公開日:2025年2月27日

「総合開館30周年記念 鷹野隆大 カスババ ―この日常を生きのびるために―」(東京都写真美術館)レポート。都市の荒廃から浮かび上がる新たな視点

日常をテーマとしたシリーズを中心に、初公開を含めた109点を展示。会期は2月27日〜6月8日。

会場風景より

新たな視点で活動を再編集

東京都写真美術館「総合開館30周年記念 鷹野隆大 カスババ ―この日常を生きのびるために―」展が開幕した。会期は2月27日から6月8日まで。

鷹野隆大は1963年福井県生まれ。1994年より作家活動を開始し、写真集『IN MY ROOM』(2005)で第31回木村伊兵衛写真賞を受賞。『IN MY ROOM』に代表されるセクシュアリティをテーマとした作品と並行し、「毎日写真」や「カスババ」といった日常のスナップショットを手がけ、さらに東日本大震災以降、「影」を被写体とした写真の根源に迫るテーマにも取り組んでいる。

会場風景より、《レースの入った紫のキャミソールを着ている(2005.01.09.L.#04)》(2005)

本展は、初公開作品を含む作家の軌跡を概観する個展だ。初期から現在に至るまでの109点を展示し、これまでの作品を新たな視点で再編集することで、新しい見方を提案する。担当学芸員は遠藤みゆき(東京都写真美術館)。

都市に潜む「カスババ」

展示室に入ってすぐ目に入るのは都市空間を表現した特徴的な展示構造だ。本展では、高野自身が過去の作品を新たな視点で再編集し、新たな意味を付与することに加え、グラフィックデザイナーの北川一成、建築家の西澤徹夫とのコラボレーションにより、空間的な工夫が施されているという。ひとつのテーマや制作年度、展示順にとらわれることなく、来場者が自由に視点を選びながら鑑賞でき、イメージを限定せずに楽しめる。なお、おすすめの鑑賞ルートは「反時計回り」だ。

会場風景より

本展のタイトルである「カスババ」とは、鷹野による造語であり、「カスのような場所(バ)」の複数形である。これについて内覧会に登場した鷹野は以下のようにコメントしている。

「若い頃、東京の街並みは乱雑に感じましたが、あるとき、それが自分にとってもっとも身近な場所であると気づきました。身近なものを無視することはある種の暴力だと考え、自分が嫌悪していたものを被写体として撮り始めました。やがてそのなかに面白さを見出し、東京の都市風景が持つ異なる要素の並列性に現代的な価値を感じるようになりました」(鷹野)

鷹野隆大
会場風景より

影を採取し、立体的に表現

本展では、性差やセクシュアリティの曖昧さをテーマとする「In My Room」(2002〜2005)シリーズや、日常生活のなかで撮影を続ける「毎日写真」と、そこから派生した「カスババ」(2001〜2010)「カスババ2」(2011〜2020)などが紹介されている。なかでも、本展の重要なテーマのひとつが「影」であり、鷹野は東日本大震災以降、その存在を強く意識するようになったという。

会場風景より

「Red Room Project」(2018年~)は、影の写真ではなく、影そのものを直接残す試みだ。感光材である印画紙を壁に貼り込み、そこに映った影を定着させる。さらに、印画紙を床にも貼ることで、影が立体的に浮かび上がる「影の彫刻」ともいえる作品が生み出される。

会場風景より

影の面白さを体験できる空間は、展示室の奥にも用意されている。部屋の一角には電灯が吊り下げられ、来場者がその前に立つと明かりによって影が現れ、それがモニターに投影される仕組みだ。壁には2020年に鷹野が1年間をかけて撮影した作品が並び、影という存在のとらえ方を多角的に探る展示となっている。

会場風景より
会場風景より

人と触れ合い、生きている身体を映す

カメラを使わず、スキャナーで撮影された「CVD19」(2023)シリーズは、人との接触が制限されていたコロナ禍で制作された。まるで記憶の断片のように、ゴム手袋をつけた手が連続して絡み合い、斜めから眺めると手の動きが連続しているかのように見える。

会場風景より
会場風景より、「CVD19」シリーズ

いっぽう、身体のあり方と向き合う視点を提示するのが「立ち上がれキクオ」シリーズの3作品だ。三脚に固定されたカメラで撮影された本作は、立ち上がろうとする中年男性「キクオ」のありのままの姿を映し出す。理想化された身体ではなく、「生きている身体」を記録する点で、荒れた都市空間と向き合う「カスババ」のテーマとも呼応している。

会場風景より、「立ち上がれキクオ」シリーズ

「おれと」シリーズが問いかける弱さの象徴

小部屋に展示されているのは、「おれと」シリーズの一部である。本シリーズは、鷹野自身とポートレイトのモデルが全裸で並ぶ写真作品だ。当初は、被写体の肌の色を適切に再現するための資料として制作され、カラーチャートのような役割を担っていた。しかし、次第に作品としての意味を持ち始め、今回の展覧会では象徴的な存在となっている。

会場風景より、奥に「おれと」シリーズが展示されている

本作を通して描かれるのは、「弱さの象徴」だ。担当学芸員の遠藤は、「お互いのもっとも弱い部分を預け合うというコンセプトは、現在の『強さが正義』とされがちな社会のなかで、重要な意味を持つ」と解説する。

これに対し、鷹野は次のように語る。

「本展の準備を始めた頃は、ウクライナで戦争は起こっておらず、世界の均衡はまだ保たれていました。しかし、それ以降、世界情勢は大きく変化し、暴力が顕在化し、『力』が求められる状況になっています。力に力で対抗するという構図が当たり前になっていますが、私はむしろ、その流れから外れることこそが必要なのではないかと考えました。本作は、発表をためらう気持ちもありましたが、この状況だからこそ出品すべきだと思い、お願いして展示させていただきました」(鷹野)

会場風景より

社会のなかで生きのびるための視点を、静かに問いかけながらも力強く提示している本展。迷路のように構成された展示空間を巡り、鷹野隆大の世界をぜひ体験してほしい。

ハイスありな(編集部)

ハイスありな(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集部。慶應義塾大学大学院社会学研究科博士課程単位取得退学。研究分野はアートベース・リサーチ、パフォーマティブ社会学、映像社会学。