Art Center NEWグランドオープン記念展覧会「NEW Days」 会場風景より
6月1日、横浜に新たなアートセンター「Art Center NEW」がオープンする。
場所はみなとみらい線新高島駅の地下1階。展覧会、⾳楽ライブ、トーク、ワークショップなど多彩な活動を通して新たな価値観や視点を提案し、「新しさとは何か?」を模索するアートセンターを目指す。運営は一般社団法人Ongoingが手がけ、同代表の小川希がディレクターを務める。
ここでは5月31日に行なわれた内覧会から、スペースとオープン記念展の見どころをレポートする。
新高島駅から直結の入口を入ると、左右に奥行きのあるスペースが広がる。受付前のスペースは「ニューホール」と名付けられ、キッズスペースとなる小上がりや、ZINE、古書、アーティストグッズなどを販売するショップ、カフェスペースなどが設けられている。「ニューホール」を挟んで、右手にギャラリースペースの「ニューギャラリー」、左手に「ニュースタジオ」がある。
ディレクターの小川は、「作家だけでなく、それを支える人やファンも含め、次の世代へリレーしていく場所になったら良いと思っています。オルタナティブなものやインディペンデントなものは、中心になる人がいなくなると終わってしまうことも多い。そうではなく恒常的に何かがずっと連なり、それがあとから見ると歴史になっていくというようなことが必要なんじゃないかと思う。次の世代へのバトンをつなげるような場所にできたら」と意気込みを述べ、「自分自身はそういった構造を築くための裏方に回ろうと思っている」と明かした。
さらに「若い人のためだけのスペースとは考えていなくて、世代の違う人たちが出会う場所ということも意識している」と強調。「いろんな入口から様々な人が訪れ、新しい発見を持ち帰ってくれる場になればうれしい。新陳代謝があり、いろんな人がごちゃ混ぜになっていて、その中心にアートがある。そんな場所を目指しています」。
こけら落としとなるグランドオープン記念展覧会「NEW Days」(会期は6月1日〜7月20日)では、⽇々変化する⽣活や制作に着⽬し、8名のアーティストによる絵画、映像、写真、インスタレーション、パフォーマンスなどを紹介する。
参加作家は、尾崎藍、キンマキ、下司悠太、トモトシ、中野岳、東野哲史、大和楓、三田村光土里。キュレーターを務めたArt Center NEWの秋葉⼤介は、より多くの人に開かれた場所にしたいとの小川の意向を受け、参加作家のジェンダーバランスを50:50にし、若手からベテランまで幅広い世代から集めたと説明。「NEW Days」というタイトルから、「日常」や「日々」、そして「続いていくこと」「変化していくこと」といったキーワードを導き出し、その両者が同時にある状態を考えて本展を構想したという。会期中に変化していく作品も多く、関連イベントも企画されている。
まず「ニューギャラリー」では、キンマキによる油彩画が来場者を出迎える。家族が書いた文字に関心を抱く作家は、実際に自身の家族が書いた買い物のためのメモやTODOリストなどをカメラロールから探し、それらをモチーフにした油絵を制作している。今回は24点の油絵が会場の各所に点在。なかには家系図や自身が書いた詩などもあり、日常の痕跡から社会とつながる個人史が立ち現れる。
家事代行の仕事を経て制作を始めたという下司悠太は、誰にでもある「生活」を起点に、自身が日々食べているご飯と味噌汁を記録した《反抗的味噌汁》や、自ら制作し着用している衣服《素人の自分でも作れる服を設計する》などを展示。いずれも自分の生活のために自作したもので、「自分の生を大切にすることで、ただ消費するだけの社会に立ち向かうという意味合いがある」と作家は語る。展示室の中央で3つの木製パネルが回転する《生を使う可能性》は、経済的価値を生まないとされる家事労働に目を向けた作品だ。展示室に並べられた瓶には開幕後に来場者とともに味噌を仕込み、会期終了後も会場で発酵させるという。
傾いた可動壁の4面を使って展示を行うのはトモトシ。自転車のカゴにビール缶を乗せて走り続け、やがて缶が破裂する《サッポロの雄叫び》、24時間営業が常だったコンビニが深夜に閉店し照明が落ちる様をとらえた《閉店のトレーニング》、スカイツリーが消灯する瞬間を様々な角度からとらえた72通りの映像を4つのモニターで映し出す《NEW Nights》。そこに共通するのは、作家が関心を抱く「当たり前のように続いていくだろうと思われた状況が突如終わる」ということだ。展示壁が傾いているのも、そうした終わりがあることを考えさせる緊張感を持った展示構成にしたいとの意図からだという。
東野哲史は展覧会タイトルに関連して、ヴィム・ヴェンダース監督映画『PERFECT DAYS』とガブリエル・ガルシア=マルケスの小説『百年の孤独』から引用したモチーフなどを散りばめたインスタレーションを発表。展示室の天井から吊るされたロープは立ち入り禁止のテープが貼られた奥の倉庫まで延び、中で作業を行う作家の背中につながっている。第三者がそのロープを引くことで作家の身体が宙に浮くパフォーマンスを会期中可能な限り行うという。また、展示室の隅には東野がライフワークとして続ける、自身の鼻毛の水耕栽培が展開されており、こちらも日々成長を記録していく。
「性」と「食」をテーマに制作を続ける尾崎藍は、「モザイク」というテーマに関連する作品を出展。古来から性器を隠すために用いられてきたイチジクの葉をモチーフにしたセラミックの作品《Fig leaves》と呼応するように、映像作品の《Torso》では古典的な絵画の葉っぱで隠された下半身部分だけが次々に映し出され、社会的に「隠すべき」とされてきたイメージをあらためて見つめ直させる。こうした作品の背景には、両親がポルノグラフィーに関わる仕事をしていたことや、ヨーロッパでのレジデンスプログラム参加に伴う海外生活など、作家の個人的な経験があるという。
奥へと細長く空間が伸びる「ニュースタジオ」のスペースでは、三田村光土里、中野岳、大和楓の作品を展示。三田村は、公開制作で会期中に作品を作り続ける“終わりのない”インスタレーションを発表する。作家は会期前から横浜に滞在しており、この地での日々の気づきを作品にし、「水滴が溜まるように増えていったらいいなと思っています」と語る。現在は大きな木枠がスペースいっぱいに広がっているが、そこにぶら下げられているバナナの皮の変色が象徴するように、つねに変化し続け、複数の時間の流れを感じさせる作品となる。
黒いサンドバッグがずらりと並ぶ《Sanbagged Roots》は、近年「スポーツのような身体運動を創作する」というプロジェクトに取り組む中野岳の作品だ。着想のきっかけは、作家が暮らす名古屋で相次いで見つかった不発弾。それがサンドバッグに重なって見えたという。英語の「Sand Bag」は「土嚢袋」を意味する言葉だが、土に触れる造園業にも従事する中野は、循環する土がやがて不発弾を分解していくというイメージを膨らませて制作した。地下深くに眠る不発弾と、展示が行われている地下空間とが、静かに響き合っている。
いちばん奥のスペースで展示を行うのは、大和楓。「展覧会にあわせて新しい平和学習がしたいと思った」と語る大和のインスタレーション《フィット》は、沖縄県公文書館が所蔵する6枚の日本軍捕虜の写真を起点にしている。写真をもとにしたイラストと、顔はめパネルや縄跳び、ベルなど様々な道具を用いた構造物で構成され、観客が道具を使ってイラストと同じ姿勢をとることで、写真に写る捕虜の姿勢を再現する、という作品だ。沖縄の牧港捕虜収容所に収容されていた自身の祖父の写真を探している過程で捕虜の「姿勢」に目が向いたことが制作のきっかけだといい、大和はこうした「動作」を通じて過去の記録や「戦争」というテーマにアプローチを試みる。
日々の生活のように変わり続けることのなかに、まだ見ぬ「新しさ」を模索する本展。地下鉄の駅の中という都市の日常と地続きの場所にオープンしたArt Center NEWでは、今後もアジアの作家やスペースと協働する展示をはじめ、音楽やダンス、映像などのアート以外の企画も行うほか、ラーニングプログラムや家族向けのワークショップなども展開していくという。