「つぐ minä perhonen」会場風景
2025年に創設30周年を迎えたファッション・テキスタイルブランド「ミナ ペルホネン」の新たな展覧会「つぐ minä perhonen」が、11月22日から東京・世田谷美術館で開催される。会期は2026年2月1日まで。
「せめて100年続くブランド」との想いを掲げ、手仕事や職人との協業を大切にしながら、人々にとっての「特別な日常服」を作り続けてきたミナ ペルホネン。1995年にデザイナー皆川明が創設した「minä」を源泉とし、2003年にはブランド名に「perhonen」が加わった。フィンランド語で「minä」は「私」、「perhonen」は「蝶」を意味する。
これまで1000を超えるテキスタイルデザインを制作し、服だけでなくインテリアや様々なプロダクトへと展開してきた同ブランド。本展では、暮らしの中に長く息づき、時とともに深みを増すデザインを積み重ねてきたミナ ペルホネンのものづくりのあり方を、「つぐ」をキーワードに紹介する。多数のテキスタイルやその原画、作品化された服飾、暮らしを彩るプロダクトなどを展示するほか、ブランドを支える技術者たちの仕事にも光を当てる。
「つぐ」というテーマについて創設者の皆川明は次のように語る。「デザインでも、ひとつのデザインから次のデザインへ派生したり、工場でもひとつのアイデアから職人さんや素材、様々なものが“つがれて”いく。『つぐ』には継承だけでなく『注ぐ』という意味もあります。様々な『つぐ』がひとつのものづくりのなかにあること、私たちが『つぐ』ということから何を感じ、日々ものづくりを行っているかを見ていただきたい」
さらに2021年から代表を務めるデザイナーの田中景子は、「今回は、『つぐ』という言葉のなかから継承だけでなく、告げること、注ぐこと、つなぐこと、色々な『つぐ』が想像できる展示にしたいと考えた。みなさんが見た後に、私にとっての『つぐ』ってなんだろうと自分に問うような感情を持ち帰っていただけたら」と呼びかけた。
会場は1階に加え、2階のフロアも使用し、6つのエリアで構成される。それぞれ「chorus」「score」「ensemble」「humming」「voice」「remix」と音楽にまつわる名称がつけられている。
最初の「chorus」で目に飛び込んでくるのは、美術館の扇形展示室にずらりと並ぶ多様なテキスタイルだ。ガラス窓から見える砧公園の緑とミナ ペルホネンの柔らかで有機的なデザインが調和した空間が、来場者を迎える。

ミナ ペルホネンは、ブランド創設時から洋服を布地から作るという姿勢を貫いており、これまでデザインしたテキスタイルの図案は1000種を超える。ここではそのうち約180種を、蝶、空、花、幾何学、プリズムなど、モチーフや発想源ごとにグルーピングしてインスタレーションとして展示。個々のデザインのゆるやかなつながりに目を向けると、ひとつのデザインがワンシーズンで終わることなく、別のデザインへと派生していく様子が見えてくる。
つづく「score」ではそうしたテキスタイルデザインの成り立ちと、そこから生まれた多様なアイテムを紹介する。
21の柄にフォーカスし、デザイナーの構想とスケッチから試作を繰り返して生産へとたどり着き、さらに洋服やファッションアイテムに変化していく過程を、原画やデザインに使われた道具、実物の洋服やプロダクトなどを通して見ることができる。一つひとつのデザインに宿るストーリーやこだわり、その発展を存分に感じられるエリアだ。

たとえば2003年にミナ ペルホネンに入社したばかりの田中が手がけた「triathlon」の原画では、既存の色紙ではなく自ら絵の具を塗った紙を切って様々に配置し、波立つ海の様子を描き出した。
2018-19 A/Wの「one day」では、森の木々や動物たちを手製の消しゴムハンコで表現。不定形な青い矩形が並ぶ「sticky」は、青いマスキングテープを手でちぎって格子状に紙に貼った原画から生まれた。原画とテキスタイル、そして実際のプロダクトを一つひとつ見ていくと、身近な素材を使った手作業から、独特の温もりを持つテキスタイルが生まれていく過程に心が動かされる。

また、ミナ ペルホネンを代表するデザインのひとつである、小さな粒の輪が繰り返される「tambourine」は、食器やラグなどの生活雑貨にも広がり、さらには輪を楕円形にした「tarte」や花のモチーフに置き換えた「anemone」など、新たなデザインも生んでいる。ひとつのアイデアがかたちを変えながら受け継がれていく様子は、まさに「つぐ」という言葉の体現だ。
ミナ ペルホネンのデザインの魅力である繊細な線のゆらぎや絶妙な色合いなどを再現するため、刺繍、プリント、織についてはブランドと信頼関係を結ぶ国内の工場が担っている。「ensemble」では、そのようなデザインをかたちにする職人技やブランドと工場の協働を取り上げる。
会場では、各工場での制作風景を映した映像のほか、織物工場や刺繍工場、プリント工場で使われている道具、修繕用のミシン、テキスタイル見本、色見本などの実物を展示。
さらに実際に使われたプリント用のスクリーン版の前に設置された映像では、横長の生地に職人が実際にプリントしていく様子を目の前で見ているような体験ができる。このほか実物大のジャガード織り機の動きを再現した映像や、60時間以上かかるという刺繍が生地に施されていく様を巨大スクリーンで映した映像など、臨場感のある演出でミナ ペルホネンの製造現場を垣間見ることができる。
また「humming」では、ミナ ペルホネンのアトリエが美術館内に登場。大きな公園に面して皆川と田中のデスクが並ぶ、ブランドのデザインの現場が再現されている。会期中、皆川と田中が実際にこの場で作業を行うこともあるという。

2階の展示室では、ミナ ペルホネンと様々なコラボレーターや買い手とのつながりをより感じることのできるエリアが展開される。
「voice」では、刺繍や織物工場、遊具の開発などの協業先、陶芸家の大嶺實清といった作家らの声を集め、それぞれの視点から「つぐ」を考える。
そして最後のエリア「remix」で紹介されるのは、1着を長く着るためにミナ ペルホネンが行っているリメイクやリフォームなどの活動だ。流行に左右されず、使い捨てではなく循環を生むデザインを体現する同ブランドでは、創設当初から修繕やお直しを行ってきた。
本展ではその活動を発展させる試みとして、修繕が必要になった服に新たなデザインを加えたリメイクを行う公募プロジェクトを実施。応募者と実際に会話をしてデザイン画を描き、リメイクした洋服12点を、そのプロセスやデザイン意図、服にまつわる様々なエピソードとともに紹介している。

体型の変化で着られなくなった、大切にしすぎて気軽に着られていない、ライフステージの変化でしばらく着ていなかったがまだ着たい──リメイクを希望する個人的な理由が綴られた文章から、ミナ ペルホネンの服が一人ひとりの「特別な日常服」になっていることが伝わってくる。

ひとつのデザインやアイデアが「つぐ」の連鎖を生み、広がり、循環していく。「つぐ」という言葉が持つ様々な意味が響き合う会場で、100年先まで続くブランドを目指す、柔らかくも確かなミナ ペルホネンの思想を体感することができるだろう。