公開日:2024年9月13日

映画『きみの色』山田尚子監督×はくいきしろい対談。嫉妬し合うふたりが語る、色と光の表現

いまもっとも注目されるアニメーション監督のひとり、山田尚子が「音楽×青春」を描く完全オリジナル長編アニメーション映画『きみの色』が公開中。劇中歌ジャケットを手がけたアーティスト、はくいきしろいとの対談をお届け

山田尚子 手に持っているのは、はくいきしろいと『きみの色』のコラボ作品と『水金地火木土天アーメン』CD 撮影:編集部

社会現象を巻き起こした『映画けいおん!』(2011)をはじめ、『映画 聲の形』(2016)、『リズと青い鳥』(2018)、テレビアニメ『平家物語』(2022)など、登場人物たちの日常や揺れ動く心象風景を繊細な映像演出で描き、国内外で多くのファンの心を掴んできた山田尚子。その最新作にしてオリジナル長編作品である『きみの色』が、8月30日から公開されている。

脚本は『けいおん!』シリーズ以降、数々の作品で山田とタッグを組んできた吉田玲子。音楽と劇伴は『映画 聲の形』『リズと青い鳥』『平家物語』に続く4作目の山田尚子監督作となる牛尾憲輔が担当している。

主人公は高校生のトツ子。人が「色」で見える彼女は、ある日、同じ学校に通っていた美しい色を放つ少女・きみ、音楽好きの少年・ルイと出会う。それぞれに悩みを抱える彼女たちはバンドを結成。離島の古教会で練習に励みながら心を通わせていく。やがて訪れる学園祭で、3人のバンド「しろねこ堂」は初ライブに挑むことになる——。

『きみの色』©2024「きみの色」製作委員会

今回、しろねこ堂が歌う劇中歌「水金地火木土天アーメン」のCDジャケットのアートワークを手がけた「はくいきしろい」と、山田尚子監督の対談を実施。はくいきしろいは、鑑賞者がステッカーをカットして身近な物に貼るという行為を、作家と鑑賞者の共犯行為として作品コンセプトに取り入れ、鮮やかな色がダイナミックに重なり合う「あのステッカー」で知られるアーティストだ。今作ではCDジャケットに加え、映画とのコラボレーション作品も制作した。

初対面ながら、クリエイターとして意識し合う存在だったというふたりは、互いの作品をどのように見ていたのか? 対談では『きみの色』における色彩表現をはじめ、8月30日から配信がスタートした山田監督のショートフィルム『Garden of Remembrance』についてや、コラボ作品の制作背景などを語り合った。

焦点を当てたのは、トツ子の胸が踊る色

——まず、はくいきしろいさんは『きみの色』をどのようにご覧になりましたか?

はくいきしろい 作品を見て同じように感じた人も多いかもしれないのですが、見た人が「自分の映画だな」って感じるような映画なのかなと思いました。よく劇場アニメなどだと、SNSで「ネタバレ禁止」って言われたりしますよね。早く見に行って、何も知らない状態で衝撃を食らって、それを後でSNSに投稿して、また言葉のやりとりのなかでみんなで熟成させる、というような文化もあると思うのですが、山田監督の作品はそういったものと少し違った印象があって。映画を見ているその人、個人にすごく向けられた作品なんだなと思っていました。今回の作品でもまた、そのことを強く感じました。

山田尚子(以下、山田) たしかに私は映画でもなんでも、作品のネタバレは気にしないタイプかもしれません。目指しているところや、自分が作品を見るときに気にしている部分がそこじゃないんだと思います。なので、いまそういうふうに言っていただいて、少しほっとしました。本当に皆さんのタイミングで、いつでも出会っていただけたらいいなっていう感じの作品かなと私も思っています。

山田尚子 撮影:編集部

——『きみの色』のトツ子は、「人が色で見える」というキャラクターですが、今作ではなぜ主人公をこのようなキャラクターにしたのでしょうか?

山田 まず今回はオリジナル作品なので、どのような感触の映画にしていこうか考えました。私は映像や音楽、色などから勝手に都合よく何かを受け取るのが好きなので、それを作品としてやらせてもらおう、と思ったのがきっかけでした。観る方の世界の見方とか、歩んできた道によっていろいろな受け取り方ができるような感覚をトツ子という存在を通して描いていきたいと考えました。

——前作『リズと青い鳥』でも2つの色が合わさって互いの色が滲んでいくという描写でキャラクターの心情や関係性が表現されるような場面がありましたが、キャラクターを色でとらえるような感覚は以前から監督のなかにあったのでしょうか?

山田 どうだろう……。いままで携わってきた作品は、自分が何かを感じる前に、キャラクターの持ち色があったりもしたので、また少し見方が違うかもしれないです。『リズと青い鳥』のときは、青と赤という2つの色が混ざり合って紫になっていくような、その瞬間みたいなものを描いていたんですけど、今回は光に焦点を当てたかったので、重なれば重なるほど色が明るくなって白くなっていく、というイメージでした。色への向き合い方が前作とは少し変わっているかもしれません。

『きみの色』 ©2024「きみの色」製作委員会

——冒頭の食堂のシーンや、終盤で光のかけらのようなものがキラキラ光る場面など、トツ子から見た世界は全体的に明るくきれいな色彩で描かれています。トツ子が見ている世界を表現するにあたって意識されていたことはありますか?

山田 トツ子の見ている色は、トツ子の胸が踊る色、彼女が嬉しくて好きだなと思える色に焦点を当てています。きっと彼女も苦手な色はあると思うのですが、今回は「好き」に焦点を当てて、トツ子の見ている世界として朗らかで鮮やかなものを観客の方とも共有したいと思っていました。なので、画面の中で少し不協和音を感じる色は排除していく、という感じでしたね。やはり光を描きたかったので、色が重なれば重なるほど淡くなっていく、それを映像として表現していきたいと考えていました。

影の部分も明るさを上げ、光を描く

——トツ子が見ている世界だけでなく、作品全体の色彩設計としても同じような意識だったのでしょうか?

山田 そうですね。本当はきっと、光を描くにはしっかり影がないと成り立ちにくいものだとは思うのですが、今回はその影の部分まで明るさを上げていくような作業でした。光の部分はどんどん明るくなって、露光がかなり上がっているイメージです。窓の外の光なども白飛びしていくし、とにかく明度を上げる方向でやっていました。

『きみの色』 ©2024「きみの色」製作委員会
『きみの色』 ©2024「きみの色」製作委員会

——はくいきしろいさんは『きみの色』の光や色彩で印象に残っている点はありますか?

はくいきしろい いまおっしゃった通り、明度を上げて彩度を下げている、という印象がすごくありました。普通に考えたらさっき言われていたように影を作ると思うのですが、光を含めた空気や空間をフィルムの中で作ろうとしていらっしゃるのかなと感じました。

配信されたばかりの『Garden of Remembrance』も拝見したのですが、あれは2年前くらいに作られている?

山田 そうなんです。

はくいきしろい 『Garden of Remembrance』も、背景のレイアウトの線が三原色に分かれたりしてハレーションを起こしていて、すごく面白いなと思いながら見ていました。このときから、やはりそのような光の空間をフィルムとして作ろうとしていらっしゃって、その流れが『きみの色』にも反映されているのかなと思いました。

『Garden of Remembrance』は8月30日から配信がスタートしたオリジナルショートアニメーション作品。監督・脚本は山田尚子、制作はサイエンスSARU。音楽はラブリーサマーちゃんが手がけた © Garden of Remembrance -二つの部屋と花の庭-製作委員会

山田 たしかに『Garden of Remembrance』は、レンズ効果みたいなものを使わない代わりに、背景の滲みやカメラでいうところのボケを色収差で表現していました。本当に三原色を用いてずらすことによって滲んでぼやけているように見えないかなと思いながらやっていたので、そう言っていただけてうれしいです。

——『Garden of Remembrance』も画面の中に光が満ちているっていうような雰囲気がありますね。『きみの色』では「印象派の絵画のように光を分解して描く雰囲気を目指した」と過去のインタビューでおっしゃっていましたが、具体的な作品のイメージなどはあったのでしょうか?

山田 それは秘密です(笑)。でも子供のときは、なぜか印象派の作品ってそんなに興味がなかったんです。光を分散させて、色を集めて、引いたときに緑に見えるように描く、といった手法は面白いなと思うのですが、子供のときはもっとアヴァンギャルドなものが好きだったのか、「きれいなのはわかるけど……」という感じでした。でも『きみの色』を作ることになり、どうしよう?って考えたときに、印象派ってこんなに素敵だったんだなって気づけたというのはあります。それまでは自分の好きなアート作品からはいちばん遠いところにあった気がするので。

『きみの色』 ©2024「きみの色」製作委員会

はくいきしろい 印象派のどのあたりの作家に惹かれたんですか?

山田 学校で習うような、(クロード・)モネとかですね。実物を見ると本当にすごく良いんですよね。なので反省しきりです。

出会う前から互いに意識し合っていたふたり

——今回のはくいきしろいさんと『きみの色』のコラボレーションについてもお伺いします。もともと山田監督ははくいきしろいさんの作品がお好きだったそうですね。

山田 そうなんです。コロナ禍の自粛期間中で心が鬱々としていたときにはくいき(しろい)さんの作品に出会いまして、その光の美しさ、オーロラのような偏光色のなかにある無限の光のようなものにすごく心惹かれて、安らぎをいただきました。そのときはSNSでしか作品を見られず、作品を手に入れたくても手に入れられない状態で、どんな作家さんかも知らなかったのですが、この感覚がすごく羨ましかったですし、もしかしたら嫉妬で狂ってしまうかも、とも思いました(笑)。

はくいきしろい 私も昔から監督の作品は見ていました。たしか『けいおん!』の劇場版か何かのドキュメンタリー番組を見たことがあったのですが、そのときはこんなに若い女性の方が監督をしているなんて想像もしてなくて。それを見たときに意味もなく嫉妬してしまって(笑)。

『きみの色』 ©2024「きみの色」製作委員会

——お互い知らずに嫉妬し合っていたのですね。

山田 自分で作品を作るようになると、それまでは別の作品に対して厳しい目で見ることもあったけど、その棘が段々となくなって、どの作品も広い心で受け止められるようになるというか、「みんな作っててすごい!」というような気持ちになってくるところがあったんです。でも、いま話していて思い出したのは、はくいきさんの作品を見たときに感じた、メラメラとする嫉妬心でした(笑)。なんかちょっと焦ったというか、ヤバいって思ったんですよね。

山田尚子 撮影:編集部

《なにものでもない色》に込められた思い

——今回、はくいきしろいさんは劇中歌「水金地火木土天アーメン」のシングルCDジャケットに加え、映画とコラボしたステッカーの作品も制作されています。コラボ作品には、「なにものでもない色」というタイトルが付けられていますね。

はくいきしろい お話をいただいたときに、『きみの色』というタイトルしか知らず、本編を見ていない状態だったのですが、最初の手だけのヴィジュアルを見て、「あ、こういうことをやればいいんだろうな」って瞬時に頭に沸いたんです。その後、それに対してきちんとテキストをつけようと思って、「なにものでもない色」という名前をつけたらピースがハマった感じがしました。自分のアーティスト名にも「白」が入っているし、全部の色を持っている白い光の中から、見る人が自分の好きな色を感じ取って、それを自分の色にしていく、というような私の作品のコンセプトに立ち帰れたかなと思います。

『きみの色』スーパーティザーヴィジュアル ©2024「きみの色」製作委員会

——普段は作品であるステッカーを鑑賞者が自由にカットして持ち帰ることで、作家と鑑賞者とのあいだに双方向の関係を作り出すことを作品のコンセプトにされていますね。

はくいきしろい そうですね。いつもは作品を切り取って、グラムで売ったりしているので。

山田 グラム売りですか?

はくいきしろい はい。アート業界へのカウンターのようなところもあって、1g200円など、重さで売るということをしているんです。それで鑑賞者が好きな色や形を自分で切り取って持ち帰るという作品を普段は制作しているのですが、そのコンセプトは『きみの色』の作品とも合っているかなと思いました。

はくいきしろいと『きみの色』のコラボ作品
はくいきしろいと『きみの色』のコラボ作品

——監督はこの作品をご覧になっていかがですか?

山田 はくいきさんの作品の実物を今日初めて見ることができて感激しています。「こういう感じだったんか、君。初めまして」っていう気持ちです。とてもパワフルですね。目が離せない。あと意外と大きいことにびっくりしました。素材は何でできているんですか?

はくいきしろい アクリル絵の具です。アクリルとメディウムしか使っていないです。

——色の表現はどのようにして作り出しているのでしょうか?

はくいきしろい 基本的にはやはり三原色ですね。そこに暗い部分や白い部分、プラチナ的な要素やパール的な要素、ホログラムの要素などを入れて多層的に見せていく、というのがヴィジュアル的な構想です。

——はくいきしろいさんは、インターネット上のイメージから作品のインスピレーションを受けて制作されているそうですね。

はくいきしろい もともとは10年ほど前にTumblrにすごくハマっていて。いろんな人をフォローしたらかっこいい写真や色が洪水のように出てきて、もう自分で絵を描かなくて良いじゃん、ってなったんです。それで何年も画像を集めていって、そこで集まった色のイメージやモチーフ、レンズの距離感など画面構成を抽象化して、いまの感覚にアウトプットしています。画像の持つ情報量というものが作品の影響になっていますね。

しろねこ堂『水金地火木土天アーメン』CD 撮影:編集部
しろねこ堂『水金地火木土天アーメン』CD 撮影:編集部
『きみの色』キーヴィジュアル ©2024「きみの色」製作委員会

——「水金地火木土天アーメン」は山田監督が作詞された楽曲ですが、CDジャケットでも、3人のキャラクターがそれぞれ極限まで抽象化されて、その内面が弾けて重なり合っているような印象を受けました。

はくいきしろい まさにそのようなイメージです。ジャケットに関しては、作家として制作を依頼していただいたとはいえ、作品から外れすぎるのも変だなと思ったこともあり、映画のメインヴィジュアルから抽象化して画面を作っていきました。

山田 こちらもパワフルですよね。私ははくいきしろいさんの作品の入り口が儚い印象だったんです。本当に淡いところで光のいろんな色を見せていかれる印象だったのですが、こうやって現物を見るとすごくガツッとくるんだなって。なのに安らぐんですよね。

「祈り」や厳かなものの気配に触れてみたい

はくいきしろい 最近は、光を透過するとプリズム現象でいろんな表現になる感光フィルムのようなものと出会ったので、教会などにあるステンドガラスのような表現も目指しているところです。『きみの色』でも「祈り」がひとつのテーマになっていましたよね。自分も表面的ではありますが厳かな雰囲気だったり、規律や祈りといったものをずっと表現したいと思っていました。『きみの色』ではなぜああいうテーマになったんですか?

山田 私も無宗教だし、宗教について詳しいわけではないのですが、「信じる心」のようなものを勉強してみたかったというのがひとつです。あとは、さきほどもおっしゃっていた厳かなものやその気配が、言葉にはできないけど自分自身にくるところがあって。やっぱり宗教を扱うのは怖かったですし、宗教映画を作りたいというわけでもなかったのですが、そういった気配に少し触れてみたかったというのが大きいです。

『きみの色』 ©2024「きみの色」製作委員会

——今回の作品では主人公たちが言葉にならない思いを音に託して人に届けようとしますが、そういった創作活動もどこか祈りのような行為として描かれているのかなとも感じました。はくいきしろいさんは、ご自身のXで創作活動が祈りに似ているというようなことを書かれていましたね。

はくいきしろい 私はめちゃくちゃネガティブなところから創作意欲に発展してしまって、ずっと「救われたい」と思いながら作っているんですよね。だから結局自分に向けた創作活動なんですけど、その作品を見て人が良いと思ってくれて、何か良い影響が現れるんだったら、それに越したことはないな、という感覚で制作しています。

山田 でも実際、京都の片隅で私は救われていました。

はくいきしろい ありがとうございます。

『きみの色』本ヴィジュアル ©2024「きみの色」製作委員会

『きみの色』

2024年8月30日(金)公開
監督:山田尚子
脚本:吉田玲子
音楽・音楽監督:牛尾憲輔
キャラクターデザイン・作画監督:小島崇史
キャラクターデザイン原案:ダイスケリチャード
企画・プロデュース:STORY inc.
制作・プロデュース:サイエンス SARU
出演:鈴川紗由 髙石あかり 木戸大聖/やす子 悠木碧 寿美菜子/戸田恵子/新垣結衣
配給:東宝
公式ウェブサイト:https://kiminoiro.jp

©2024「きみの色」製作委員会

『Garden of Remembrance』

各配信サイトにて配信中
公式ウェブサイト:https://gor-anemone.com/

© Garden of Remembrance -二つの部屋と花の庭-製作委員会

後藤美波

後藤美波

「Tokyo Art Beat」編集部所属。ライター・編集者。