江頭誠 毛布製薔薇柄袷着物 撮影:Xin Tahara(編集部)
「BIWAKOビエンナーレ 2025」が開幕した。2001年の初回には、大津市のびわ湖ホール周辺で開催されたが、次回以降は近江八幡市の旧市街に会場を移し、日本唯一の湖の中の有人島・沖島も会場になるなど、規模も拡大している。
この11回目は、2024年の開催予定だったが、万博の年に合わせて1年延期。2024年には中国に向けたPRとして上海で「プレBIWAKOビエンナーレ2025」を行い、国際的な認知を得ることを試みた。
今回のテーマは「流転ーFLUX」。誰もが激変する世界や価値観の奔流に巻き込まれ、流転する運命から避けられないような時代にあって、アートはどうあるべきか。生成と流れをポジティブに表現し、体感させてくれる力強いアートが、歴史を生き抜いてきた近江八幡市の古民家や伝統建築に揃った。
今回、初めて会場となったのが、西国三十三所第31番札所として知られる長命寺。創建は推古天皇27年(619年)、聖徳太子が開基と伝わる古刹だ。
高台に位置し、重要文化財の本堂や三重塔がある。歴史ある祈りの場にふさわしいこの会場には、精神性の高い作品が並んだ。
本堂には、陳見非(チェン・ジエンフェイ)が、千字文のハンコを金と赤で押して塔を描き、祝福を象徴する文字を記した厳かな作品が4点掛けられた。
鐘楼には宇野裕美の《散華》。生命を寿ぐ参加型インスタレーション作品だ。
そして石川雷太が、場所と言葉の力を融合させたアートを展示。石川雷太の作品は車で数分の距離にある、369 Terrace Cafe にも展示。眺めのいいカフェで食事やお茶もおすすめだ。琵琶湖の絶景も楽しめる魅力的な会場が加わった。
BIWAKOビエンナーレの魅力は、すでに観光地として整備されている近江八幡旧市街地が会場になっていること。琵琶湖の東南岸にある近江八幡には、1585年に豊臣秀次が築城した八幡山城の堀割として造られた「八幡堀(はちまんぼり)」の水辺の光景が有名だ。そして、その水運によって栄えた商家や酒造りの蔵などが美しく保存されていて、散策の人で賑わう。12ヶ所の会場は回覧しやすく、時に観光客と一緒にカフェや食事処で休憩することもできる。ほかの地方アートフェスティバルにない楽しさと気軽さだ。じっくりすべてを鑑賞するには、1日では忙しい。ぜひゆったりと時間を作って付近の宿泊やグルメも楽しみながら、回覧したい。
このエリアの12会場、63組の参加アーティストたちの一部をご紹介する。
かつて年間500石(50000升)もの醤油を生産していた近江八幡の醤油醸造元、平居吉蔵家のもろみ倉。土壁や床面の石がむき出しになった醤油蔵で、中に入ると重厚な時間の蓄積を感じる。
ここに展示されているのが、saiho×林イグネル小百合の《幻象の庭- Imagery Garden》。saihoは、アメリカ在住のランドスケープアーティスト。花や自然をテーマに制作をする。今作は、ストックホルム在住のサウンドアーティスト、林イグネル小百合とのコラボレーションで、視覚と瞑想的なサウンドが、観客を幻想の庭に没入させる。展示は1作品のみで、プライベートビューイングのように作品と対峙できる。
「旧喜多七右衛門邸」は、その風格ある佇まいが、近江の豪商の暮らしぶりを伝える建物。作品をどっしりと包み込む。
庭では田中太賀志の金属彫刻の花が迎える。
大きな蔵では、暗がりの中に光のラインが交錯するヴィヴィッドな草木義博のインスタレーションと、オード・ブルジンの映像インスタレーションなどが展示され、幻想的な空間を生み出した。
母屋の威厳のある大広間には、塩見亮介の《月面甲冑》と、枯れた植物をモチーフにしたKikoh Matsuuraの写真掛け軸《幽玄》がしつらえられ、コンテンポラリーな和の世界観がクールな印象。
八木玲子は、琵琶湖の水をテーマにした写真インスタレーションで、近江八幡の水の文化にオマージュを捧げた。2階には米津真理奈が、遺跡や骨をかたどった、デカダンなガラス作品を展示している。
このほか禧長では、河合晋平、草木義博、小曽川瑠那、田中哲也、マルタ・ルピンスカの作品が展示されている。
こちらは、もともとは江戸期に繁栄した元材木商の家で、創業1896年の近江牛の老舗「カネ吉」が所有する町家。入り口には、BIWAKOビエンナーレ2025の宣伝ビジュアルにも使用されている、小松宏誠の和紙と3Dプリンターを駆使した彫刻《ライフロング_シャンデリア_リマスター》が、高い天井の空間を生かして設置されている。
座敷と庭には伊藤幸久の人体彫刻が奇妙なポージングで佇んでいて、まるで古い家に住み着いた座敷わらしが遊んでいるようなユーモラスな眺めが現れた。奥の蔵は、光が明かり取り窓から差し込む構造になっている。この神秘的な採光を生かして、赤松音呂が泡を生成させ、静かな音が漏らすガラスのオブジェを展示した。
2階には幸小菜が天井から文字を刻印したガラス片を釣り下げる作品を展示していた。刻々と変化する自然光が、ガラスの作品と戯れるように透過、反射して、見ていて飽きない。
館内には随所にかつての生活の跡も残されている。建物の魅力もあわせて味わいたい会場だ。
このほかカネ吉別邸では、野田拓真、パオラ・ニウスカ・キリシ、ガブリエラ・モラヴェツ、マチュー・キリシ、ホセ・ルイス・マルティナットの作品が展示されている。
江戸時代から、近江八幡を通る商人や旅人に宿泊施設を提供していた宿屋だった山本邸。豪商の邸宅とは異なる、庶民的な空間をそのまま今に伝えている。生活感のある親密な空気感の中で作品と対峙できる会場だ。
もと厨房だった場所に設置された田中真聡の《Chimney-風の厨房》は、かつてそこにあった火や湯気を再現するように躍動的に動いていた。
スウェーデン人アーティストのロバート・ハイスは、和室が苔に侵食されたような緑のインスタレーションを制作。日本の建物や庭が経年で苔むしてゆく時間が連想される。
座敷に水と陸の動物たちが蠢くインスタレーションは、村山大明 《大山椒魚と宇宙》。立体にびっしりと描き込まれた細密なドローイングは、野生の命の強靭さと禍々しさを想起させ、居住空間とのコントラストが強い。
屋根裏に設置されたサークルサイド 《Re:undercurrent》は、一見、無機的で冷ややかなライティングのインスタレーションだが、和紙を折り重ね、近江麻糸の列で流れを構成している。有機的な素材が古民家の建築と生き生きと共鳴している。
昭和に流行した花柄の毛布を素材にしたコスチューム 《毛布製薔薇柄袷着物》 を赤毛氈の上に展開した江頭誠、そして、男性の芸術家や権力者のポートレイトを女性の姿に変え、その映像をスライド上映。極端な男社会であった(今もだが)日本の近現代史に介入するクラウディア・ラルヒャーの《Filling Gender Bias Gaps》は、少し昔の日本の日常を身近に感じさせるこの空間を味方につけた。この2作品は、ホワイトキューブで見るのとでは、「刺さり方」がまったく異なっただろう。
このほか山本邸では、本原令子、森島善則、山田正好の作品が展示されている。
「まちや倶楽部」は、2008年に操業を停止した西勝酒造の旧工場を複合施設としてリノベーション。近江八幡旧市街のまちづくりやコミュニティビジネス等の活動拠点になっているスペースだ。クラフトや小物のショップ、カフェもあり、人気の観光スポットでもある。会場となっている酒造りに使われていた室(むろ)や蔵で、大きな空間を持った、町家の多い界隈の中では、珍しい近代産業遺構だ。この会場には環境や空間にフォーカスしたスケールの大きな作品が揃った。
日本とオーストラリア人のアートユニット、米谷健+ジュリアは、暗い空間にウランガラスを素材にした蛍光色の蜘蛛のオブジェを浮かび上がらせた。タイトル《大蜘蛛伝説》は日本のウラン採掘地・人形峠に残る伝承にちなんでいる。原子爆弾被爆80年の今年を考えさせる作品だ。
女性アーティスト、エヴァ・ぺトリッチ《第2の空、集合の夢》は、大きな網目の幕のようなスクリーンが吊られた中、地球儀を抱いた女性が眠るインスタレーション。彼女自身の呼吸音と、母国スロヴェニアの詩がオーバーラップし、地球と琵琶湖の映像が投影されている。酒蔵という胎内を思わせる包容力のある空間に、命と大地への賛歌を、大きなスケールで表してみせた。2階では、高い天井、明るい空間のなか、市川平とmiyoshi_makita(三好_槙田)のメカニカルな作品が、空気を切るように、悠然と動いていた。
静かな存在感が印象的だったのが、屋根裏に設置された北野雪経の《ここで夢を見ていた》。オブジェが静かに回転し、強い光を浴びながら無限の影を描いてゆく。賑やかなフェスティバルの中で、ひとときの鎮静効果を味わえる。
このほか、まちや倶楽部では田中誠人、三好由起、瀬賀誠一 + 大野哲二、周子傑、坂本太郎 + 市川平、長田綾美の作品を展示している。
出品作家:秋永邦洋、あわ屋、北浦雄大、新野恭平、西島雄志、原菜央、檜皮一彦 + 城山恵美(車いす編み機実行委員会)、三木サチコ
出品作家:奥中章人、北村侑紀佳、SHU DA舒達、本郷芳哉
出品作家:村山大明
出品作家:周逸喬
出品作家:津守秀憲
出品作家:池原悠太、うらゆかり、ジュリアン・シニョレ、田代璃緒、森山佐紀
前回(2022)から会場となっている沖島は、琵琶湖の沖合約1.5㎞に浮かぶ島。島民は約200人。島内に車はなく、徒歩でひと回りしても2時間程度というサイズだ。近江八幡駅からバスで約1時間かけて港へ、そこから船で渡るアクセスは便利とはいえないが、ここは日本唯一の湖に浮かぶ有人島で、昔ながらの漁村の雰囲気には、日常を忘れさせてくれる平和さがある。高齢化や人口減少という問題を抱えてはいるが、若者たちがカフェやゲストハウスをオープンし、徐々に観光の人を受け入れるムードもできてきた。BIWAKOビエンナーレ2025が、島に賑わいをもたらすきっかけになることを願いつつ、のどかな島の風景と、そこに溶け合う作品を楽しんでほしい。
出品作家:沖島港南東端防波堤 田中太賀志、奥津嶋神社 周逸喬、沖島漁協組合作業場(2F) 飯島剛宗+池原悠太、桟橋 周逸喬、おきしま展望台 藤原昌樹
BIWAKOビエンナーレ2025
会場エリア:滋賀県 近江八幡旧市街地、長命寺、沖島など
2025年9月20日〜2025年11月16日
水曜休場(最終週 11月12日は開場)
公式ウェブサイト:https://energyfield.org/biwakobiennale/