カールステン・ニコライ《Wave Weave》展示風景
元禄元年(1688年)創業の京都・西陣織の老舗「細尾」が運営するギャラリー、HOSOO GALLERYにて、カールステン・ニコライとのコラボレーションによるインスタレーション展「WAVE WEAVE ― 音と織物の融合」が開幕した。会期は2026年3月8日まで。
1965年 旧東ドイツ、カールマルクスシュタット生まれのカールステン・ニコライは、ベルリンを拠点とするアーティスト/音楽家。視覚芸術、科学、音を横断した活動を行っており、「アルヴァ・ノト(Alva Noto)」の名義で電子音楽家としても知られる。ニコライが生まれ育った地域はかつて織物産業の中心地であり、作家は1940〜60年代に制作された織物の紋意匠図を千点以上コレクションするなど、織物の技法やその起源に強い関心を寄せてきた。
いっぽう西陣織は、19世紀にフランスで発明された自動織機「ジャカード織機」を明治期に西陣の職人がリヨンから持ち帰ったことで、早くから技術革新を遂げた。紋意匠図に対応するパンチカードによって経糸を自動制御する仕組みは、コンピュータ技術の基盤にもつながったとされる。HOSOOでは現在、約20工程にもおよぶ西陣織の製造課程において、デジタル技術を活用した技術革新の可能性を探求する開発研究を進めている。

織物や「織る」という行為を再考する両者の協働により生まれた本展は、映像作品《Wave Weave》と織物作品《Sono Obi》という相互に関連するふたつの新作によって構成されている。ニコライは、西陣織の伝統技法と西洋の現代的な技術の融合に注目すると同時に、「織機は宇宙創造の象徴であり、個々の運命が織り込まれる構造体である。多くの文化において、時間そのものが織られてきた」と述べる。今回の新作は、織物が時間を内包する媒介的存在であることから強いインスピレーションを得て制作された。HOSOOの工房や西陣織の膨大なアーカイヴをリサーチしながら、約2年の構想を経て生み出された。
《Wave Weave》は、西陣地区に位置するHOSOOの織物制作の拠点「HOUSE of HOSOO」と丹波の工房で撮影された織機や糸の映像に、ニコライの電子音響がシンクロするオーディオ・ビジュアル・インスタレーションだ。映像は、ニコライ自身のディレクションによって織物のディテールを緻密に撮影し、編集された。
暗闇の中に設置されたスクリーンには、染色に使う稲藁が静かに燃える様子、工房で動く機械、織られていく糸や織機を接写した映像、そして丹波の幽玄な山並みなどが詩的に映し出される。パチパチと燃える炎や、経糸と緯糸を交差させる織機の上下運動など、映像の中の音やリズムがミニマルな電子音と呼応し、織物やその素材の制作過程が詩的な映像世界として立ち上がる。
もうひとつの新作《Sono Obi》では、ソノグラム(スペクトログラムとも呼ばれる)の手法を使い、音そのものを織物に変換している。スペクトログラムは音の周波数スペクトルを横軸に時間、縦軸に周波数、信号の強さを色や明度で表し、視覚化したもので、音がパターンとして図像化される。ここでは音のデータが織りの設計図となり、ジャカード織機によって帯として織り上げられた。ニコライはこれを「織られた音楽」と呼ぶ。《Sono Obi》はこの帯と、デザインのもととなる作曲された作品の両方を指すのだという。原理的には織物からふたたび音にデータ変換することができ、帯は音のアーカイヴにもなっている。
実際に展示されている帯《Sono Obi Landscape》を見てみると、織られた模様は山並みや波紋、幾何学的な図形など、音の痕跡が風景のように姿を変えながら現れている。また、《Wave Weave》で流れる音楽は、《Sono Obi》の帯のパターン生成に使われた作曲データをもとにしており、映像と織物が音を介して循環的に結びついている。
オープニングレセプションでは、ニコライが《Sono Obi》の楽曲を初めてライブパフォーマンスし、ライブ中は、音をスペクトログラムとして解析するソフトウェアによって楽曲がリアルタイムで可視化された。
音のデジタルデータが織りによって物質化し、ふたたび音へと還元される。本展は、そんな往復の中で、織物が内包する時間や構造を静かに体感させる。暗闇に包まれた空間の中で、「音と織物の融合」が紡ぎ出す世界を味わってほしい。