重要文化財 菱田春草 黒き猫 明治43(1910) 永青文庫蔵 ※前期展示
永青文庫で、「重要文化財「黒き猫」修理完成記念『永青文庫 近代日本画の粋 ―あの猫が帰って来る!―』」が開催される。会期は10月4日〜11月30日。
本展は、菱田春草の代表作《黒き猫》の修理完成を記念して行われるもの。同館が所蔵する春草作品全4点を前・後期に分けて公開するほか、横山大観、下村観山、鏑木清方といった近代日本を代表する画家たちの作品も一堂に展示する。担当学芸員は舟串彩。
前期は10月4日〜11月3日、後期は11月7日〜11月30日。前期・後期で大幅な展示替えを予定しており、《黒き猫》は前期のみの公開。後期は春草の晩年のもうひとつの代表作《落葉》(重要文化財)を展示する。また後期には特別展示として、中国の禅僧・清拙正澄と楚石梵琦による、重要文化財の墨蹟2点が修理後初公開される。
展示は2階〜4階の3フロアにわたって展開。まず4階では、本展の目玉である《黒き猫》が来場者を迎える。
永青文庫に伝わる、同館創立者・細川護立(1883~1970)の近代日本画コレクションのなかでも不動の人気を誇る“看板猫”だという《黒き猫》は、菱田春草(1874~1911)が亡くなる前年、36歳のときに描かれた作品で、明治43年(1910)の第4回文展に出品された。もともと春草は別の屏風作品を出品すべく準備を進めていたが、仕上がりに納得できずに制作を中断し、代わりにわずか5、6日で描き上げられたのが本作。春草は猫が苦手だったそうだが、画題として好んで取り上げており、未完成の作品を含めると20点以上の猫の作品を残している。
当初は中国の古い絵画を手本とし、ぶち猫を多く描いていたが、33〜34歳頃から黒猫を描くようになり表現を発展させていく。なかでも完成度の高い作品として知られる《黒き猫》は、金泥や青緑を用いて平面的に描かれた柏の葉と、写実的な猫の対比が印象的。猫のふわふわとした毛並みが墨のぼかしのみで表現されており、その手触りを思い起こさせるようだ。さらに墨の濃淡で猫の立体感を表すなど、様々な表現の試みが行われている。
本作は春草と親交が深かったパトロン・秋元洒汀(1869~1945)が真っ先に入手したのち、大正期に護立の手に渡った。護立は春草を高く評価して、春草の没後も作品の収集を続け、20点を超える作品をコレクションしたという。
制作から100年が経ち、本作をより安定した状態で後世に伝えていくため、このたび初となる本格的な修理が行われた。現時点では深刻な損傷は見られないものの、掛軸全体の波打ちや本紙のシミ、裏面の汚れや浮きなどが見られていたという。永青文庫では文化財修理プロジェクトとして本作を含む3作品を中心とした修理のためのクラウドファンディングを行い、943人超から1475万5千円の支援を得た。この支援と国・東京都・文京区からの補助によって修理が完成し、同館では5年ぶりの公開となった。会場では、修理の様子もパネルで紹介されている。
4階では本作のほかにも、護立が日本画のコレクションを始めたきっかけでもある、最初に関心を抱いた画家たち──横山大観、下村観山、そして菱田春草の作品を紹介。
琳派からの影響が見られる大観の屏風作品《柿紅葉》や、奈良・春日大社に佇む鹿を描いた観山の《春日の朝》など、秋の情緒を感じさせる作品が並ぶ。
さらに3階では、横山大観、下村観山、鏑木清方、小林古径、安田靫彦といった名だたる日本画家の作品を展示。
護立の近代日本画コレクションは、画家たちと親交を深めながら形成されたという特徴があり、屏風のような大作以外にも、護立が直接画家に依頼したり、譲り受けたりした作品群が含まれている。このフロアでは、そうした画家たちとの交流を含むコレクションの形成の背景を小品を通して紹介する。
掛軸などの作品のほか、下図や画稿、スケッチなど、完成された作品からは見えない制作過程がわかる展示品も見どころのひとつ。
横山大観や小林古径による小襖は、護立の自邸もしくは別荘用に作られたものと考えられているという。さらには大観や荒井寛方による手拭いの下絵も。こちらも護立の依頼により、親しい画家たちが別荘の訪問客に渡す手拭いのデザインを手がけていたのだという。日本画の巨匠たちによる、暮らしを彩る身近な品々も永青文庫ならではの展示だ。
また2階の展示室では、護立が近代日本画家たちについて残した言葉や、貴重な資料群を通して護立のコレクションへの思いを紹介。
安田靫彦や大観の作品、4階で展示されている春草《平重盛》などの書付、作品の目録など、作品収集の経緯がわかる資料も見ることができる。
《黒き猫》の展示は前期のみだが、会期を通じて近代日本画の名品が楽しめる本展。永青文庫の"看板猫"の帰還を機に、細川護立が築いた豊かな日本画コレクションの世界に触れてみてはいかがだろうか。