公開日:2025年9月30日

シャネルを支える“芸術的な手仕事”の伝統と革新を堪能する。展覧会「la Galerie du 19M Tokyo」(六本木)の見どころは?

11のメゾンダールと約700人の職人が集うパリの複合施設「le19M」による展覧会。日本のアーティストや職人とのコラボ展示も

「la Galerie du 19M Tokyo」会場風景

シャネルのクリエイションの根幹にある「メティエダール」

シャネルの芸術的な手仕事に触れる展覧会「la Galerie du 19M Tokyo」が、9月30日に東京・六本木ヒルズの森アーツセンターギャラリー東京シティビューで開幕する。会期は10月20日まで(事前予約制)。

本展は、2021年にシャネルによってパリに設立された複合施設「le19M」が手がける国際プロジェクトの第2弾。le19Mには、11のメゾンダール(工房、アトリエ)と、刺繍や羽根細工、装飾具、金細工、プリーツ、靴、帽子などを専門とする約700人の職人が所属している。

フランス語で「芸術的な手仕事」を意味する「メティエダール」は、シャネルにとって1910年のブランド誕生以来、クリエイションの根幹にある存在。le19Mは、ファッションとインテリアにおけるメティエダールの継承を目的に作られた。施設の名前は、創業者ガブリエル・シャネルの誕生日8月19日と、Mode(モード)、Mains(手)、Métiers d'art(メティエダール)、Maisons(メゾン)、Manufactures(手仕事)の頭文字に由来する。本展では、そんなle19Mの革新と伝統の世界が体感できる。

11のメゾンダールが集う祝祭空間「le Festival」

展覧会は全3章構成。le19Mのメゾンダールの職人技をインスタレーションとして紹介する「le Festival」、日本とフランスの職人やアーティストによる特別展「Beyond Our Horizons 未知なるクリエイション、その先へ」、そして刺繍とツイードのメゾン「ルサージュ」の創業100周年を記念した「Lesage 刺繍とテキスタイル、100年の物語」だ。会場には安藤サクラ、小松菜奈らによる音声ガイドも用意され、職人技を探求する旅へと誘う。

「le Festival」展示風景

まず来場者を出迎えるのは、11のメゾンダールの技術を紹介する「le Festival」。建築家・田根剛率いるATTAが会場構成を手がけた。

天井から吊るされた布地やサンプル、床やテーブルに並ぶ道具類。これらは11のアトリエから集められたもの。ガラス越しに見える東京の街並みを背景に、手仕事の魅力を祝福するような空間が作り上げられている。柔らかいフルーの生地の仕立てを専門とするパロマや、ビスポークシューズの老舗であるマサロ、刺繍のアトリエ モンテックス、帽子やヘッドアクセサリーを手がけるメゾン ミッシェル、古典やビザンチン様式のジュエリーを手がけるゴッサンス、そして前述のルサージュなど、シャネルを支える多彩なアトリエの世界が広がる。

「le Festival」展示風景
「le Festival」展示風景

日本とフランスの職人・アーティストが共鳴する「Beyond Our Horizons」

続く「Beyond Our Horizons」は、le19Mの11のメゾンダールと日本各地のアーティストや職人、アトリエ約30組をつなぐグループ展。建築家の橋詰隼弥が会場構成を担当し、六本木の高層階に集落をイメージした“クリエイティブヴィレッジ”を出現させた。

参加アーティスト・職人・工房は、A.A.Murakami、アトリエ九間、ウスマン・バ、デザイン橡 、永樂善五郎、ジュリアン・ファラッド、藤森工務店、藤田雅装堂、ポーリーン・ゲリエ、五十嵐大介、クララ・アンベール、石垣昭子、かみ添、金沢 木制作所、川人綾、ハルミ・クロソフスカ・ド・ローラ、小嶋商店、konomad(河野富広/丸山サヤカ)、トーマス・マイレンダー、益田芳樹、満田晴穂、中川周士、シモーヌ・フェルパン、ヘレナ・ルデサー、鈴木盛久、髙室畳工業所、舘鼻則孝、グザヴィエ・ヴェイヤン、ニック・ウッド

展示コンセプトの策定や作家のセレクトにおいて日仏の架け橋となったエディトリアル・コミッティとして、映画監督の安藤桃子、『Casa BRUTUS』編集長・西尾洋一、SIMPLICITY創設者の緒方慎一郎、キュレーターの德田佳世、アトリエ モンテックスのアーティスティックディレクター、アスカ・ヤマシタが参加している。

展示は、「le Passage(パサージュ)」「les Ateliers(アトリエ)」「le Rendez-vous(ランデブー)」「la Foret(フォレスト)」「le Theatre(シアター)」「la Magie(マジック)」の6つのパートから構成され、日仏のアーティストや職人たちの領域を越えた協働が展開される。

「Beyond Our Horizons」より「le Passage」展示風景

参加クリエイターや工房の名前が記された京提灯が並ぶ「le Passage」を抜けると、それぞれ織物、土、紙をテーマにした3つの町屋が連なる「les Ateliers」が出現する。

「織物」の部屋では、西表島の自然に寄り添いながら自然素材による織物を手がける染織家・石垣昭子(紅露工房主宰)とルサージュのテキスタイル部門や、古来の紡績法で手織り生地を作るデザイン橡と布地のプリーツ加工を専門とするメティエダール、ロニオンがコラボレーション。

「Beyond Our Horizons」より「les Ateliers」会場風景

「土」の部屋では、18代永樂善五郎の茶碗や鉢などとアトリエ モンテックスが協働した空間が広がり、「紙」の部屋では、唐紙師・かみ添の唐紙に摺られたルマリエの植物紋様と、壁に散りばめられたルマリエのコサージュが呼応する。

「Beyond Our Horizons」より「les Ateliers」、永樂善五郎×アトリエ モンテックス展示風景
「Beyond Our Horizons」より「les Ateliers」、嘉戸浩(かみ添)×藤田幸生(藤田雅装堂)×金沢健幸(金沢 木制作所)×ルマリエ展示風景

「le Rendez-vous」は、数寄屋建築の職人とle19Mに集う職人たちが共同で作り上げた畳張りの集いの空間。障子にはフランスを代表する刺繍の工房であるアトリエ モンテックスルサージュ アンテリユールによる、四季の風景を表現した華やかな装飾が施されている。畳のあいだにはルサージュのツイードが施されていたり、引き戸には装飾のアトリエ・デリュが手がけた引手がついていたりと、空間内の随所で日本とフランスの職人技の共鳴が見られる。

「Beyond Our Horizons」より「Le Rendez-vous」会場風景
藤田幸生(藤田雅装堂)×アトリエ モンテックス×ルサージュ アンテリユール 四季
嘉戸浩(かみ添)×ゴッサンス 太陽と月の空と自然

大樹をイメージした柱が並び立つ「la Foret」では、植物や動物をモチーフとした作品群が「森」を形成する。木桶の可能性を追求する職人・中川周士が手がけた樹々の幹の中には現代のアーティストとメゾンダールの対話から生まれた作品が並び、壁には春・夏・秋の草花や生き物を描いた五十嵐大介による大型絵画とパロマのコラボレーションが幻想的な風景を生み出す。アーティストのジュリアン・ファラードルサージュのアイコニックなツイードで作った動物たちも都会の中の「森」をユーモラスに演出している。

「Beyond Our Horizons」より「la Foret」会場風景
ダフネ・ギネス(デザイン)、マサロ(制作) Heel-less Shoes "Mary Jane"、舘鼻則孝 Heel-less Shoes "Mary Jane": An Homage to Maison Massaro and Daphne Guinness
五十嵐大介×パロマ 佐保姫、しし踊り、竜田姫(部分)

最後の空間「La Magie」では、ウィッグアーティストの河野富広とビジュアルアーティストの丸山サヤカによるkonomadが、アトリエ モンテックスやゴッサンスなど4つのメゾンとコラボレーション。果物やパフェをモチーフにしたウィッグや、花魁をイメージしたウィッグなど、それぞれの感性と技術が融合した独創的な作品が暗闇の中で揺れる。

konomad×アトリエ モンテックス×ゴッサンス×ルマリエ×メゾン ミッシェル展示風景

A.A.Murakamiは、ルサージュパロマと協働。ルサージュのツイード、パロマの手仕事によるテキスタイルで作られたドレスのような立体物から泡が呼吸するように湧き出るインスタレーションが、静謐な空間に鎮座している。

A.A.Murakami×ルサージュ×パロマ展示風景

ルサージュの100周年、刺繍とテキスタイルの物語

展覧会の最終章「Lesage 刺繍とテキスタイル、100年の物語」は、1924年設立の刺繍の名門ルサージュの創業100周年を記念する特別展。

「Lesage 刺繍とテキスタイル、100年の物語」より「ルサージュとシャネル──クチュールの過去と現在」展示風景

会場ではルサージュの歴史を紹介するとともに、織物職人や刺繍職人たちが実際に使用している道具などを用いた作業場の再現展示も登場。クリストバル・バレンシアガやエルザ・スキャパレリ、イヴ・サンローランといったデザイナーや現代のデザイナーとの協働も紹介される。

「Lesage 刺繍とテキスタイル、100年の物語」より「パリのクチュールと歩み続けた100年」展示風景
「Lesage 刺繍とテキスタイル、100年の物語」より「刺繍と織物による表現」展示風景
「Lesage 刺繍とテキスタイル、100年の物語」より「刺繍と織物による表現」展示風景

シャネルとルサージュの関係は、カール・ラガーフェルドがシャネルのアーティスティックディレクターに就任した1983年に始まり、ルサージュは2002年にメティエダールに加わった。ガブリエル・シャネルのレガシーを再考するという使命を担ったラガーフェルドにとって、ルサージュは重要なパートナーであり、ふたりは数十年にわたるコラボレーションを通して刺繍と織物の可能性を追求した。ルサージュのディレクター、フランソワ・ルサージュとラガーフェルドの仕事に光を当てるセクションでは、両者の革新的な挑戦のひとつである「3Dスーツ」や、スケッチから刺繍へと仕上がる制作プロセスも紹介される。

「Lesage 刺繍とテキスタイル、100年の物語」より「刺繍と織物による表現」展示風景
「Lesage 刺繍とテキスタイル、100年の物語」より「刺繍と織物による表現」展示風景
「Lesage 刺繍とテキスタイル、100年の物語」より「刺繍と織物による表現」展示風景

さらにラガーフェルドが手がけたオートクチュールドレスの数々を、「トロンプルイユ(だまし絵の効果)」「歴史主義」「モダニズム」といったキーワードに沿って見ることができる。

「Lesage 刺繍とテキスタイル、100年の物語」より「シャネルとの仕事──改革と抵抗」展示風景
「Lesage 刺繍とテキスタイル、100年の物語」より「シャネルとの仕事──改革と抵抗」展示風景

また、ルサージュの高度な技術やレガシーとフランス文化のつながりの象徴として、シャネルがガラ公演をサポートしているパリ国立オペラ座や、ヴェルサイユ宮殿など、歴史的建造物や文化施設との関わりも紹介。

「Lesage 刺繍とテキスタイル、100年の物語」より「刺繍の文化的価値──伝統と卓越性」展示風景
「Lesage 刺繍とテキスタイル、100年の物語」より「刺繍の文化的価値──伝統と卓越性」展示風景

最後は、ルサージュとアーティストのアリスティッドによる刺繍のインスタレーションが登場。ルサージュの100周年を記念し、le19Mの計らいにより実現したこの作品では、何百羽ものムクドリの群れを刺繍で幻想的に描き出し、展覧会を締めくくる。

「Lesage 刺繍とテキスタイル、100年の物語」より「ムクドリの群れ──ルサージュとアリスティッド」展示風景

シャネルを支える職人たちの技、日本のアーティストや職人との共演、そしてルサージュの伝統と革新まで、ボリュームたっぷりに紹介する本展。幅広い協働のあり方を通して、創造性に裏打ちされたクラフトマンシップの多様な姿を体感できる貴重な機会となっている。

後藤美波(編集部)

後藤美波(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集部所属。ライター・編集者。