公開日:2025年7月2日

「まだまだざわつく日本美術」(サントリー美術館)レポート。ぎゅうぎゅう、らぶらぶ、ちくちく……「心のざわめき」を起点にした日本美術の楽しみ方

2021年の「ざわつく日本美術」展に続く第2弾。会期は7月2日〜8月24日

「まだまだざわつく日本美術」会場風景

美術作品を見たときに沸き起こる「心のざわつき」。そんな心の動きを起点に、思わず「心がざわつく」ような展示方法や作品を通して、鑑賞を楽しむことを提案する展覧会「まだまだざわつく日本美術」が、7月2日から東京・六本木のサントリー美術館で開催される。会期は8月24日まで。

本展は2021年に同館で開催し、話題を呼んだ展覧会「ざわつく日本美術」の第2弾。今回は、「ぎゅうぎゅうする」「おりおりする」「らぶらぶする」「ぱたぱたする」「ちくちくする」「しゅうしゅうする」という6つのテーマのもと、サントリー美術館のコレクションを紹介する。担当学芸員は久保佐知恵(サントリー美術館主任学芸員)。

「まだまだざわつく日本美術」会場入口

言葉にならない心の動きをきっかけに、「見ることを楽しむ」

関香澄(サントリー美術館広報部部長代理・教育普及担当)は展覧会について「『ざわつく』は驚きや疑問、違和感など、言葉にならないような心の動き。それを作品をよく見るためのキーワードとして活用し、『見ることを楽しむ』ということを第一のテーマとして展覧会を構成している」と述べる。本展は、同館学芸員と教育普及担当の協働によって企画されたことも特徴のひとつだという。

展覧会はテーマごとに6章立てで構成され、章ごとに「見ることを楽しむ」ための様々な空間演出の工夫を取り入れている。

まず第1章に入る前にプロローグとして展開されているのが、春画の《袋法師絵巻》にフィーチャーした展示。「ざわ・ざわ」と書かれた幕に囲まれた空間に作品が展示されている。

「まだまだざわつく日本美術」会場風景より、プロローグ展示風景
袋法師絵巻 一巻 江戸時代 17~18世紀

本作にはひとつの画面に同じ人物を複数描いて時間の経過を表す「異時同図法」が用いられており、女主人の館に法師が侵入した夕方と、法師と枕をともにしたいと思っている女主人が「胸が痛いので早く寝たい」と侍女に訴える夜の場面が1図に描かれている。本展では、時間の経過をわかりやすくするため、夕方の場面には水色、夜には濃い青の背景を敷いて展示。目を凝らすと、夜の場面にも法師が隠れており、それに気がつくと胸がざわつくかもしれない。

紋様やモチーフが“ぎゅうぎゅう”に詰め込まれた作品群

第1章のテーマは「ぎゅうぎゅうする」。作品全体に紋様やモチーフが“ぎゅうぎゅう”に詰め込まれた「尽くし文」や「ものづくし絵」を取り上げる。

色絵寿字宝尽文八角皿 鍋島藩窯 一枚 江戸時代 17世紀末~18世紀初

「宝尽くし文」を表し、15種もの宝が1枚の皿に描かれた《色絵寿字宝尽文八角皿》や、写実的な貝が様々な技法を駆使して描かれた《貝尽蒔絵硯箱》など、細部にわたるまで発見のある作品群が並ぶ。デフォルメされたモチーフと写実的なモチーフなど、個々のモチーフの描かれ方の違いを対比して見るもの楽しみ方のひとつだ。

何がどこに表されているのかを図式化して説明した「キャプション尽くし」な展示も見どころになっている。

小川破笠 貝尽蒔絵料紙箱 一具のうち一合 江戸時代 18世紀(展示期間:7月2日〜7月28)
宝尽文筒描蒲団地 一枚 明治~昭和時代 20世紀前半(展示期間:7月2日〜7月28)

また「尽くし文」や「ものづくし絵」ではないが、「人尽くし」の絵画として、土佐光茂《日吉山王祇園祭礼図屛風》も展示。昨年新たに重要文化財に指定された作品で、新指定後の初お披露目となる。祭りに集う無数の人々の姿がとらえられており、美術館が数えたところによると、右隻には約770人、左隻には約1280人の人が描かれているという。会場には祭りの見学者のひとりとして作品の中に入った気分になれる顔はめパネルも設置されている。

土佐光茂 日吉山王祇園祭礼図屛風 六曲一双 室町時代 16世紀

屏風を自由に“おりおり”してみる

第2章は「おりおりする」。屏風は本来、室内を区切るパーテーションとして、空間の大きさや用途に応じて自由自在に折り曲げられて置かれていた。たとえば、《石山寺縁起絵巻(模本) 第五巻》では、夜のお堂で眠る女性を囲うように配置された屏風が描かれている。そのような歴史的背景を踏まえ、本章では、かならずしもジグザクのかたちではなく、通常の展示とは異なる折り方で屏風作品を紹介する。

谷文晁 石山寺縁起絵巻(模本)第五巻 七巻のうち 江戸時代 19世紀(展示期間:7月2日〜7月28)

「くの字」に曲げられた岸駒《猛虎図屛風》、左右隻を半分ずつ並べ替えて置かれた狩野探幽《桐鳳凰図屛風》など、折り方を変えるだけで、絵の奥行きやモチーフの遠近感が変わり、異なる印象を与えるのがわかる。

岸駒 猛虎図屛風 六曲一双 文政5年(1822)
狩野探幽 桐鳳凰図屛風 六曲一双 江戸時代 17世紀(扇替あり)

またここでは、展示されている屏風作品のミニュチュアコーナーが登場し、来場者が実際に触って、自由に“おりおり”を楽しむことができる。

「まだまだざわつく日本美術」会場風景より、屏風のミニチュアコーナー

江戸や室町の多様な“らぶらぶ”模様

展示室で異彩を放つ「LOVE」のピンク色のネオンに照らされた第3章「らぶらぶする」では、絵巻などに描かれた恋物語に注目。

「まだまだざわつく日本美術」会場風景より、第3章「らぶらぶする」展示風景

展示作品では、人間に恋した鼠が登場する《鼠草子絵巻》や、男装して帝の寵愛を受けた新蔵人を主人公とした《新蔵人物語絵巻》など、多様な恋愛物語が展開。ピンクのハートに記されたキャプションや恋愛ドラマのような人物相関図を手掛かりに、その恋模様を読み解いていく。

鼠草子絵巻 第三巻 五巻のうち 五巻のうち(展示期間:7月2日〜7月28)
薄蜘蛛蒔絵鞍 一背 桃山時代 16世紀後半(展示期間:7月2日〜7月28)
おようのあま絵巻 下巻 二巻のうち 室町時代 16世紀(場面替えあり)

“ぱたぱた”すると見えてくる、立体作品の妙

ここまでが4階の展示となり、第4章「ぱたぱたする」からは3階の展示室へ。

第4章で注目するのは、立体作品の図様。漆工や焼きもの、ガラスなどの立体作品を「展開図」として紹介するユニークな試みだ。

「まだまだざわつく日本美術」会場風景より、第4章「ぱたぱたする」展示風景

《紫陽花螺鈿蒔絵重箱》は蓋と側面の全面に紫陽花が咲き誇る川辺の風景が表されているが、これを展開図にしてみると、側面の絵が循環するようにつながっており、川波が一番高くなる部分が重箱の角にくるように描くことで波の立体感を強調する工夫が施されていることがわかる。

紫陽花螺鈿蒔絵重箱 一合 江戸時代 17世紀(展示期間:7月2日〜7月28)
雄日芝蝶螺鈿蒔絵茶箱 一合 江戸時代 17世紀

このほか陶器などの立体作品は360度撮影した展開写真とあわせて展示。中国の陶工・木米によって作られた煎茶用の焜炉である《紫霞風炉》は同館収蔵後、本展で初公開となる作品で、背面には茶の効能について詠った古代の漢詩が刻まれている。このように展開図と作品の実物を比較することで、作品の細部だけでなく、作り手の工夫や意図にも目が向かうよう促している。

紫色藤蒔絵瓶 一口 文政8(1825)頃
木米 紫霞風炉 一基 文政7(1824)

“ちくちく”刺された津軽こぎん刺しの幾何学模様

5章「ちくちくする」では、江戸時代後期以降、現在の青森県津軽地方の農村の女性たちが手がけた「津軽こぎん刺し」にフォーカス。1mmに満たない麻布の経糸を拾いながら、木綿糸を一針一針刺し綴り、美しい幾何学模様を作り上げている。

「まだまだざわつく日本美術」会場風景より、第5章「ちくちくする」展示風景
「まだまだざわつく日本美術」会場風景より、第5章「ちくちくする」展示風景

ここでは制作地や模様構成によって異なる「東こぎん」「西こぎん」「三縞こぎん」という3種類の図様を実際の着物などで紹介するほか、津軽こぎん刺しの幾何学模様を構成する単位模様「モドコ」に着目。模様を15〜20倍に拡大した、触れる模型を展示している。

「まだまだざわつく日本美術」会場風景より、第5章「ちくちくする」展示風景

それぞれのデザインには「べこ刺し」「蜘蛛刺し」「石畳」などの名前がついているが、これは農村の女性たちに身近な物にちなんでつけられたものだという。展示されている実際の着物にも、これらのモドコが用いられているのを発見できるだろう。

コレクターたちの“しゅうしゅう”への情熱

最終章「しゅうしゅうする」は、「収集」にかけるコレクターたちの愛と執念に光を当てる。

ずらりと並んだ美しい櫛は、皮膚科医で江戸時代の遊郭研究者でもある上林豊明(1888〜1939)の旧蔵品。上林は709件の「髪飾用具並びに文献類」を収集し、種類や材質などで分類して収納爆箱に整理していたという。本展では、同じく上林の収蔵品である、髪型だけを描いた江戸時代の絵巻《髪風俗》とともに、本作を拡大してプリントし、そこに実物の櫛を刺して展示。来場者が顔をあわせて、実際に櫛を刺した髪型を体感できるような試みも行なっている。

髪飾用具並びに文献類 709件のうち 江戸~大正時代 17~20世紀
「まだまだざわつく日本美術」会場風景より、第6章「しゅうしゅうする」展示風景

さらに江戸時代の絵画コレクターが10数年かけて収集した絵画から選んだ、伊藤若冲ら18〜19世紀の絵師の作品をひとつの画帖にまとめた《棲鸞園画帖》や、同館のガラスコレクションの中核を担う彫刻家・朝倉文夫のコレクションから薩摩切子なども展示。作品に魅せられたコレクターたちの情熱がうかがえるような作品群が並ぶ。また展示の最後には、「おしえて! あなたのコレクション」と題し、来場者が集めているもの、いつの間にか集まってしまったものを自由に記入して貼り付ける参加型のコーナーも設けられている。

伊藤若冲 墨梅図 一図(棲鸞園画帖のうち) 江戸時代 18世紀(展示期間:7月2日〜7月28)
薩摩藩 薩摩切子 藍色被船形鉢 一口 江戸時代 19世紀中頃

そして最後に、エピローグ「ざわつく、のその先へ」として、サントリー美術館の収蔵品第1号である桃山時代の《朱漆塗矢筈札紺糸素懸威具足》と、最新の収蔵品である京都の陶工・木米の書状《山田氏宛書状(永楽十二代和全箱書)》を紹介し、展覧会は幕を閉じる。

朱漆塗矢筈札紺糸素懸威具足 一具 桃山時代 16~17世紀

「ぎゅうぎゅう」「ちくちく」などオノマトペを切り口に、ユーモラスな手法で日本美術に新たなアプローチを試みる本展。子供から大人まで楽しめる内容になっている。

後藤美波

後藤美波

「Tokyo Art Beat」編集部所属。ライター・編集者。