「屋島アートどうぶつ園 ─ 海と森のむこうがわ」会場風景
「海の復権」を掲げ、3年に1度、瀬戸内海の島々などを舞台に開催されてきた「瀬戸内国際芸術祭」。6回目となる2025年の春会期(4月18日〜5月25日)が幕を開けた。
夏会期(8月1日〜8月31日)、秋会期(10月3日〜11月9日)を含む計107日間にわたって行われる「瀬戸内国際芸術祭2025」では、37の国と地域から218組のアーティストが参加。うち88組は初参加となる。作品数は過去最大数の256点で、新作は117点、新展開となる作品は19点を数える。会場は瀬戸内の島々と沿岸部を含む17のエリアに分けられている。
本記事では、4月15日、16日に開催されたプレスツアーの様子から、新作を中心に、7エリア(瀬戸大橋エリア、高松港エリア、直島、大島、犬島、女木島、男木島)の見どころを紹介する。
春会期のみの参加となる瀬戸大橋エリア。古代から人の往来があったこの地域では、1960年代の大規模な埋め立てにより、沙弥島と瀬居島が四国と陸続きになった。1988年には瀬戸大橋が開通し、現在は工業団地が広がる。時代とともに景色を変えてきた。
芸術祭ではこれまで沙弥島が会場だったが、今回から「瀬戸大橋エリア」と名称を新たに、瀬居島が会場に加わった。その瀬居島で新作として展開されているのが、中﨑透のディレクションによる瀬居島プロジェクト「SAY YES」だ。
ここでは廃校となった旧瀬居中学校、小学校、幼稚園や集落を舞台に16名のアーティストが作品を展示している。幼稚園では、教室や給湯室、トイレなど、建物全体を使って中﨑の新作インスタレーション《Say-yo, chains, what do you bind or release?》が展開。地元ゆかりの人々から聞き取った言葉をもとにした「エピソード」が随所に貼られており、それらを読みながら作品をめぐることで、この地に息づく個人の物語や場所の歴史が立ち上がってくる。
幼稚園のすぐ横に位置する旧瀬居中学校では、3階までのフロアを舞台に福田惠、五嶋英門、上村卓大、山本晶、岩﨑由実、伊藤誠、安岐理加、早川祐太の作品を展示。
1階で展示を行う福田は、太陽光によって稼働するインスタレーション《一日は、朝陽と共に始まり、夕陽と共に終わる》を理科室で公開。様々な不用品や、マンモスの化石、蛸壺、漁師の底引網といった教室内に残されていた品々で空間が埋め尽くされ、それらが外につながったソーラーパネルと連動して動く。
広島出身の作家が東日本大震災を機に制作したという本作は「私たちもいつか死ぬように、エネルギーにもリミットがあるということが体験として経験できる場所として作ってある」と福田。このほかにも、被爆者であり植物に関する技師であった祖父の死後、荒廃した庭に造花を植えて記録した《永遠の庭》や、自身の妊娠・出産、育児をテーマにした作品シリーズも展示している。
中学校からバス停2つ分ほど離れた位置にある旧瀬居小学校では、狩野哲郎、小瀬村真美、下道基行の作品を見ることができる。西洋絵画へのリサーチに基づいて作品を制作している小瀬村は、大正時代に建てられたという小学校に残された博物学資料などにインスピレーションを受け、それらの資料と理科室の実験器具を組みあわせて撮影した新たな写真シリーズ「静物畫─旧瀬居小学校」などを発表。撮影時のセットがそのまま教室内残され、写真とともに展示されている。
狩野哲郎は職員室や書道教室などを舞台に、「鳥」の視点を取り入れ、身の回りのものを組み合わせて配置したインスタレーション《既知の道、未知の地》を展開している。
さらに学校だけでなく、竹浦集落では、槙原泰介、小西紀行、袴田京太朗が作品を展示。北浦集落の防波堤には保井智貴による彫刻が海の向こうを見据えている。
国内外からの来訪者を迎え、SANAA設計による県立アリーナ「あなぶきアリーナ香川」がオープンするなど、賑わいを増す高松港周辺。
いまや港のランドマークとなった大巻伸嗣《Liminal Air -core-》の隣には、五十嵐靖晃が女木島、男木島、小豆島、豊島の住人200人以上とともに編んだ《そらあみ》が広がる。幅32mの巨大な網は、瀬戸内の海が見せる様々な表情をイメージした5色に染められ、港を訪れる人々にとって「瀬戸内の海と島に会う、暖簾のような役割を果たしてほしいと思った」と五十嵐。夏会期には新たに2つのエリアの網が足され、さらに拡張されるという。港のベンチなどは建築家の佐藤研吾によって設計されたもの。
同じく高松港のフェリー乗り場近くに設置されたコンテナギャラリーでは、写真家のホンマタカシが国連の難民支援機関であるUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)のコミッションを受けて制作した展示「SONGSーものが語る難民の声」を開催。ホンマは東京近郊のシリア、ウクライナ、インドネシアなどの難民の人々や、バングラデシュ、コロンビアを訪れて出会った人々に話を聞き、ポートレートやかれらが祖国を出る際に持ち出したものを撮影した。「(難民の問題を普段あまり意識していない)日本の方々に少しでも意識してもらえるように、という動機でこのプロジェクトが行われました」(ホンマ)
コンテナの中では、写真や映像と「大切なもの」にまつわるストーリーがテキストで展示されているほか、会場内では紹介しきれなかった写真やエピソードを載せたタブロイド版も制作。港からフェリーに乗る前やフェリーの中で読んでほしいとの思いが込められている。
高松港から電車やバスで30分ほどの高松市屋島山上交流拠点施設「やしまーる」で行われている屋外展示「屋島アートどうぶつ園 ─ 海と森のむこうがわ」も新作のプロジェクトだ。国の史跡および天然記念物に指定されている屋島の山上にあるこのスペースは、建築家・周防貴之が手がけた全長200mのガラス張りの回廊が特徴的な建物。本展では、瀬戸内海の豊かな生態系を起点に、9名のアーティストが表現した動物たちが中庭の様々な場所に登場している。海の生物から陸の生物まで多様な生き物が庭で遊んだり、くつろいだりしているよう。展望スペースからは瀬戸内海の島々や市街地を見下ろす美しい眺めを堪能できる。
高松港からフェリーで50分、宇野港から20分の場所に位置する直島。草間彌生の《赤かぼちゃ》や、「家プロジェクト」など様々な常設展示で人気のアートスポットだが、新作のひとつとして注目したいのが、本村地区の民家を改修したスペースで昨年から公開されている「Ring of Fire - ヤンの太陽&ウィーラセタクンの月」。韓国のヤン・ヘギュとタイのアピチャッポン・ウィーラセタクンが初めて協働で構想・制作した本作は、太平洋を囲む火山帯に自然界の営みの連続性を見出し、光や影、振動に焦点を当てた作品だ。
昼はヤンの切り絵のランタンや無数の鈴が取り付けられた彫刻が、地殻変動データと連動して揺れたり、鈴の音を鳴らしたりし、夜はヤンの作品にウィーラセタクンによる映像がプロジェクションされて空間を漂う。光や音が地中深くの動きと長い時間の営みへの想像を促すスケールの大きな作品だ。
同じ本村地区では、5月31日に新たなスペース「直島新美術館」が開館予定。直島において住民が住む本村に美術館ができるのは初となり、夏会期から会場となる。
宮ノ浦のフェリー乗り場から徒歩5分ほどの場所にある瀬戸内「 」資料館は、下道基行により2019年から行われているプロジェクト。瀬戸内海地域の風土や歴史などについて調査を行い、年に1回、アーカイブを目的とした調査報告展を行っている。今回は、廃材から作ったカメラで地元の人々を撮影し、地域の多様性を調査をする「Kanta Project」に取り組むマレーシアのアーティスト、ジェフリー・リムとコラボレーション。直島諸島に流れ着いた漂着物でカメラを手作りし、その後は資料館内に写真スタジオを作って、「漂着物カメラ」による写真館をスタートさせた。
館内では、「瀬戸内『漂白 家族』写真館」と題し、「漂着物カメラ」で撮影された直島の風景や人々の写真を展示。あわせて、これまでの資料館の活動のアーカイブも見ることができる。
また、ベネッセハウス ミュージアムでは、2月に展示替えを実施。アジアの現代アートを中心に紹介する直島新美術館の開館にあわせて、活動初期から収集してきた欧米の現代アートコレクションの代表的な作品を厳選して展示している。サイ・トゥオンブリー、ジャン=ミシェル・バスキア、イヴ・クラインの作品や、フランク・ステラの高さ6mを超える《グランド・アルマダ》、デイヴィッド・ホックニーが日記のように制作した「ホテル・アカトラン」シリーズのペインティングといった大型作品も見どころ。さらに安齊重男が、アーティストたちの直島を訪れた様子や日本滞在時の様子をとらえたポートレートも新たに展示されている。
高松港から船で30分ほどの場所に位置する大島は、かつて国の政策によって多くのハンセン病患者が強制的に隔離された国立ハンセン病療養所「大島青松園」がある。もっとも多いときで700人を超える入所者が暮らしたというこの島には、現在も回復した29人が暮らす。島を訪れるにあたっては、入所者への健康配慮のため、乗船時の手指消毒とマスク着用が必須となる。
長年わたって大島で制作する田島征三は、これまで入所者が暮らした長屋に、漂流廃棄物で作った「どうしてわたしをすてたの?」と叫ぶ魚などが展開される《青空水族館》、交流のある入所者「Nさん」の島での生活や、子供を持つことを許されなかった悲しみ、隔離を主導した専門家への怒りなど、大島での人生を立体絵巻物のように表現した《「Nさんの人生・大島七十年」-木製便器の部屋-》をこの地で発表している。
今回の春会期では、《青空水族館》の裏手、かつて独身寮が立っていた場所に作った庭《森の小径》に、新たに石の彫刻を制作。草花の色が瑞々しく映える庭の中央で、地面から湧き出るように立つこの作品。今年85歳を迎える田島が、作家生活で初めて挑んだ石の彫刻なのだという。
「ここに住んできた人たちの苦しい気持ちを吐き出したい、という気持ちと、植物がワーッと伸びる瞬間の表現。ほかにも海から何かが湧き出てきているような、いろんな気持ちを一緒にして作った作品。茶庭のつくばいに似た感じで、水ではなく、石の中から石が湧き出ているような場所を作りました」(田島)
庭を抜けると、《「Nさんの人生・大島七十年」-木製便器の部屋-》があり、同作の5つの部屋を抜けると現在もトマトなどの植物が育つ畑が広がる。「歴史上の問題じゃなくて、いまここに住んでいる方のことなんですよということを、作品を組み合わせることで伝えたい」と田島は語る。
鴻池朋子も以前から大島で制作に取り組む作家のひとり。これまで、島の人々から聞き取った物語を作家が描き起こした下絵をもとにランチョンマットを制作する「物語るテーブルランナー」を展開してきたが、今回はその「語り部」として新たに指人形が登場。社会交流会館内の「カフェ・シヨル」で展示されている。今後はこの指人形を使った芝居も行われる予定だ。
また大島の北山には、かつてこの場所で若い患者たちが切り開いた「相愛の道」を作家が整備して再び開通させた《リングワンデルング》が展開されている。今回は尾根沿いにあった頂上のルートを復活させるほか、竹林に休憩所が作られる。薮だらけの場所を2019年から切り開いてきたという鴻池は、実際に山を歩き体験することで、「資料館などで学ぶ知識などとはまた異なる、身体的な面白さが蘇ってくる」と話す。
なお夏会期には、大島青松園にウクライナのアーティスト、ニキータ・カダンによる新作も登場する予定だ。
岡山市唯一の有人島である犬島は、犬島精錬所美術館、犬島「家プロジェクト」などがあり、すべて徒歩で回ることができる。
犬島精錬所美術館は、1909年に作られ、約10年間で役目を終えた銅製錬所の遺構を保存・再生した美術館。煙突や銅製錬の副産物であったカラミ煉瓦などを活かした建築は、三分一博志の設計によるもの。近代化産業遺構を舞台に、日本の近代化に警鐘を鳴らした三島由紀夫をモチーフにした柳幸典の作品群がダイナミックに展開されている。
また島内では、人々の交流のきっかけになるような作品やイベントを行うプロジェクト「INUJIMAアートランデブー」を展開。大宮エリーの作品が待ち合わせスポットや休憩スポットとして点在する。
さらに建築家の妹島和世と、植栽を手がける「明るい部屋」によって2016年に作られた「犬島 くらしの植物園」では、「見る庭ではなく、“行動する”庭」(橋詰敦夫 / 明るい部屋)を掲げ、島の人々や来訪者とともにセルフビルドで場作りを進めている。春会期中の5月17日には、アーティストの小牟田悠介、明るい部屋、妹島和世建築設計事務所が講師を務める、「手入れが育む変化」をテーマとした参加型ワークショップ「手入れのリレー/Reflect」が開催される。
プレスツアーでは悪天候により船が出航せず訪れることが叶わなかったが、最後に女木島、男木島の見どころをアーティストの言葉とあわせて紹介したい。
人気の観光スポット、鬼ヶ島大洞窟がある女木島は、高松港からフェリーで20分ほど。夏には海水浴客でも賑わうこの地では、今回23名の作家が旧作・新作を発表。前回から大幅にボリュームアップしたエリアのひとつだという。
宮永愛子のヘアサロンや、レアンドロ・エルリッヒによるランドリーなど、2019年から作品鑑賞とショッピングが楽しめる作品を展開してきた「小さなお店プロジェクト」では、今回も多様なお店が開店する。
これまでも様々な国や期間との連携を強化してきた本芸術祭。今回はニュージーランドとスウェーデンが初めて組織的に参加している。休校中の女木小学校では、新たにニューランドのサラ・ハドソン、スウェーデンのヤコブ・ダルグレンが新作を発表。
2024年の「第60回ヴェネチア・ビエンナーレ」で金獅子賞を受賞した「マタホ・コレクティブ」のメンバーとしても活動するサラ・ハドソンは、自身のルーツがあるニュージーランドのモウトホラ島と女木島に共通する「石垣」に着想を得た作品を制作した。島民であることや、帰属意識、そして土地との関係性についての絵画や彫刻、映像作品のシリーズ《石は憶えている、そして私は耳を傾ける》を小学校の保健室で展開している。
粘土や木の樹脂、水などを使うマオリの伝統的な絵具づくりの技術に基づいて制作を行うハドソン。本作では、学びの場面で何かを記憶する際、石を口に入れ、学び終わったら口から出して、再び思い出したいときに石を探しに行くというマオリの伝統的な習慣をもとにしている。「今回の作品には、たくさんの女木島の石が使われています。私自身の記憶だけでなく、地元の人々が共有してくれた物語や記憶を象徴するものでもあります」とハドソン。
また作家の祖先が暮らした島は現在入ることができない状態になっているといい、「過去200年にわたる、ある種の植民地主義による土地との分断を経て、私がこのような作品をつくることで、私たちが土地と関わる様々な方法に目を向けてもらえたらと願っています。そして願わくば、将来、私の子どもや孫たちがその場所にアクセスできるようになることを望んでいます」と話した。
ヤコブ・ダルグレンは、《色彩の解釈と構造》と題したインスタレーションを地元の人々とのワークショップを経て制作。本やタイル、木箱といった四角い物を地域で集め、島民や高校生らとともにそれらに色を塗って組み合わせ、学校のプールのなかに積み上げた。
「普段捨ててしまうものを集め、それによって新しい街ができるような感覚です。訪れる人には、まず歩き回って遠くから作品全体を眺めて、それからだんたん近づいて細部や積み上げられた物を見てほしい。それらは誰かが捨てた物にすぎないけれど、本当に美しいんです」(ダルグレン)
女木島を経由してフェリーで40分ほどの男木島では、2013年に島で作品を展開した昭和40年会(会田誠、有馬純寿、小沢剛、大岩オスカール、パルコキノシタ、松蔭浩之)が、12年ぶりに男木島で作品を制作。春会期は「男木島 麦と未来の資料館」と題し、今年還暦を迎えるメンバーたちが表現する、100年後の男木島の架空の資料館が展開される。
松井えり菜は、島の小中学生14人とワークショップを行い、かれらの自画像を重ね合わせた新作の版画作品《ゆめうつつ~ミライのワタシ》を空き家のなかで展示している。
さらにフランスのアーティスト、エミリー・ファイフは、「老人憩の家」を舞台に、島や高松で集めた青い布を使って男木島のかたちを作り上げたテキスタイルの彫刻作品《私たちのしま》を発表。
「初めて男木島を訪れたとき、人と島のあいだにある境界線、集落と風景のあいだにある境界線にとても心を動かされました。私はそのことについて作品を作りたいと思ったのです。今回たくさんの“青”を使っていますが、布の素材も色合いもすべて違う。フェリーに乗って島に着くときに見える空と島と海の青のグラデーションを表現したいと考えました」(ファイフ)
ここで紹介した7エリアのほかにも、塩田千春の新作が登場する豊島や、アジア各国の作家が集う「瀬戸内アジアギャラリー」が展開される小豆島など、全17エリアが舞台となる今回の「瀬戸内国際芸術祭」。過去最多の作品数を誇り、新作だけでも巡りきるのが大変なほどの充実ぶりだ。今回のプレスツアーのように、天候に振り回されるのも島の芸術祭の醍醐味。公式ガイドブックなどを参照しつつ旅のプランを立てて、時間と気持ちに余裕を持って、アートの島めぐりを楽しんでほしい。