東京都庭園美術館 外観
東京都庭園美術館の建物公開展「建物公開2025 時を紡ぐ館」が、6月7日から8月24日まで開催されている。今回は「機能の変遷」をテーマに、旧朝香宮邸が89年間にわたって果たしてきた多様な役割を検証する。
本館は1933年の竣工以来、様々な役割を担ってきた。朝香宮家の邸宅として14年間使用された後、吉田茂元首相の政務の場として7年間活用された。その後、国の迎賓館として19年間にわたり数々の国賓を迎え入れ、さらに民間の催事施設として7年間、そして美術館として現在まで42年間にわたり機能し続けている。竣工当時からの改変がごくわずかであることから、本館は重要文化財に指定されている。
約6年ぶりの夏開催となる今回の「建物公開」は、通常閉じられている窓のカーテンを開放し、自然光による室内の変化を体験できる特別な設営が施されている。3階のウインターガーデンの特別公開や、家具・調度品による各時代の空間再現展示により、朝香宮家から吉田茂公邸時代まで、建築空間の歴史的変遷をたどる。
ここでは、アール・デコの粋を集めた各室を紹介していく。
朝香宮鳩彦王は1922年から軍事研究のためフランスに留学していたが、交通事故により長期滞在を余儀なくされた。そこで、1925年4月から11月にパリで開催された「現代装飾美術・産業美術国際博覧会」(通称:「アール・デコ博覧会」)を幾度も訪れた朝香宮夫妻は、当時最新のアール・デコ様式に魅了されることになる。
帰国後、朝香宮夫妻はフランスの装飾美術家アンリ・ラパンに主要各室の内装設計を依頼。全体設計を担当した宮内省内匠寮の権藤要吉も1925年2月から1年間欧州で建築研究を行い、その成果を邸宅建設に反映させている。
正面玄関では、ルネ・ラリックが朝香宮邸のために特別にデザインしたガラスレリーフ扉が来訪者を迎える。翼を広げる女性像を型押ガラス製法で表現したこの扉は、建物全体のアール・デコ的性格を象徴している。また、足元には宮内省内匠寮技手の大賀隆が手がけた全面モザイク床が広がる。
建物内部に足を踏み入れると、まず大広間の壮麗な空間が目に飛び込む。40個の照明を配した天井、中央には黒とゴールドの大理石で構成されたマントルピース、その上部に15枚の鏡がはめ込まれている。さらに中央階段右手には、イヴァン=レオン=アレクサンドル・ブランショ作の大理石レリーフ《戯れる子供たち》が設置され、格調高い空間を演出する。
大広間から大客室へのつなぎとして機能する次室は、アール・デコ特有の華やかさが凝縮された空間である。中央に配置された白磁の「香水塔」は、ラパンがデザインし国立セーヴル製陶所で製作されたもので、朝香宮邸時代は上部に香水を入れ、照明の熱で香りを漂わせていたという。
その先に続く大客室は、アール・デコの集大成とされるもっとも重要な空間である。ルネ・ラリック作のシャンデリア、マックス・アングラン作のエッチング・ガラス扉、レイモン・シュブ作の半円形装飾(タンパン)など、目に留まるすべてが美術作品と言える完成度を誇る。白金迎賓館時代には、この空間で世界各国の客を迎え入れた記録も残されている。
大食堂は南側に円形に張り出した窓により庭園を望む開放的な構造となっている。ラリック作の果物モチーフ照明、魚や海藻をデザインしたラジエーターカバー、ラパン作の赤いパーゴラの壁画、レオン・ブランショによる植物文様の壁面レリーフが配され、アール・デコらしい空間が広がっている。
さらに、1階では見逃してたくない小さな部屋もある。次室の左側に位置する小客室では、ラパンによる油彩画が四方の壁面に描かれている。グリーンの濃淡とシルバーのアクセントによる風景画は、1925年の「アール・デコ博覧会」のフランス館パビリオンとの類似性を示しているのだ。
2階の書斎は、ラパンが手がけた正方形の部屋で、四隅の飾り棚により室内を円形に見せる巧妙な設計が施されている。シトロニエ材の付け柱とドーム型天井による求心的空間が印象的で、机からカーペットまで、ラパンが揃い物としてデザインし、フランスから輸入された。
北側に位置するベランダは、南側のベランダに対して「北の間」と呼ばれ、暑い季節に家族団らんの場として使用された。天窓とガラスブロックによる採光や精密に計算された布目タイル床により、涼感あふれる演出が図られている。
今回初公開となる第二浴室・化粧室では、約20ミリ角のモザイクタイル床と、化粧室に残るテッコー製オリジナル壁紙「RA33B」を見ることができる。美術館として開館するにあたり、機械室として整備する必要があり、温湿度管理に必要な配管などが通っているが、床のモザイクタイルや壁紙など、時を超えて受け継がれてきた様子を伺える。
また、3階のウインターガーデンも特別公開され、市松模様の人造大理石床と国産大理石腰壁による温室空間を体験できる。マルセル・ブロイヤーがデザインした椅子にも注目してほしい。
本展では各時代の空間再現展示も実施されており、朝香宮家時代から吉田茂公邸時代の室内の様子を具体的に再現している。89年間の機能変遷を通じて、近代日本における邸宅建築の社会的役割の変化を考察する貴重な機会となっている。
天井、床、階段、照明などの細部にも注目し、アール・デコ様式の精華をじっくりと味わってほしい。
灰咲光那(編集部)
灰咲光那(編集部)