。今回展示されている1980年代の写真には、デイヴィッド・ホックニーやエルズワース・ケリーの姿も確認でき、同時代の作家との交流が垣間見える。「機械になりたい」という言葉を残したウォーホルが、自身の型取りを準備する様も収められている。

ロバート・メイプルソープ Andy Warhol 1983(2003年印刷) © The Andy Warhol Foundation for the Visual Arts, Inc. / Licensed by Adagp, Paris 2025. Courtesy of Fondation Louis Vuitton, Paris

そして展示を締めくくるのは、ロバート・メイプルソープによる1980年代のポートレイト。ウォーホルがすでに体調を崩し始めていた頃に撮られたというこの写真は、巧妙に演出されたセルフポートレイトとは異なり、隠しきれないウォーホル自身の孤独や繊細さが滲み出ているようでもあった。

後藤美波(編集部)

後藤美波(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集部所属。ライター・編集者。