年末年始に旅行というのもなかなか難しいこんな世の中、クリスマスや正月は家でゆっくり、という人も多いだろう。それを演出するのがクリスマスプレゼントだったりするわけだが、どこにも旅行することができないのなら、「世界」を家に呼び込むというのはどうだろう? そのツールこそが写真集だ。
欧米では写真集をプレゼントするというのは身近なこと。アーヴィング・ペンの名作と言われる写真集『Flowers』は、アメリカではポピュラーなクリスマスプレゼントだと聞いたことがある。パリ随一の高級デパートボン・マルシェでは、ノエルの季節になると最上階のアート本売り場が大盛況だったのを思い出す。日本ではまだ馴染みの薄い習慣かもしれないが、わたしは「こんなに素敵なことがあるんだ」と日々触れ回っている。
ちょっと気取ったことをいうと、写真集選びはワインを選ぶのに似ている。つまり、直感で買っても楽しめるし、じっくり吟味する楽しさもあるというわけだ。わたしは仕事柄よく、写真集を選ぶときのコツはあるのかと聞かれる。ズバリ、そのときの気分に合っているか、プレゼントとして贈るならその人の雰囲気や好みに合っているかに尽きると思う。写真集を買うのに大義なんていらないとわたしは思っている。好きなものを買えばいい。それだけ。
ただ、それだけじゃあまりにぶっきらぼうなので、今回はソムリエ然としてクリスマスから正月にかけてのゆっくりした時間を豊かに、ハートウォーミングなものにしてくれそうな写真集を選んでみようと思う。ちなみに、わたしが人生の一時期を過ごしたフランスでは、そこに集うみんなが同じものを食べて同じワインを飲んで歓びを共有することに意義があるとおしえられたことがある。ここで紹介する写真集も同じで、恋人や家族といった身近な人と一緒に見てそのおもしろさを共有し、話し合えることを前提に選書してみた。
極上のラブストーリー映画を見ているかのような
アンドレ・ケルテス『Polaroids』(W.W.Norton & Company、2007)
その場で画像が徐々に現れるご存知ポラロイド。ケルテスがこれで撮った写真だけを集めたのが本書。色彩や画面構成がうっとりするほど美しい。なかに、人の肩から上を象ったようなガラスのオブジェが何度も出てくる。じつはこれ、ケルテスが亡き妻に見立てたもの。それを知って見ると、写真が語りかけてくる力に驚く。小さい本ながら長編の恋愛小説や映画にも匹敵する見応え。
思わず、子供の頃の宝箱を取り出したくなってしまう
鈴木敦子(すすき・あつこ)『Imitation Bijou』(DOOKS、2019)
タイトルは英語とフランス語のメランジェで“おもちゃの宝石”という意味。赤い文庫版サイズの装丁は子供の頃に持っていた宝石箱を思い出させるかのよう。鈴木が日常生活のなかで出会った、特別ではないけれども宝石のように愛おしく美しい瞬間が、まさに赤い小箱に大切にしまわれているという印象を受ける。
アクリルのケースにオリジナルプリントと本を収めた特装版もある。
「そんなにおもしろくない」物語から生み出された美しきミステリー
細倉真弓『TRANSPARENCY IS THE NEW MISTERY』(MACK、2016)
本作のイメージソースはJ・G・バラードのSF小説『結晶世界』。細倉は「話自体はそんなに面白くないけれど、水晶が世界を覆っていく描写がすごく美しい」と語っている。本書はその美しさが彼女の視覚を通した世界観に置き換えられた、まさに写真が紡ぐ新たなミステリー。その透明感に思わず息を飲んでしまう。小説とともに楽しむというのも贅沢な時間の使い方ではないだろうか。
ぜったいに現代写真が好きになってしまう1冊
ジョエル・マイエロヴィッツ『Wild Flowers』(Damiani、2021)
アーヴィング・ペンの『Flowers』しかり、やはり写真集でも「花」はいちばん外連味のないもの。けれど、この写真集はすごい。“野生の花”というタイトルだが、写されているのは街中で花を持って歩いている人や、花柄の服を着た人、ショーウィンドウに飾られた花……とにかく街中の「野花」を撮りまくっている。なんて明快で切れ味のいいコンセプトだろう。マイエロヴィッツはアメリカの「ニューカラー」と呼ばれる写真の動向をリードした写真家で、静謐なカラー写真が持ち味。本書は1983年に小さな写真集として刊行され長らく絶版になっていたが、83年以降に撮ったのもの加えて、2021年に新版が刊行された。
本という“美術品”をもつ幸せをおしえてくれる1冊
O'Tru no Trus『True noon』(私家版、2021)
(*銀座蔦屋書店、NADiff a/p/a/r/t、 NADiff Contemporaryで取扱いあり)
沖縄を拠点に、海に流れ着いた漂流物を用いて作品を作る種村太樹と尾崎紅によるアートユニットO’Tru no Trus。本書は彼らの作品集だが、写真集といってもいい見応え。さらに本書が特徴的なのは、表紙の絵柄、背の箔の付きぐあい、スリップケースの形状が1冊1冊違っていることだ。同じものが1冊としてない、それ自体が美術品にも匹敵する美しい作りで、本を所有するという歓びも満たしてくれる一期一会な1冊。橋詰冬樹・ひとみ夫妻が主宰するTOR DESIGNの本造りに対する情熱が伝わってくる。
正月といえば? なあの楽園と日本の意外なつながり
岩根愛『KIPUKA』(青幻舎、2018)
コロナ前は、正月休みといえば旅行という人も多かったのではないだろうか? 正月の旅行といえば芸能人がハワイに旅立つ映像が毎年のように放送されるが、ハワイと日本の意外な関係をご存知だろうか?
作者の岩根愛は、初めてハワイを訪れた時に日系移民の墓を見つける。そのルーツをたどっていくうち、ハワイのボンダンス(盆踊り)で歌われる盆唄が相馬音頭であることを知る。日系移民と岩根がつなぐハワイと福島。その関係性の深さと歴史をたどった渾身の写真集。
想像で旅行をするなら、壮大な旅へ出てみたくなるというもの
西野壮平『WATER LINE: A Story of the Po River』(Damiani、2019)
イマジネーションで旅行を疑似体験するなら、壮大な旅に出てみたいものだ。西野壮平は「我々の体内を流れ、生きていくのに不可欠な水が、どこから来てどこへ向かうのか、水が人間の暮らしにどう結びついているのかを、一本のある川を見ることでこの目で確かめて見たかった」という欲求から、アルプスからアドリア海へそそぐ、全長650kmにおよぶイタリア最大の河川ポー川の流域を自らの足で歩いて撮影した写真集。「一本のある川」がどれだけの人間を生かしているのかという、地球と人間の関係がリアルに浮かび上がってくる。
日常に潜む小さな事件が想像力を膨らませる
オカダキサラ『©︎TOKYOやさしくやさしく閉じてください』私家版、2020
オカダキサラの写真のなかでは、何か不思議なことが起こっている。まったく関係のない人が同じ方向を見ていたり、女性が車道の真ん中に足を伸ばして座っていたり、1枚1枚のなかで“小さな事件”が起こっているようだ。この人たちは何をしてるの?
みんな何を見ているんだろう? という不思議な違和感は演出したかのように見えてくるほど、いろいろなことを想像させる。スナップ写真のおもしろさを再認識させてくれる写真集だ。
まだまだ紹介したい写真集はたくさんあるけれど、実際に書店で気になるものを見てみてほしい、というのもまたわたしの希望でもある。写真集を多く扱っていて実際に中を見られるというのは写真集選びにはとても大切だ。都内でまず訪れてみやすいというところでは銀座SIXと代官山の蔦屋書店。どちらも取り扱い冊数も多いし、併設するスターバックスで本を見ることもできる。恵比寿のNADiff a/p/a/r/tも写真集の取り扱いが多く、つねにいろいろなフェアやインストアの展覧会もやっている注目の書店。
そのほか、書店・カフェを併設する目黒のギャラリー ふげん社、吉祥寺のbook obscura、代田橋のflotsam books、代々木八幡のSO BOOKS、神宮前のShelf、南青山のSKWAT/twelvebooksなどの写真集を専門に扱う書店、個人経営の書店も見逃せない。これらの中には古書も扱っている店もあり、一般書店とはまた違ったラインナップを見ることができる。店主たちはもちろん写真集が大好きでお店をやっているのだから、写真集を選ぶ上での最良の相談相手になってくれるだろう。
写真集を買うのはこんなに愉しいことだけれど、大切な人を想ってその人のために選んでみるというのも、また心がこもっていて素敵なことだな、と思う。
打林俊
打林俊