公開日:2025年4月27日

パティ・スミスとサウンドウォーク・コレクティヴが交わす“往復書簡”。「コレスポンデンス」展(東京都現代美術館)レポート

「音の風景」から始まる親密な対話。日本で滞在制作した新作も展示されている。会期は4月26日〜6月29日

「サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」展示風景より

10年間にわたり“対話”を続けるプロジェクトが日本初公開

アーティスト、詩人であるパティ・スミスと、ベルリンを拠点に活動する現代音響芸術コレクティヴ、サウンドウォーク・コレクティヴ(Soundwalk Collective)による展覧会「サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」が、4月26日に東京都現代美術館で開幕した。会期は6月29日まで。

「サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」展示風景より

1946年にシカゴで生まれ、ニュージャージー州南部で育ったのち、1967年にニューヨークに移住したパティ・スミス。詩とロックを融合させた革新的なアルバム『Horses』(1975)でデビューして以来、数々のアーティストやミュージシャンに影響を与え続けている。1960年代後半からは絵画や写真の制作、2010年代からはインスタレーション作品にも取り組んでおり、多くの美術館で作品を発表している。

アーティストのステファン・クラスニアンスキーとプロデューサーのシモーヌ・メルリが率いるサウンドウォーク・コレクティヴは、様々なアーティストとの協働によって場所や状況に応じたサウンドプロジェクトを展開。音を詩的で感触を伴う素材として扱うことで異なるメディアを結びつけ、複層的な物語を生み出しながら、記憶や時間、愛、喪失といったテーマを探求している。パティ・スミスをはじめ、ナン・ゴールディン、ジャン=リュック・ゴダール、サシャ・ヴァルツ、シャルロット・ゲンズブールらと長期的なコラボレーションを行っており、ゴールディンのドキュメンタリー映画『美と殺戮のすべて』では劇伴を手がけた。

スミスとサウンドウォーク・コレクティヴは10年以上にわたって継続的に共同制作を行なっており、世界各地の芸術祭や美術館などでパフォーマンスや、展覧会、詩の朗読会、ワークショップなどの多様な形式で作品を発表してきた。今回はその最新プロジェクトである「コレスポンデンス」が、東京都現代美術館の新企画「MOT Plusプロジェクト」の一環として日本初公開される。

ここではスミスとクラスニアンスキーが登壇したプレス内覧会の内容を交えながら、展覧会をレポートする。

ステファン・クラスニアンスキー(サウンドウォーク・コレクティヴ)とパティ・スミス

原爆や原発事故など、日本の歴史と向き合って作られた新作

スミスとサウンドウォーク・コレクティヴのクラスニアンスキーは10年前に飛行機の中で偶然出会ったという。両者がそれぞれに得意とすることを融合させ、「第3のマインド」というべきかれらの作品が生まれる、とスミスは話す。

「コレスポンデンス」におけるかれらの“対話”の形式は、クラスニアンスキーが詩的な霊感や歴史的な重要性をもつ土地でフィールドレコーディングを行い、「音の記憶」を採集。スミスがその録音を受けて詩を書き下ろし、そのサウンドトラックにあわせてサウンドウォーク・コレクティヴが映像を編集する、というもの。「コレスポンデンス」では開催地ごとに新作を作る、サイトスペシフィックな展示を行っており、今回は日本で滞在制作をした新作も発表されている。

「サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」展示風景より

会場は3つのパートに分かれ、まずクラスニアンスキーとスミスの対話で展覧会は幕を開ける。「音」についての2者の対談に加え、8つの映像作品をふたつずつ取り上げ、ふたりが制作の背景や引用されている映像などを起点に語り合うテキストが壁に貼られている。「コレスポンデンス」が意味する“対話”が、スミスとサウンドウォーク・コレクティヴの対話だけでなく、作品と作品、さらには過去の映画や出来事、歴史と現在との対話でもあることがわかる。

「サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」展示風景より

テキストとともに展示されているふたつの平面作品は日本固有の歴史や文化と向き合って作られた新作で、ひとつは広島で原爆を生き延びた被爆樹木のイチョウの木にインスピレーションを受け、もう1作は福島第一原発事故に伴う汚染水に言及している。また、会場に置かれた4つのレコードプレイヤーでは、これまでにリリースされた「コレスポンデンス」のアルバム2作品を聴くことができる。

太宰治や芥川龍之介に捧げられたオマージュ

照明が暗く落とされたふたつ目の展示室の中央に広がるのは、かれらが「ミュートされた石」と呼ぶ、様々なかたちのサヌカイトで作られた石庭だ。これらは古くは楽器として用いられており、かつてメロディーやハーモニーを奏でていたが、その音を失った石としてここに集められている。

「サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」展示風景より

壁には、日本で描かれたスミスによるドローイングが展示され、作品のために作られた特殊なパネルにより、暗闇の中で浮かび上がっている。花の作品は、近づいて見ると葉っぱや花びらの輪郭線に文字が書かれているのがわかる。これはスミスが即興で書いた詩や思索の断片なのだという。

「サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」展示風景より

「ここで語っているのは、タンポポのような、子供たちに愛される、非常にシンプルで控えめな花のことです。同時にシャーマンでもある。なぜなら癒しの花でもあるからです。でも、チェルノブイリや福島で起きたように放射能に曝されると、花は放射性を帯び、本来望んでいなかった別の意味を持つようになる」(スミス)

ちなみにこの作品の制作中、スミスは敬愛するローマ教皇フランシスコの訃報に触れ、ドローイングのなかにフランシスコ教皇についての言葉も添えたという。「私はこれらの小さな花を見るたびに、とても心を動かされるんです。なぜならとるに足らないようなものが、じつはとても大切で、癒しを与えてくれて、美しいものだから」(スミス)

そのほかのドローイングは日本文学からインスピレーションを受けており、「私が愛してやまない作家たち」とスミスが語る芥川龍之介や、太宰治の『人間失格』にオマージュが捧げられている。

「サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」展示風景より

この日の前日に芥川と太宰の墓を訪れたというスミス。日本文学への愛や、チェルノブイリのこと、原子力災害のこと、アメリカによる原爆投下、そのすべてが自身の頭の中にあり、作品として様々なかたちで表れされている、と話す。

さらにスミスは自身の父が第二次世界大戦中にフィリピンで日本軍と戦った経験があると明かし、「でも父もアメリカが原爆を落としたときには泣いていた。『あれは、私たちが行ったなかでもっともひどいことだった』と言っていました。そのようなことも私の歴史の一部であり、私たちが作る作品のなかにも、そうした想いを込めようとしています」と続けた。

「サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」展示風景より

詩はあらゆるところに存在している

そして最後の展示室で、複数の巨大スクリーンを使ってダイナミックに展開されているのが、本展の根幹をなす8つの映像作品《Pasolini(パゾリーニ)》《Medea(メデイア)》《Children of Chernobyl(チェルノブイリの子どもたち)》《The Acolyte, the Artist and Nature(侍者と芸術家と自然)》《Cry of the Lost(さまよえる者の叫び)》《Prince of Anarchy(アナーキーの王子)》《Mass Extinction 1946-2024(大絶滅 1946-2024)》《Burning 1946-2024(燃えさかる 1946-2024》によるオーディオビジュアルインスタレーションだ。

「サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」展示風景より

展示室を囲むように設置された複数のスクリーンに投影される映像と、サウンドウォーク・コレクティヴによるフィールドレコーディング、サウンドデザイン、スミスに言葉と声が空間全体を包み込み、見る者を作品世界に引き込む。各作品は7分から20分弱ほどだが、すべてをあわせると2時間ほどの長大な作品となる。

「これらの作品はすべてサウンドラックから生まれています。まず音楽があり、サウンドトラックが先にあって、それから映像が生まれる」とクラスニアンスキー。

これを受けてスミスが付け加える。

「私にとって、すべての作品の根底には詩があります。私が書いてきたロックンロールの曲でさえ、根っこには詩がある。ステファンと私が出会ったのも詩を通じてで、最初のコラボレーションも詩でした。今回の展示でも、私はフィールドレコーディングに即興で音を重ねたり、ドローイングの中に詩を書き込んだりしている。詩はあらゆるところに存在しているんです。私たちの作品には、詩、音、イメージの3段階があるのです」

「サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」展示風景より

8作品はそれぞれに異なるテーマを持ち、たとえば《Burning 1946-2024(燃えさかる 1946-2024》は、気候変動や火災、洪水などへの意識を喚起する作品。スミスが生まれた1946年から2024年までに起きた主要な山火事の名前と、燃えた広さのエーカー数を彼女が読み上げ、燃えさかる実際の火事の映像が四方に投影される。《Children of Chernobyl(チェルノブイリの子どもたち)》では、1986年の原発事故で住民が避難を余儀なくされ、現在は住む人のいないウクライナのプリピャチで撮影された映像に、スミスが子供たちへ捧げる詩が重なる。

「サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」展示風景より

また《The Acolyte, the Artist and Nature(侍者と芸術家と自然)》には、アンドレイ・タルコフスキー監督作『アンドレイ・ルブリョフ』の未公開映像やメイキングが差し込まれ、《Prince of Anarchy(アナーキーの王子)》はジャン=リュック・ゴダールの肉声が用いられているなど、過去の芸術家たちに応答するような作品も。ピエル・パオロ・パゾリーニ、ピョートル・クロポトキンといった芸術家や革命家なども参照しながら人間と自然の関係、人間の本質について問いかける。

「サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」展示風景より

展示室の奥にあるふたつのライトボックスは、クラスニアンスキーが「作品のムードボード」と呼ぶもので、スミスの直筆の詩や、リサーチ過程で見つけたオブジェクトのスキャン画像、資料、手書きの歌詞などが展示されている。

「サウンドウォーク・コレクティヴ & パティ・スミス|コレスポンデンス」展示風景より

「社会におけるアーティストの役割」について語ったこと

土地や歴史、他者に対して丁寧に耳を澄ませ、音楽や詩、映像、ドローイングなどを通じて、原発事故や森林火災、気候変動、動物の大量絶滅といった、いまを生きる人々が向き合わなくてはならない様々なテーマを探求する本展。

会見で「激動の現代社会におけるアートの力」について尋ねられると、クラスニアンスキーはこのように話した。

「『コレスポンデンス』というタイトルは往復書簡をイメージしていますが、往復書簡は日常の出来事を手紙に認めて相手に伝えるもの。そこに世界で起きていること、自分たちの身の回りで起きていることが取り込まれるのは自然なことでもあります。私たちは私たちの関心やインスパイアされたことをみなさんにシェアしている。何かを説教したり教えたりするというものではなく、ここからみなさんがインスピレーションを受けて、それぞれに持ち帰り、考える材料(food for thought)にしてくれれば嬉しいです」

さらにスミスが続ける。

「社会問題に関してアーティストの責任とは何か?という質問をよく受けます。私自身は、アーティストの第一の責任は作品そのものに対してであり、その作品ができる限り明確に磨き上げられ、世に出ることだと思います。

社会的責任はすべての人に属するもの。ジャーナリスト、母親、パン職人、道路清掃員、すべての人、一人ひとりにあるものです。アーティストは、言葉を持たない人のための言葉や、歌を持たない人のための歌を表現することができるかもしれない。しかし、変化を起こすのは人々なのです。アーティストに高い敬意を払う人もいますが、私は人々に高い敬意を持っている。なぜなら、人々こそが力を持っているのです。私たちは皆、それぞれの役割を果たしているのです」

最後にスミスは、「私にはふたつの重要な質問がある。dipの『HOLLOWGALLOW』のCDはどこで買えるのか? 私の髪の毛はどうしちゃったのか? 日本に来てから爆発しちゃって」と報道陣を笑わせたあとで、次のように呼びかけ言葉を締め括った。

「良い仕事をすること、政治的にアクティヴであること、政治に意識的であることが重要である同時に、楽しむことも大切だと言いたいのです。だから、楽しんで、笑顔になって、この非常に困難な時代でも笑いましょう。世界では多くの人々がいまこの瞬間にも苦しんでいます。コンゴの子供たち、ガザの子供たち。私たちはここで1時間座って、その苦しみについて話すことができる。しかし同時に、笑う力、ハッピーでいる力を持ち続け、世界の子供たちに幸せな雰囲気を与えることを忘れてはいけません。だから今夜、少なくともひとつの幸せな瞬間があなたにもあることを願っています。ありがとう」

後藤美波

後藤美波

「Tokyo Art Beat」編集部所属。ライター・編集者。