公開日:2025年7月2日

「藤本壮介の建築:原初・未来・森」(森美術館)レポート。大阪・関西万博を手がける建築家の初大規模個展で見る建築の新境地

藤本壮介の約30年間にわたる建築実践を初期作品から未来構想まで「森」というコンセプトで紹介。会期は7月2日〜11月9日

会場風景

初の大規模個展が開幕

建築家・藤本壮介の大規模個展「藤本壮介の建築:原初・未来・森」が、東京・六本木の森美術館で開幕した。会期は7月2日から11月9日まで。

1971年、北海道生まれの藤本壮介は、東京とパリ、深センに設計事務所を構え、個人住宅から大学、商業施設、ホテル、複合施設まで、世界各地で様々なプロジェクトを展開。2000年の《青森県立美術館設計競技案》で注目を集め、以降も《武蔵野美術大学美術館・図書館》(2010、東京)、《サーペンタイン・ギャラリー・パビリオン2013》(ロンドン)、集合住宅《ラルブル・ブラン(白い樹)》(2019、フランス、モンペリエ)、音楽複合施設《ハンガリー音楽の家》(2021、ブダペスト)などのプロジェクトを完成させている。現在は、「2025年大阪・関西万博」の会場デザインプロデューサーも務める。

会場風景より、藤本壮介

藤本にとって初の大規模個展となる本展では、約30年にわたる主要プロジェクトを通じて、四半世紀におよぶ藤本の歩みと建築的特徴、思想を概観する。初期から計画中のプロジェクトまで多数の模型や素材、アイデアの断片を「森」のように展示するインスタレーションや、大阪・関西万博の大屋根リングの5分の1模型などが見どころである。

さらに本展では、ブックディレクターの幅允孝(有限会社バッハ代表)、建築史家の倉方俊輔(大阪公立大学教授)、データサイエンティストの宮田裕章(慶應義塾大学教授)がコラボレーターとして参加。多面的な協働により会場をダイナミックに構成し、終盤では建築の存在意義や可能性について考察した未来の都市像も提案される。企画担当は近藤健一(森美術館シニア・キュレーター)と椿玲子(森美術館キュレーター)。

会場風景

藤本建築100プロジェクト大集合

本展の核心をなすのは、300㎡を超える空間に展開される「思考の森」である。1000個を超える模型や図面、アイデアの断片が配置されたこの大型インスタレーションは、デビュー作となった《青森県立美術館設計競技案》(2000)から現在進行中のプロジェクトまで、100を超える建築プロジェクトの全体像を一望できる圧巻の空間だ。

会場風景
会場風景より、《青森県立美術館設計競技案》の模型

これらのプロジェクトは、藤本建築を貫く3つの系譜に基づいて分類されている。「ひらかれ かこわれ」(閉じているはずの円環が外部に開かれていること)、「未分化」(空間の用途や性質が曖昧で多義的であること)、「たくさんのたくさん」(多数の部分がひとつの建築を構成すること)は、たんなる建築的手法に留まらない。現代社会における人間の在り方そのものを問いかけ、建築を通じて探求する思想的フレームワークでもある。

会場風景より、《ラルブル・ブラン》の模型
会場風景より、《ベトン・ハラ・ウォーターフロント・センター》の模型

興味深いのは、これらの系譜が相互に関係し合いながら森のような複雑で有機的なネットワークを構成していることだ。ひとつのプロジェクトのなかで複数の系譜が融合することもあり、藤本建築の多層性と統一性を同時に示している。まさに建築家の思考回路を物理的に歩き回る、ほかでは味わえない体験だ。

会場風景

倉方俊輔が読み解く藤本壮介の30年

建築史家・倉方俊輔とのコラボレーションによる「軌跡の森—年表」では、1994年の東京大学卒業以降の藤本の歩みを、建築界や社会の出来事と照らし合わせながらたどることができる。

内覧会に登場した倉方は、藤本のちょっと変わったキャリア形成について「藤本壮介という建築家は大学出て大学院にも行かず、留学もせず。それから建築家というのは、有名な建築家のアトリエで学ぶんですけど、そういうこともないという、結構変わった生い立ちをしています」と語った。

会場風景より、左から倉方俊輔、藤本壮介

そしてこの独自性こそが、藤本建築の特徴をかたち作っていると言える。竣工予定のものを含む主要作品96点を通して見えてくるのは、個人で活動を始めた1994年から2010年頃の国際的活動の開始、そして現在に至る藤本のキャリアパスだ。

会場風景

とくに注目すべきは2003年から2008年の時期である。倉方によれば、この頃から「従来の建物のかたちを荒々しくひねくり回すのではなく、床とか壁とか柱ということの意味から疑っていく」建築が生まれ始める。この思想的転換こそが、《T-house》(2005、群馬)、《ハウスN》(2008、大分)、《武蔵野美術大学美術館・図書館》(2010、東京)という代表作群を生み出していく。

会場風景

40冊が語る藤本建築の特徴

ブックディレクターの幅允孝との協働による「あわいの図書室」は、藤本建築の5つの特徴を40冊の本で表現する独創的なセクションである。「あわい」とは、「物と物、人と人、過去と未来、都市と自然——異なるもの同士のあいだにある、明確には定義できない、しかし確かに存在する"ゆらぎ"」を指す。

この空間の意図について幅は「本を読んでいなくても、なんとなく、本の中身が少し視界に入ったり、何だろう?と考えたりすることができる。それが『読んでいる』と『読んでない』の間にある『あわい』のではないか」と説明。

会場風景より、幅允孝

5つのテーマ「森 自然と都市」「混沌と秩序」「大地の記憶」「重なり合う声」「未完の風景」のもとに選ばれた本は、それぞれ特製の椅子に配置され、書物から抽出された断片的な言葉が空間に散りばめられている。

会場風景

プロジェクションマッピングが映す「生きた空間」

「ゆらめきの森」では、プロジェクションマッピングを使って建築模型に人の動きを投影し、建築が生み出す動的な空間体験を可視化している。フランスの《エコール・ポリテクニーク・ラーニングセンター》(2023、フランス、サクレー)の模型では各国の学生たちが集い交流する光景が、《UNIQLO PARK 横浜ベイサイド店》(2020、神奈川)では子供たちが斜面を登り下りする様子が浮かび上がる。

会場風景
会場風景より、《T-house》の模型

もっとも印象的なのは《T-house》の模型だ。部屋と部屋の仕切りがないこの住宅では、家族がともに過ごしながらも、ときに少し離れてほかの人の気配を感じつつひとりの時間を楽しむ生活の仕方が読み取れる。建築がたんなる箱ではなく、人の活動によって生成される動的な空間であることを実感させる秀逸な展示である。

《大屋根リング》に見る無限に続く可能性

「開かれた円環」セクションの中心をなすのは、2025年大阪・関西万博の《大屋根リング》だ。高さ約20m、幅約30m、1周約2kmの世界最大級の木造建築物の1/5模型は、実際に内部に入って体験することができる。模型の床には白い人の模型が配置されており、藤本自身がディレクションしたというユニークなポーズは、万博会場での人々の活動を想像させる。

会場風景
会場風景

「開かれた円環」というコンセプトは、分断を超えたつながりの構築を可能にし、藤本にとっての未来の希望を象徴している。展示には構想段階のスケッチから設計図面、日本の伝統的な継手接合の技術を紹介するモックアップまで、リングの全貌を多角的に紹介する資料が並ぶ。

会場風景
会場風景より、《大屋根リング》のモックアップ
会場風景より、《大屋根リング》のスケッチ

ぺらぺら建築座談会、ぬいぐるみが語る設計秘話

「ぬいぐるみたちの森のさわり」は本展のなかでもユニークなセクションだ。《ラルブル・ブラン》、《石巻市複合文化施設》(2021、宮城)、《大屋根リング》といった藤本建築が、それぞれ個性豊かなキャラクターに変身し、おしゃべりのなかから各プロジェクトの特徴や関係性、設計された背景を紹介する。そして、この愛らしいぬいぐるみは藤本事務所のスタッフが手縫いで作っているのもポイントだ。

会場風景
会場風景

同じコーナーには東京大学時代から2017年頃までの膨大なスケッチも展示されている。ここで興味深いのは、竣工よりもはるか以前に、すでに似たようなアイデアやかたちが描かれていることだ。

会場風景より、スケッチブック

「ばらばら」でもつながる建築

「たくさんの ひとつの 森」では、藤本が2024年に公募型プロポーザルで選出された《仙台市(仮称)国際センター駅北地区複合施設》(2031年竣工予定)に焦点を当てている。音楽ホール兼震災メモリアルとなるこの建築の1/15模型が天井から吊るされ、「たくさんの/ひとつの響き」という理念の具現化過程を紹介している。

会場風景

藤本はこのプロジェクトと展覧会について以下のようにコメントしている。

「この展覧会の構想を議論するなかで、バラバラなものが、ときにつながる尊さというのが、我々がやろうとしている建築のビジョンだっていうことを改めて再認識することができた。その考えを持って、コンペで提案したのがこのプロジェクトだ」

会場風景より、中央は藤本壮介
会場風景

「ばらばらでありひとつであり」という理念こそが、藤本建築の核心である。北海道の《児童心理治療施設》(2006)から、ベオグラードで構想された《ベトン・ハラ・ウォーターフロント・センター》(2011)まで、約20年間にわたって一貫してこのテーマを追求してきたことが、会場に並ぶ7つの模型からも見えてくる。

会場風景

球体が織りなす未来都市、共鳴する多様性への提案

本展の最終部を飾るのはデータサイエンティストの宮田裕章との共同で作られた「未来の森 原初の森—共鳴都市 2025」セクションだ。3Dプリンター製の球体が組み合わさった模型と映像で表現されるのは、全体で直径・高さともに500m程度の範囲に収まる大小様々な球体状の構造体が複雑に組み合わさった未来都市だ。

会場風景
会場風景

この構想の背景には、現代都市の単調な積層構造への批判がある。「いまの我々の住んでいる街は建設の効率化と近代の考えで同じような床を積み上げて、垂直なエレベーターでつないで作るというのが大前提になっている。それだとこれからの多様な活動や多様な個を受け止めるには、ちょっと単調すぎるのではないか」と藤本は語る。そのため新しい都市は、絶対的な中心や軸がなく、球体同士がつながり合いながら立体的に多方向に開かれていく。多様な生物が様々な関係性を持ち、森の生態系のような一体感が感じられる新しいコミュニティの形成が目指されているのだ。

会場風景より、左から藤本壮介、宮田裕章

いっぽう、宮田は「この展示を考える上で重要なキーワードがふたつあって、ひとつは共鳴、もうひとつは多様性である。万博は異なるままに響き合うという未来のあり方という問いで立ち上がって、その先にあるのがこの構想だ」と説明する。デジタル技術の進歩が可能にする新たなコミュニティのかたちとして、大小様々な球体が三次元的に結合することで、住宅から公園、学校、病院、文化施設まで、あらゆる都市機能を包含する構造が提案されている。

会場風景

来場者は白紙の冊子に未来への意見を書き込むことができ、10月のトークイベントでその一部が紹介される予定だ。この開かれたプロセスは、本展が完結した作品発表の場ではなく、継続的な対話の始まりであることを示している。

会場風景
会場風景

本展が提示するのは、建築展の新たな可能性とも言える。従来の建築展が図面や模型、写真による作品紹介に留まりがちなのに対し、本展では建築家の思考プロセスそのものが空間化されている。

会場風景

藤本は最後に「この展覧会自体も決まりではなくて、これを最初の試論としていろんな未来が開いていくのを見ていきたい」と述べた。この言葉が示すように、本展は出発点として位置づけられているだろう。建築の新たな可能性を探しに訪れてはいかが?

灰咲光那(編集部)

灰咲光那(編集部)

はいさき・ありな 「Tokyo Art Beat」編集部。慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。研究分野はアートベース・リサーチ、パフォーマティブ社会学、映像社会学。