公開日:2025年9月29日

「岡山芸術交流2025」レポート。街に溶け込むコンセプチュアル・アート、岡山市民との接点に残る課題

アーティスティック・ディレクターにフィリップ・パレーノを迎え、第4回の「岡山芸術交流」が開幕。会期は9月26日~11月24日

島袋道浩 魔法の水 2025

2025年のテーマは「青豆の公園」

岡山市中心部で開催される「岡山芸術交流2025」が開幕した。会期は9月26日から11月24日まで。

「岡山芸術交流」は、岡山市で3年に1度開催する現代美術の国際展で、2016年に第1回が開催。徒歩で回遊できるコンパクトな会場配置が特色のひとつで、芸術鑑賞と街歩きをともに楽しむことができる。世界でもっとも注目されているアーティストをアーティスティック・ディレクターに迎えるのも特徴で、これまでリアム・ギリック、ピエール・ユイグ、リクリット・ティラヴァーニャが務めてきた。そして、今回は現代のフランスを代表するアーティスト、フィリップ・パレーノが選ばれている。

主催は岡山芸術交流実行委員会(会長:大森雅夫 岡山市長)。総合プロデューサーに石川康晴(公益財団法人石川文化振興財団理事長)、総合ディレクターに那須太郎(TARO NASU代表)、パブリックプログラム・ディレクターに木ノ下智恵子(大阪大学21世紀懐徳堂准教授)、アーティスティック・トランスレーターに島袋道浩(アーティスト)が名を連ねる。参加作家は、11か国から30組。

記者説明会より、左から島袋道浩、那須太郎、フィリップ・パレーノ、石川康晴、木ノ下智恵子

今回のタイトル「青豆の公園」は、村上春樹の小説『1Q84』に登場するキャラクター「青豆」からインスピレーションを得たもの。パレーノは「青豆はふたつの世界の間を行き来し、漂うことができるキャラクターです。今回は岡山の人々にも同じことを提案したいと思いました」と説明する。相互に結びついた「青豆の公園」は岡山市内に展開され、現実と空想が交わる場として、小説の主人公が抱える静かな葛藤やふたつの並行世界に生きる複雑な存在を映し出すという。

注目すべきは、今回の展覧会が屋外・屋内会場ともにすべて無料で開放される点だ。岡山の公共空間や市民公園を含む都市全体をアートとして再定義し、誰もが気軽に体験できる開かれた展覧会を目指している。さらに、多様な分野からの参加者をその専門性によって区別したくないという、アーティスティック・ディレクターのポリシーにより、今回の岡山芸術交流に参加するすべての人々を"ゲスト"と呼称している。

リアム・ギリック アプカル・ポータル 2025

日常に潜む驚きを探す体験型アート

駐車場に生えるたんぽぽ、街中に響く鳥の声。パレーノが提唱する現実と空想の境界は、ゲストたちの作品にも色濃く反映されている。

たとえば、イギリス人アーティスト、ライアン・ガンダーの体験型プロジェクト《The Find(発見)》(2023)では、言葉が記された3種の小さな彫刻(コイン)が市内各所に密かに設置される。発見者は無償でコインを持ち帰ることができ、街には本プロジェクトの広告も展開。宝探しのような体験を通じて、日常に潜む驚きや発見を促すという。

ライアン・ガンダー The Find (発見) 2023
ライアン・ガンダー The Find (発見) 2023

あるいは、プロダクションデザイナーのジェームス・チンランドによる《レインボーバスライン》(2025)も非現実が街に溶け込む一例だ。岡山の路線バス数十台にLEDライトの装飾を施し、通常ダイヤ通りに街を走らせる。作品なのか日常なのか、その境界を曖昧にする試みは、パレーノの目指す「現実と想像が交わる場」を象徴的に表現している。

ジェームズ・チンランド レインボーバスライン 2025 Courtesy of the artist © 2025 岡山芸術交流実行委員会 撮影:市川靖史
フリーダ・エスコベド SOL

いっぽう、映画音響の世界で活躍するニコラ・ベッカーの《カカシ》(2025)は、西川緑道公園で展開される音響作品だ。アーティストの遠藤麻衣子が制作した未来的な「案山子」を通じて、絶滅した鳥や架空の鳥の鳴き声によるサウンドコンポジションが響く。実際の鳥たちにストレスを与えることなく、姿を消した種へのオマージュとして構想された本作は、人間以外の生命との関係を問い直すきっかけを提供する。

ニコラ・ベッカーと遠藤麻衣子 カカシ 2025

旧内山下小学校で展開されるテクノロジーとの対話

本祭のメイン会場である旧内山下小学校では、パレーノを含む計7組の作品が展示されている。まず目に飛び込んでくるのは、パレーノによる巨大なサイバネティック作品《メンブレン》(2024)だ。AIとセンサー・ネットワークを搭載した本作は、環境データを収集・解釈し、俳優・石田ゆり子の声を合成した独自の言語でコミュニケーションを行う。

さらに興味深いのは、パレーノがメンバーである分散型の鉱物アート・ギルドFABRYXの最初のプロダクト《SILYX(シリックス)》との連動だ。観客は一度にひとりずつ《SILYX》という石を手に取り、《メンブレン》との間に心身のつながりを築くという。

フィリップ・パレ—ノ メンブレン 2024

同じく校内では、サウンドウォーク・コレクティヴによる《レナンシエーション・オブ・タイム》(2025)が展開される。哲学者シモーヌ・ヴェイユの思想に着想を得たこの音響作品では、ヒップホップアーティストAwichとパレーノの声が交錯し、「永遠のいま」への扉を開く。

サウンドウォーク・コレクティヴ with Awich & フィリップ・パレーノ レナンシエーション・オブ・タイム 2025

いっぽう、建築家・藤本壮介がティノ・セーガルのために制作したプラットフォームは、2枚の白い円盤の間に曖昧な空間を作り出す。内でも外でもないこの場所は、偶然集う人々を包み込み、新たな出会いと関係性を生み出していく。プラットフォームの中でティノ・セーガルによる作品をダンサーらが披露。撮影禁止のため、どんなパフォーマンスが行われるかは実際に足を運んで体験してほしい。

生き物を巻き込む表現の複雑さ

旧内山下小学校のプールエリアでは、3回目の参加となり、アーティスティック・トランスレーターも務める島袋道浩の《魔法の水》(2025)が展示されている。本作は岡山理科大学の山本俊政准教授らが開発した「好適環境水」を使用し、本来共存できない海水魚と淡水魚を同じ水槽で飼育する技術的な驚きを提示する。

島袋道浩 魔法の水 2025
島袋道浩 魔法の水 2025

本作のキャプションでは「自然と人工の関係への問いを提示すると同時に、共生の可能性へ思いをめぐらせ、世界が必要としている平和的共存の可能性について詩的な考察をもたらす」とある。しかし、実際の展示を目の当たりにすると、複雑な感情が湧き上がる。低学年児童用の低いプールでは、2匹のウミガメと魚たちが泳いでいるが、限られた空間でウミガメがはしごや壁に繰り返しぶつかる様子は、筆者に不安を抱かせた。また、観客がウミガメの注意を引こうとプールの縁を叩く行為も見受けられた。

スタッフによると、今回展示されているウミガメは実際に網に絡まって救助された個体で、専門スタッフによる体調管理のもと、異変があれば直ちにむろと廃校水族館に戻されるという。しかし、研究の一環として生き物を扱うことと、芸術作品として展示することの境界線は曖昧で、現代アートにおける生命のとらえ方を考えさせられる作品であった。

島袋道浩 魔法の水 2025

表町商店街に息づく多様な表現

岡山最大の商店街である表町商店街も会場のひとつだ。今回は多くの空き店舗が展示空間として活用され、岡山市民が生きる現実を体験できる機会を提供するという。それぞれの店舗に展開されている作品を見ていこう。

現代を代表するキュレーター、ハンス・ウルリッヒ・オブリストによる展示《終わりなき対話》では、彼が構築してきた膨大なインタビューアーカイヴから、磯崎新、野又穫、オノ・ヨーコ、塩見允枝子といった日本の文化的巨匠たちとの対話がパレーノが構想した空間で上映される。

ハンス・ウルリッヒ・オブリスト 終わりなき対話

フランスのアーティスト、アレクサンドル・コンジの《無題(GO)》(2025)は、日本の駐車場文化に着想を得た作品だ。かつて商業施設や社交場として使われた空き店舗に、黒と白の回転する円形プラットフォームを設置。本来は駐車や陳列のための機能的な装置から機能を剥ぎ取り、空間の奥行きを立ち上げる。

アレクサンドル・コンジ 無題(GO) 2025

2022年度の参加経験を持つナイジェリア系アメリカ人のアーティスト、プレシャス・オコヨモンは《実存探偵社(岡山)》(2025)を構想。精神分析医の相談室を思わせる空間で、週末には白衣を着た「実存探偵」が来訪者と対話を行う。ビンテージ家具やオコヨモン自身のドローイングが施された壁紙が、夢と現実の境界を曖昧にする独特の雰囲気を醸し出す。

プレシャス・オコヨモン 実存探偵社(岡山) 2025
プレシャス・オコヨモン 実存探偵社(岡山) 2025

少し複雑な雑居ビルには、3組の作品が隠されている。表町シェルターの地下空間では、アンガラッド・ウィリアムズによる実験的な詩的散文《今、この疾走を見よ》(2025)が6部構成で展開される。隣接する表町アルバビルでは、現代エレクトロニック・ミュージック界の先駆者アルカが、電子的に拡張されたマグネティック・レゾネーター・ピアノ(MRP、製作:アンドリュー・マクファーソン)がオリジナル楽曲を一日中奏で続ける作品を展示している。

表町商店街
アンガラッド・ウィリアムズ 今、この疾走を見よ 2025
アルカ トランスフィクション

さらに奥の部屋では、フィリップス天文学教授であるディミタール・サセロフがパレーノと協働し、地球外惑星をテーマにしたインスタレーション《エキゾプラネット・アルビナリウム》を制作。そこでは、強力な顕微鏡を通して微細な「異星の細胞」が発する蛍光を見ることができ、異星生命との深い結びつきを体験できる。

また、商店街を歩けば、ライアン・ガンダーの作品にも出会えるチャンスも。周りに注意しながら、日常と非日常の境界線がぼやける瞬間を探してみてはいかがだろうか。

ディミタール・サセロフ エキゾプラネット・アルビナリウム

岡山県天神山文化プラザで出会うAIとテクノロジー

ル・コルビュジエに師事し、日本近代建築の旗手である前川國男が設計した岡山県天神山文化プラザも主要な会場のひとつだ。ここでは、アニルバン・バンディオパダヤイ、ホリー・ハンダン&マシュー・ドライハースト、ヴェレナ・パラヴェル、レイチェル・ローズの作品に出会うことができる。

注目すべきは、つくば市のNIMS(国立研究開発法人物質・材料研究機構)主幹研究員であるアニルバン・バンディオパダヤイがパレーノと協働した作品《SOMU (自律的数学宇宙)》。未来のロボットのために学習し、プログラムし、問題を解決する有機的な「ブレインジェリー」や、複雑なコードを自律生成するソフトウェアシミュレーターを開発してきたバンディオパダヤイの科学的探究が、ふたつの合成脳とニューラルネットワークによるインスタレーションとして体験できる。脳間の通信とその進行的な同期が可視化され、さらに脳信号が音響と連動して調和する仕組みは、科学とアートの境界を越えた表現となっている。

アニルバン・バンディオパダヤイ SOMU (自律的数学宇宙)

また、機械学習と音楽の分野で先駆的活動を行うホリー・ハンダン&マシュー・ドライハーストは、AI学習に関するプロジェクト《スターミラー/パブリック・ディフュージョン》(2025)を会場各所で展開。来場者は岡山の街を記録し、その存在を永遠のコモンズに刻むよう導かれる。本プロジェクトは誰の所有物でもなく、同時に皆のものであるAIモデルの構築を目指しているという。

ホリー・ハンダン&マシュー・ドライハースト スターミラー/パブリック・ディフュージョン 2025

これらの作品群が示すのは、アーティスト以外の専門家を"ゲスト"として迎えることで、現代アートの表現がいかに深く広がるかということだ。研究者、哲学者、ミュージシャンたちの知見と創造性が融合することで、視覚的体験を超えた新しい芸術の可能性が開かれていく。

街を漂い、変化し続ける「青豆の公園」

岡山市内各所で広がる小さな部分的世界は、交互に関連し合い、つながっていく。記者会見でパレーノは今回のコンセプトについて「様々なアイデアをパブリックに、自由に提示することが重要だったので、すべての会場を無料にしました。ゲストのプロポーザルを読めば、無限に広がるフラクタルな世界に出会えると思います。それぞれの作品は異なった惑星であり、それらが合わさって作品の星座を形成する」と説明した。このコンセプトに呼応するように、岡山市内にある作品は会期中に変化し、新たに現れる。その変化を感じてほしいとパレーノは強調する。

鑑賞の手助けとなるのが、シモーヌ・ヴェイユが1933年から1943年の死の直前まで書き続けた全ノートから初めて編まれるアンソロジー《脱創造》(2025)だ。ニューヨークとロンドンを拠点とするメディア企業Isolariiによって、パレーノによる序文が付されたこの特別版は日本語版のみで出版され、無料で配布される。彼女のメッセージは神秘的でありながらも率直である。

「忘れてはならない。あなたの前には、世界全体と人生全体が広がっていることを。そして、あなたにとって人生は、これまでの誰にとってよりも現実的で、豊かで、喜びに満ちたものになりうるし、そうあるべきなのだということを」(《脱創造》より)

さらに、公式カタログは小説家の朝吹真理子が執筆を担当する。岡山や会場を巡り、セミフィクションの小説を書くという、本祭にとってこれまでにない試みだ。

シプリアン・ガイヤール 木々が名を持たぬ場所 2025

市民との対話に残る課題

しかし、岡山市民に寄り添うようなプログラムに違和感を感じる人もいるだろう。前回の「岡山芸術交流2022」開催時、地元の市民団体「岡山芸術交流を考える市民県民の会」から、会場使用や石川康晴の総合プロデューサー就任をめぐり、あり方の見直しを求める陳情書や要望書が提出された。上記の市民団体の動きを受け、Tokyo Art Beatは2022年9月21日、岡山芸術交流実行委員会事務局宛に、質問を送付し、2022年9月26日に回答を得た。なお、400名を超える署名とともに公的な手段で働きかけがなされたにもかかわらず、2022年の記者会見で総合ディレクターの那須太郎は「市民団体の方々の詳細は把握していない」と回答している

今年の記者説明会に出席した石川総合プロデューサーからは、本祭説明以外の発言はなかった。一部の海外メディアから岡山市民の受け止めについて質問が出た際、石川氏は「岡山は瀬戸内の玄関口と言われています。私たちが目指しているのは『瀬戸内カルチャーリージョン』、つまり瀬戸内を世界でもっとも優れている地域にすることです」と語った。

また、那須総合ディレクターは「第1回目からおよそ10年経ちますが、継続的なプロジェクトにしていきたいと思っています。まだ、岡山の方々に大きく受け入れられている感触はないですが、たとえば小学生から高校生になるまでずっと参加している子供がいます。人を育てていくのに時間がかかるため、これからも継続していきたい」と述べた。

ただし、この質問に対する通訳の言い回しにより、岡山市民の現在の受け止めよりも今後の展望を述べる結果となった点は記しておきたい。前回、市民団体から問題視された岡山県天神山文化プラザの使用が継続されているほか、必ずしも市民に寄り添って開催されている芸術祭ではないという指摘は、3年前から変わらず存在している。

国際的な現代美術展として評価を受けるいっぽうで、市民との対話をどう深めていくのか。「岡山芸術交流」が真に開かれた芸術祭として成熟するためには、この課題に正面から向き合う姿勢が求められている。

会場のひとつである旧西川橋交番

灰咲光那(編集部)

灰咲光那(編集部)

はいさき・ありな 「Tokyo Art Beat」編集部。慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。研究分野はアートベース・リサーチ、パフォーマティブ社会学、映像社会学。