東京都写真美術館外壁にて、トニー・コークスの作品
総合開館30周年を迎える東京都写真美術館全館および恵比寿各所で行われる「恵比寿映像祭」が1月31日に開幕した。
恵比寿映像祭は、多様化する映像表現に目を向けて発信する国際フェスティバルとして2009年に始まり、今年で17回目。2月16日までの15日間、展示や上映、ライヴ・パフォーマンス、トーク・セッションなど様々な催しが行われる(コミッション・プロジェクトは3月23日まで)。今年は11の国・地域から総勢39人の作家が参加する。メイン会場である東京都写真美術館の見どころを紹介したい。
2025年度の総合テーマ「Docs ―これはイメージです―」は、「コミッション・プロジェクト」のファイナリストに選ばれた4人の作家の作品に由来する。「ドキュメンタリー」の概念を出発点とし、それぞれの作品は従来の「記録」のあり方を問い直していく。東京都写真美術館の3階からスタートする本展は、個人的な視点から社会的な視点へと広がり、「ドキュメント/ドキュメンタリー」を再考するきっかけを提示する。
ろう者である牧原依里は、視覚と手話を中心に、身体感覚の視点から作品制作に取り組んでいる。「コミッション・プロジェクト」のために制作された《3つの時間》(2025)は、作家が共同で運営する手話を拠点としたワーキング・プレイス「5005」を舞台に、映像の可能性と、映像を見る観客と映像のあいだで起こる化学反応を探る作品だ。
小田香はイメージと音を介して「人間の記憶のありか」について探求する作品を展開している。新作《母との記録「働く手」》(2025)は母を撮影し続けるなかで、家族としての母だけでなく、ひとりの人間としての母の人生を描いた作品である。ふたりの作品は、それぞれプライベートな視点から出発しながら、個人の経験を超えて広がる物語を紡ぎ出しているのだ。
東日本大震災後、ボランティアで東北を訪れたことをきっかけに瀬尾夏美(画家・作家)とアートユニットとして活動開始した小森はるかは、新潟水俣病の患者支援に尽力してきた旗野秀人を追ったドキュメンタリー《春、阿賀の岸辺にて》(2025)を展示。映像作品とともに、関連するアーカイヴ資料も多数展示されており、両方を通して作品の背景をより深く理解できる構成になっている。
永田康祐は食や植民地の歴史のリサーチに基づいて、様々な語りが交錯する複合的な作品を出品。《Fire in Water》(2025)は、日本と韓国の似た文化がいかにして衝突し、いっぽうが他方を同化または他者化したのかについて、微生物や細菌、法制度、規範といった目に見えない存在を通して考察する。
2階のスペースには国境や時代を超える魅力的なラインナップが勢揃いする。映像監督アピチャッポン・ウィーラセタクンによる《Box of Time(時間の箱)》(2024)は作家が近年訪れた場所を記録した彫刻的作品。5種類の透明なアクリルの箱に2分から1年までの時間を凝縮した52枚の写真を収め、時間の体験や知覚に関する様々な視点を浮かび上がらせる。それぞれの箱を手に取ることができ、これによって表面からは見えなかった仕掛けを発見することもできる。
シンガポール出身のプリヤギータ・ディアは東南アジアの労働史に着目した《The Sea is a Blue Memory》(2022)を出品。本作は、マレーシアに渡った契約労働者の個人や歴史的な要素を絡めながら、限りなく青い「海」を集合的な記憶の場として3Dアニメーションで再現している。
2024年のヴェネチア・ビエンナーレに参加したカウィータ・ヴァタナジャンクールは、現代の過酷な労働状況と物質主義の交差性を浮き彫りにし、身体を用いたパフォーマンスを記録した映像作品を制作している。今回はふたつの作品を出品。2階で展示されている《A Symphony Dyed Blue》(2021)は、化学染料によって汚染される川を記録したドキュメンタリー《River Blue》(2017)にインスパイアされ、自然環境の問題について問いかける。いっぽう、1階のスペースには代表作《The Toilet》(2020)も見つけることができる。
地下1階のスペースでは、東京都写真美術館のコレクションから厳選された作品が展示されている。写真技術の先駆者であるウィリアム・ヘンリー・フォックス・タルボットや、ヴィクトリア朝時代の写真家ジュリア・マーガレット・キャメロンの作品をはじめ、杉本博司の<劇場>シリーズも並ぶ。さらに、修復を施した古川タクの作品や、藤幡正樹のメディア作品も展示され、写真表現の歴史と進化をたどることができる。
この空間でひときわ存在感を放つのが、台湾出身のアーティスト、劉玗(リウ・ユー)によるヴィデオと空間インスタレーション《If Narratives Become the Great Flood》(2020)だ。本作は、口承で受け継がれてきた「大洪水」の神話をテーマに、断片的な歴史やことわざを現代社会と結びつけることで、人々の共通記憶を新たなイメージとして提示する。観客を巻き込む演出と響き渡るサウンドは、まるで演劇が目の前で繰り広げられているかのような没入感を生み出し、神話と現実の境界を曖昧にしていく。
どこか懐かしさを感じさせる《Social Circles》(2023)は斎藤英理による作品だ。本作は8ミリフィルムで撮影され、車窓からの風景や海に浮かぶ石、岸壁など、人影の少ない自然の映像に語り手の独白が字幕として重ねられている。ソーシャルメディアの普及により世界がつながるいっぽうで、他者との対話がより複雑になるという感情の揺らぎを映像詩的に表現している。同じ空間に展示されたサウンドインスタレーション《またね》(2015/2022)もまた、他者に投影されるイメージを探求し、見る者に新たな気づきを促す。
東京都写真美術館の入口付近で観客を出迎えるのはトニー・コークスによる作品。コークスは1980年代から現代まで、コークスは歴史的・文化的な転換点を独自の視点で再解釈し、映像作品や平面作品として表現してきた。今回は東京都写真美術館の館内外および恵比寿ガーデンプレイスにて、3つの作品を見ることができる。「ソウルの女王」として知られるアレサ・フランクリンへの追悼作品《The Queen is Dead ... Fragment》(2019)は、彼女の公民権運動における功績と遺産を現代に伝える。《Free Britney?》(2022)は、ポップスター、ブリトニー・スピアーズが13年以上にわたり続けた成年後見制度からの解放を求める法廷闘争に焦点を当てる。さらに、Evilシリーズの一環として展示される《Evil.66.2》(2016)は、2016年のアメリカ大統領選挙前のメディアから収集したドナルド・トランプの発言を取り上げ、そこに潜む偏見や女性蔑視的な態度を浮き彫りにする。
このほかにもシンポジウム、トーク&ワークショップ、地域連携プログラムなど、盛りだくさんの15日間。公式サイトを参照のうえ、気になるプログラムへの参加をおすすめしたい。