アイ・アパエックの顔を表現した葬送用仮面 紀元後100-800 ラルコ博物館所蔵
六本木・森アーツセンターギャラリーで、国内13年ぶりとなる「マチュピチュ展」が開催される。会期は11月22日〜2026年3月1日。主催は「ACN ラムセス大王展 ファラオたちの黄金」などを手がけたNEON JAPAN株式会社。
本展は2021年からアメリカ・ボカラトン美術館での開催を皮切りに、世界各地で高い評価を得ている巡回展。今回はアジア初開催として日本に上陸する。
マチュピチュ関連の展覧会が日本で行われるのは、2012年「インカ帝国展 - マチュピチュ『発見』100年」(国立科学博物館)以来、国内では13年ぶり。ペルーの首都・リマにあり、世界的にも有名な考古学博物館「ラルコ博物館」より貸与された、国外初公開を含む貴重な文化財約130点を展示。王族の墓から出土した黄金の装飾品や、神殿儀式で用いられた祭具など、古代アンデス文明の造形美を間近に感じることができる。
「イントロシアター」では、巨大スクリーンにアンデスの大自然と天空都市マチュピチュが映し出される。神話の英雄“アイ・アパエック”の登場とともに、展覧会が展開するストーリーへと来場者を誘う。
アイ・アパエックは、紀元前後から700年頃まで繁栄したインカに先行するプレ・インカと呼ばれる高度な文化のひとつである「モチェ文化」の主神であり、罰を与える神のひとりとして畏れられ崇められていた。その姿を模ったものとして有名なのが、ペルー、トルヒーリョの月神殿(ワカ・デ・ラ・ルナ)にある、アイ・アパエックの顔を表現した彩色壁彫刻だ。

続く「アンデス世界」では、アンデスの人々が信じていた宇宙観、すなわち天空「ハナン・パチャ」、現実世界「カイ・パチャ」、地下「ウカ・パチャ」という3層に重なる世界構造について紹介。
また動物の力を借りて異界を自在に行き来するシャーマン(霊的な媒介者)の存在に迫る展示からは、アンデス独自の精神文化を見てとることができる。たとえば支配階級の人々は猛獣と考えられていた大型ネコ科動物の特徴を取り入れて描かれたり、夜に活動するフクロウは天空の世界とうちなる世界との間を結ぶ存在と考えられたりしていた。
ここで展示される「階段文様と半渦巻きのシンボル」は、今回の巡回で初めてペルー国外で展示された作品で、とても貴重だ。
「モチェの英雄アイ・アパエックの冒険」は、前述のアイ・アパエックに焦点を当てるセクション。葬送仮面や大きな耳飾り、様々な生き物の姿に変身したアイ・アパエックの姿を表現したものなどが展示されている。
アイ・アパエックは3つの世界を旅し、様々な課題に直面。ときに忠実な犬やトカゲを従えアメリカハゲワシに乗って天空の世界を目指し、ときに超人的な力を持つウニやフグ、カニなどと戦い、勝利して力を得る。本展では様々な動物に姿を変えたアイ・アパエックの姿を見ることができる。
最終的に処刑人と対峙し打ち負かされたアイ・アパエックは、死を迎え祖先の世界へと足を踏み入れる。疲れ果て皺が刻まれた老人として表現された頭部像もある。
「犠牲の儀式」では、神に捧げられた戦士たちの犠牲の儀式を紹介。儀式の場では、精鋭の戦士同士が戦い、敗者の血が神に捧げられた。この犠牲の儀式は、神々と人間界をつなぐ重要な役割を果たしていたと言われる。

希少で神聖な金銀は、アンデスにおける究極の貴金属として重宝された。その価値は西洋的な意味での厳密な経済的価値ではなく、むしろ世界観を体現し、社会の最前線に立つ男女の権威を示す機能にこそあったという。
「祖先との出会い」では、黄金に輝く美しい副葬品が並ぶ。ここでは、アンデスの支配者たちが、死後に神へと昇華される存在として葬られていた様子を紹介する。


注目は、10人の支配者が実際に身につけていた装飾をそのままの姿で展示しているエリア。金や銀に輝くその姿から、神として奉られた人々の存在の重要性を感じることができる。

最後の「マチュピチュ」では、インカ帝国の叡智と統治のかたちをいまに伝える。帝国は、血縁を基盤とした政治制度と官僚機構により多様な文化を取り込み、金細工や建築、灌漑技術を発展させていた。

その象徴的な存在が、「キープ」と呼ばれる結縄記録装置。歴史的な情報、人口や収穫、祭祀の記録を担ったこの“知の結晶”は、広大な帝国の統治を支えた。そこには人々の暮らしや祈りが込められており、インカ文明の記憶を今日に伝える貴重な遺産と言える。

いまなお多くの謎を秘めた、天空都市マチュピチュと、南米ペルーを中心に栄えた古代アンデス文明。本展では多様な演出や展示品によって、その世界を体感することができるだろう。
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福島夏子(Tokyo Art Beat編集長)
福島夏子(Tokyo Art Beat編集長)