公開日:2025年6月5日

ライアン・ガンダーの個展が箱根・ポーラ美術館で開幕。「ユー・コンプリート・ミー」で見せる新境地と投げかけられる問い

大半が新作の作品群が美術館内の各所で展示。会期は5月31日〜11月30日

「ライアン・ガンダー:ユー・コンプリート・ミー」会場風景

ライアン・ガンダーの展覧会「ライアン・ガンダー:ユー・コンプリート・ミー」が、ポーラ美術館で5月31日から開催されている。会期は11月30日まで。

イギリスのロンドンとサフォークを拠点に活動するライアン・ガンダーは、絵画や彫刻、映像、テキスト、VRインスタレーションから建築、出版物や書体、儀式、パフォーマンスに至るまで、幅広いメディアと手法を駆使しながら独自の実践を展開してきた。展覧会のキュレーションや教育機関での指導、子供たちを支援する活動にも取り組み、芸術や文化の普及にも携わっている。

日本ではこれまで、東京オペラシティ アートギャラリー国立国際美術をはじめ、各地で展示が行われており、現在は岡山県の福岡醤油ギャラリーでも「Together, but not the same」展が開催中だ。

整然と並べられたおもちゃが展示室を埋め尽くす

本展では、ポーラ美術館のアトリウム ギャラリー、ロビー、地下2階の展示室など館内の各所で全18点の作品を展示。その多くが日本初公開の新作で、展示室内だけでなく、屋外やカフェの中にも作品が点在する構成となっている。

架空の展覧会のポスターを重ねた《幾多の野望たちの亡霊(待合室)》(2025)

なかでも作家の新しい局面を示す作品として注目したいのが、アトリウム ギャラリーに展示された《閉ざされた世界》だ。

展示室の床に広がるのは、おもちゃのブロックや恐竜、動物、植物の人形など、1列ごとに整然と並べられた無数のオブジェ。これらは使われなくなったおもちゃ、バラバラになったゲームの部品を集めて別のかたちで使ったもの、作家が制作し販売されている3つのおもちゃで構成されている。おもちゃを直線に並べるという行為は、作家の5歳の息子が自閉症スペクトラム症の特徴のひとつとして強い関心を持って行っているものである。

ライアン・ガンダー《閉ざされた世界》(2024)展示風景

本展の開催に際し、「私の作品はあまり感情的でも個人的でもありません。作家のアイデンティティに関わるアートにはあまり興味がないんです。なぜなら、それはどこか排他的でアクセスしにくいものだと思うからです。私はたいてい、個人的な言及や強い感情表現は避けています」と語ったガンダー。では、自身の息子に関わるこの作品は、どのような位置づけなのか。

「(この作品は)私の息子に関するものです。彼には自閉症があります。彼のアイデンティティを搾取しているように感じるから、これについて話すのは難しい。でも、作品にせずにはいられなかった。なぜなら彼は言葉を話さず非言語(non-verbal)で、私と息子の最大の共通点は“言語への関心”なのです」

ガンダーはこれまでも「認知」と「言語」への関心とをもとに創作しており、本作の背景にもそうしたテーマがあるという。このほか、作家の父親が1960年代に記した手書き文字をもとにしたペインティング作品《アルル》など、家族との関係や記憶から制作された作品も多く展示されている。

展示風景より、手前:ライアン・ガンダー《閉ざされた世界》(2024) 奥:ライアン・ガンダー《時を巻き戻して》(2025)

また《閉ざされた世界》の奥には、ゴッホにちなんだ作品《時を巻き戻して》を展示。ポーラ美術館では、本展と同会期でフィンセント・ファン・ゴッホの構成への影響を探る展覧会「ゴッホ・インパクト―生成する情熱」が開催中だ。

黒いボールに書かれたシンプルな問いかけ

ロビーとカフェに置かれた3つの巨大な黒いボールには、それぞれ「Do shadows have sounds?(影に音はあるの?)」「Can you be lonely and happy?(孤独なまま、幸せでいられるの?)」「Can time stop?(時間は止まるの?)」というテキストが逆さまに書かれている。

ライアン・ガンダー 孤独なまま、幸せでいられるの? 2025
ライアン・ガンダー 時間は止まるの? 2025

地下の展示室のガラスケースにも様々な疑問や指示、説明が書かれた無数の小さな黒いボールが敷き詰められており、これらのフレーズは、作家の子供たちや想像力に富んだ人々が考えた質問をもとにしているという。

ライアン・ガンダー《おばけには歯があるの?(答えばかり求める世界での問い)》(2025)展示風景
ライアン・ガンダー《おばけには歯があるの?(答えばかり求める世界での問い)》(2025)展示風景

ガンダーの作品は詩的なタイトルも特徴のひとつだが、作家はタイトルを「作品に内容を付け加えるための余白」として用いると語り、その使い方には3つのパターンがあると明かす。

1つ目は、作品が少し退屈だったりコンセプチュアルすぎると感じたときに、タイトルでセクシーさやユーモアを加える手法。2つ目は作品について長く考えすぎたために、自分のなかでつまらなくなってしまったり、曖昧さが残っていないと感じたりしたときに、タイトルによって関係のない何かを作品に投入する手法。そして3つ目は、作品のなかで曖昧さと情報量のバランスが完璧にとれていると感じる場合。ガンダーは「Untitled(無題)」と付けるのは怠惰だと考えており、そのような場合には「A portrait of Mark Leckey(マーク・レッキーの肖像)」のように、作品内容をそのままタイトルとするという。

ライアン・ガンダー 俺は…(Iviii) 2023

子供の声で哲学的な話を繰り広げるカエルやネズミたち

本展ではガンダー作品ではお馴染みの生き物を象った「アニマトロニクス」シリーズの作品も展示されている。観葉植物の鉢の中のカエルや壁から顔を出すネズミ、鳩時計が、時間の概念に関する寓話や、知覚し理解することの困難さ、自分たちの実存についての独白や会話を展開する。使用されている声は、まだ幼いガンダーの子供たちによるものだ。さらに、展示ケースに入り込んでしまった虫かと見紛うロボットの蚊《すべてはカウントされている》も、ぜひ探してみてほしい。

ライアン・ガンダー 君が私を完成させる、あるいは私には君に見えないものが見える(カエルの物語) 2025
ライアン・ガンダー 物語は語りの中に 2025

「アイデアがありすぎて、全部をかたちにする前に自分が死んでしまう」と語るガンダー。壁に埋め込まれたチケットマシーンの作品《アイディア・マシン》では、膨大なアイデアをストックしていく行為自体が作品化されている。ボタンを押すとレシートのような紙が排出され、そこには「まだ実現していないアート作品のアイデア」が印字されている。

ライアン・ガンダー アイディア・マシン 2024

ユーモアと哲学が交錯するガンダーの作品世界。観客の働きかけによって新たな物語が立ち上がるその空間で、作家が投げかける問いに心を開いて向き合ってみてはいかがだろうか。

後藤美波

後藤美波

「Tokyo Art Beat」編集部所属。ライター・編集者。