「HOLLOWAYS」会場風景
日本海に浮かび、本州とはまた違う独自の風土や文化を湛えた孤島・佐渡島。かつては流刑地として知られたことから、どこか隔絶された場所のように感じていたが、いまでは新潟港から船(ジェットフォイル)で1時間ほど。思いのほかあっさりと辿り着いた。
佐渡の両津港から車で10分ほど走ると、青々とした稲穂が広がる田んぼのなかに、こんもりと木々に覆われた小さな森が浮かんで見える。そのなかに守られるようにして、熱串彦(あつくしひこ)神社はある。
今回ここを訪ねたのは、熱串彦神社内にある能舞台で開催されるシャルル・ムンカ(Charles Munka)の個展「HOLLOWAYS」を見るためだ。
フランス出身のアーティストであるムンカは20歳のときに東京の地を踏み、上海、香港、そして再び東京と渡り歩いたのち、佐渡に移り住んで7年になる。アーティスト・イン・レジデンスに滞在したことをきっかけに、美しい自然と四季の移り変わりがあるこの島に魅了された。
「佐渡にはアーティストが自由に制作できる環境があります。都市部とは違って、クリエイティブなモードに入れる場所だと思いました」(ムンカ)
室町時代に能を大成した能楽師・世阿弥が6代将軍足利義教の怒りを買い、佐渡に流されたのが1434年。これを縁として、江戸時代に入ると佐渡に能が広がっていった。かつては200棟以上の能舞台があったといい、現在は30棟余りが残っている。それでも30という数は、日本にある能舞台の3分の1に及ぶという。
熱串彦神社能舞台は安永年間(1764~1780)頃の創建と伝わり、佐渡では数少ない近代以前の建築と推測される貴重な建築で、市文化財に指定されている。木々に囲まれた、質素ながら趣のある藁葺き屋根の能舞台。その空間に配されたムンカの絵画作品は、周囲の環境と調和を成しながら、慎み深さとともに独自の存在感を放っていた。
ペインティングに浮かび上がる印象的な線は、能の動きを図解した「型付け」からインスパイアされたもの。所作を描きとめた線と記号を、抽象画として再構成した。
「この新しいシリーズ『HOLLOWAYS』では、文化や場所との関係性を探ることを試みました。能をはじめ、私たちが暮らす場所や、人々とのコミュニケーションなど、着想源は広範囲に及びます。私はいつも、その土地を特徴づけているものに興味を惹かれます。たとえば香港に住んでいたときは、工事現場の壁に残された文字などを作品に取り入れていました。佐渡に来たときも同様で、能の先生が見せてくれた教本と出会ったことからシリーズが始まりました」(ムンカ)
本シリーズの前には、20年以上に渡り文具店で見かけた「試し書き用紙」を蒐集し続け、そこに書かれた線や文字、記号などをモチーフにした「Tameshigaki」シリーズを発表していたことからもわかるように、作家にとって「線」や「痕跡」は非常に重要な要素だ。そもそも2002年に初めて東京へ来たきっかけは、「マンガ家になりたかったから」だという。
「『ドラゴンボール』や『AKIRA』などのマンガを読んで育ちました。日本のマンガは基本的にモノクロで、線の表現にとても注力していますよね。それらは遡れば、中国の伝統的な絵画や、日本の水墨画などにもつながります」(ムンカ)
能の所作に着想を得た線は、わずかに自然光が差し込む静かな能舞台のなかで、様々なものを想起させる。人の動きやそこに宿る時間、文化の継承、血脈、人と人とのコミュニケーション、そして人間とそれを取り巻く様々な自然環境とのネットワーク……。過去から現在へと至る茫漠な時の流れのなかで、能舞台と絵画、そして鑑賞者の身体感覚が呼応し合うような空間になっていた。
会期は7月20日まで。完全予約制(問い合わせ:Instagram @ins_stud.io)。また本展は佐渡での展示を経て、2025年秋に東京でも開催予定。
福島夏子(編集部)
福島夏子(編集部)