公開日:2025年5月1日

「積層する時間:この世界を描くこと」 (金沢21世紀美術館)が開幕。リヒターやキーファーから日本の作家までが集う展覧会の見どころをお届け

会期は4月29日〜9月28日。ウィリアム・ケントリッジ、リュック・タイマンス、淺井裕介、今津景、風間サチコらが参加する展覧会をレポート

会場風景より、近藤亜樹《星、光る》(2021)

能登半島地震を経て企画された展覧会

石川県の金沢21世紀美術館で、「積層する時間:この世界を描くこと」が開幕した。会期は4月29日〜9月28日。担当学芸員は同館の野中祐美子、宮澤佳奈

本展は時間と「描くこと」をテーマに、絵画や版画、アニメーション、映像インスタレーションなどを紹介する企画展。参加作家は、淺井裕介、サム・フォールズ、藤倉麻子、今津 景、風間サチコ、ウィリアム・ケントリッジ、アンゼルム・キーファー、近藤亜樹、松﨑友哉、西村 有、ゲルハルト・リヒター、チトラ・サスミタ、ヴィルヘルム・サスナル、杜珮詩(ドゥ・ペイシー)、リュック・タイマンス、ユアサエボシの16名。

環境問題や戦争、貧困、差別、感染症など、現在我々が直面している様々な困難や課題を、人類が重ねてきた過去の膨大な時間の重なりとともに改めて考えるよう誘う本展。企画のきっかけには、同館も被災した能登半島地震があったと野中学芸員は言う。

「震災の経験によって、人間がどれほど弱い生き物なのか、自分たちが何もできないということを思い知らされた。しかし大きな歴史を振り返るといろんな出来事が繰り返されてきており、人類はそれらに立ち向かい前進してきた。芸術家は様々な方法で直面した出来事にアプローチをしており、そこから私たちは学び、未来について考えてきたと改めて感じた。そうしたことから、展覧会を作るうえで、大きな時間の流れをテーマにできないかというところから出発しました」(野中)

また今年4月に同館館長に着任した鷲田めるろは、描くことや絵画という本展のサブテーマについて「20世紀に入り写真が普及したことによって、絵画はそれまでの『記録』という機能を写真に譲り、また違う展開をしてきた。そういったなかで絵画が記録や記憶を扱うことができるのか、ということも本展のひとつのアプローチとなると思います」と語った。

人類の歴史と物語

9章で構成される本展は、近現代史における負の面に目を向けることから始まる。

「1.現実と虚構:近代への批判と憧憬」では、植民地主義を題材にした台湾生まれ作家、杜珮詩のアニメーションから始まる。版画家の風間サチコは、2020年東京オリンピックを機に日本における優生思想を風刺的に描いた巨大な作品《ディスリンピック2680》(2018)を出品。また「平成博 2010」シリーズは、平成時代の印象的な出来事を戦時中の国防博覧会におけるパビリオン風に描いたもので、15年前の作品ながら大阪・関西万博が開催されているいまと不気味かつ滑稽に響き合う。

会場風景より、風間サチコ《ディスリンピック2680》(2018)
会場風景より、風間サチコと「平成博 2010」シリーズ(2010)

「大正生まれの架空の三流画家である」という設定であるユアサヱボシの《夢》(2021)は、第二次世界大戦での南洋における日本軍の戦いを、勝ち目のないロボットにおもちゃの剣で立ち向かう少年たちの姿になぞらえ皮肉をこめて描いたもの。

会場風景より、ユアサヱボシと《夢》(2021)

「2.女性と神話:植民地化された土地」ではインドネシア在住の今津景、インドネシア出身のチトラ・サスミタが紹介され、男性優位主義的なインドネシアにおける神話を女性の視点から再構築することを試みる。

「2.女性と神話:植民地化された土地」の展示室

キーファー、リヒター、ケントリッジ

「3.氾濫するイメージ」では、日常の風景からメディアを通して流布されるイメージを批評的に扱うヴィルヘルム・サスナル リュック・タイマンスを紹介。

「3.氾濫するイメージ」の展示室

「4.メディウムとしての歴史」ではアンゼルム・キーファーゲルハルト・リヒターという戦後ドイツを代表する2大巨頭の作品が並ぶ。

会場風景より、アンゼルム・キーファー《フレーブニコフのために》(1984-86)
会場風景より、ゲルハルト・リヒター《Betty》(1988)

「5.時間の抵抗」におけるウィリアム・ケントリッジの1室を使った大掛かりなインスタレーション《時間の抵抗》(2012)は本展の見どころのひとつ。中央の装置と壁に映される映像とで構成された本作は、時間と空間、植民地主義と産業の遺産、そしてアーティスト自身の知的活動について交差的に表現したシアトリカルな作品だ。

会場風景より、ウィリアム・ケントリッジ《時間の抵抗》(2012)

「6.都市に眠る記憶」では、西村有松﨑友哉を紹介。ロンドン在住の松﨑は今回が日本の美術館での初展示。テムズ川で拾ったものなどを組み込みながら、環境やエコシステム、歴史が重なり合う風景を独自の手法で描き出す。

会場風景より、松﨑友哉《河岸》(2025)
松﨑友哉

「7.生命の時間」では、円形の展示室のサム・フォールズの連作と、近藤亜樹の《星、光る》(2021)を展示。近藤は大学院時代に山形県で東日本大震災を経験し、その被害者の方への鎮魂作品として映画『HIKARI』(2015)を制作したこともある作家。大きな災害や自然環境、自身の妊娠中にパートナーを亡くすという喪失や出産といった個人的な経験をもとに、独自の死生観を表現してきた。《星、光る》は能登半島地震で被災した石川県の人々を応援するかのように、力強い眩しさを放っていた。

会場風景より、サム・フォールズの展示
会場風景より、近藤亜樹《星、光る》(2021)

「8.ここではない何処か」では主に3DCGアニメーションの手法を用いる藤倉麻子の作品を展示する。

会場風景より、藤倉麻子の展示

約100名のボランティアと描き上げた壁画

そして最後の「9.積層する記憶と身体」では、4×27mの壁に2作を描いた淺井裕介による巨大な壁画が登場。約100名のボランティアとともに作り上げた本作は、能登をはじめとする石川県内の土を顔料に用いている。その土の色の豊かなバリエーションに驚かされる。

会場風景より、淺井裕介
会場風景より、淺井裕介の展示

日々を生きる自分たちの足元に積層した時間に、感覚を向けてみる。すると、過去や現在、未来が、また少し違ったものとして立ち現れてくるのではないだろうか。美術作品を通して、「大きな歴史」から個人レベルの「小さな歴史」までを含む時間旅行に誘う展覧会だ。

福島夏子(編集部)

福島夏子(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集長。『ROCKIN'ON JAPAN』や『美術手帖』編集部を経て、2021年10月より「Tokyo Art Beat」編集部で勤務。2024年5月より現職。