公開日:2025年6月16日

2026年ヴェネチア・ビエンナーレ日本館は、高橋瑞木・堀川理沙が史上初の共同キュレーション。荒川ナッシュ医とともに記者会見で制作構想を明かす

第61回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展は、2026年5月9日〜11月22日にイタリア・ヴェネチアで開催

左から、堀川理沙、荒川ナッシュ医、高橋瑞木 イサム・ノグチ《オクテトラ》のあるこどもの国にて 横浜 写真:細川葉子

日本館史上初の共同キュレーターが決定

2026年5月9日から11月22日まで開催される「第61回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展」の日本館において、参加作家・荒川ナッシュ医による指名を受け、高橋瑞木堀川理沙の共同キュレーションが決定した。日本館70年以上の歴史で初となる共同キュレーター制で、新たな座組への挑戦となる。

同展の総合ディレクターには、コヨクオツァイツアフリカ現代美術館エグゼクティブディレクターチーフキュレーター)が就任予定だったが、今年5月10日に急逝。ヴェネチア・ビエンナーレ財団は、クオの遺族の同意と支援のもと、彼女が構想した企画とテーマ「In Minor Keys」を忠実に実現するとしている。本テーマは音楽の短調から着想を得たもので、日常の混沌のなかでより繊細で静かな世界の周波数に耳を傾けることをコンセプトとしている。

「コレクティヴ」としての制作アプローチ

6月14日に国際交流基金主催の記者会見が対談形式で開催され、荒川ナッシュ医と共同キュレーターの高橋瑞木、堀川理沙が登場した。記者からの質問に答えるかたちで、展示に向けた意気込みと制作方針を明らかにした。

荒川ナッシュ医は、福島県生まれの日系アメリカ人で、現在はロサンゼルスに在住するクィア・パフォーマンス作家。他者とのコラボレーションを活動の基本とし、「私」という主体を揺るがしながら、アート作品や作家の主観の不確かさをグループ・パフォーマンスとして表現している。

今回の企画について「私自身がコレクティヴとして活動することが多いので、制作チーム自体もコレクティヴという感覚で共同キュレーターをお願いした。共同キュレーターは70年以上あるなかで一度もないので、新鮮さもある」と説明した。

左から、堀川理沙、荒川ナッシュ医、高橋瑞木 イサム・ノグチ《オクテトラ》のあるこどもの国にて 横浜 写真:細川葉子

さらに、選定の理由を問われた荒川ナッシュは、高橋との関係について「震災が起こった年に、フェミニズムの展覧会(「クワイエット・アテンションズ 彼女からの出発」水戸芸術館 現代美術ギャラリー、2011年2月12日〜5月8日)を高橋さんがキュレーションしたときに一緒に仕事した経緯がある。アーティストとキュレーターの信頼関係は日本館で重要だと思う」と振り返った。いっぽう、堀川については「ヴェネチアという場所が近代のコロニアリズムと関係している。堀川さんはアジアのなかで日本の植民地主義や近代美術の成り立ちを研究・実践されている方なので、3人で学べるものがあると思った」と説明した。

異なる拠点から参画する共同キュレーター

高橋は、香港のCHAT香港紡文化芸術館のエグゼクティブ・ディレクター兼チーフキュレーターとして、2020年からミュージアムの基本方針の立案、組織とプログラムの企画設計を主導している。元紡績工場を改装したヘリテージミュージアムで、テキスタイルを切り口とした展覧会を企画し、アジアの現代美術作家たちと歴史や政治、伝統や技術、ジェンダーや労働問題を探索する活動を続けている。

高橋瑞木 写真:細川葉子

高橋は意気込みを問われ「非常にワクワクしている。初めての座組になることも、日本館で初めてパフォーマンスをやることも新鮮で、3人で日々激論を交わしながら作っている」と制作過程を紹介。今回のプロジェクトに寄せたメッセージで、荒川ナッシュについては現代美術の前衛性を自分の人生や生活と結びつけながら追求するアーティストと評し、「彼の作品や展覧会を作ることは、様々な人と一緒に赤子を育てるようなもの。共同育児のプロセスへの参加に責任と大きな喜びを感じている」とも述べた。

堀川は、シンガポール国立美術館のシニア・キュレーター兼キュレトリアル&コレクション部門部長として、同館設立に準備段階から関わり、コレクション及びアーカイヴ形成やアクセシビリティに関するストラテジーを担っている。近年は東南アジア・東アジアを中心に交錯するモダニズムを、とくに1930年代から40年代に重きを置いて調査している。

堀川理沙 写真:細川葉子

堀川は寄せたメッセージで、日本の外部にいるからこそできることは山積みとして、「『日本』の周縁にいる私たち3人が共同で日本館の歴史をどう塗り替えられるか、重責を感じながらも楽しみ」と述べている。さらに会見では、「3人で顔合わせをするのは今日初めて。シンガポールに移ってから現代アートから少し離れていたところにいたので、今回の話は本当にびっくりだった」と振り返った。

「何者でもない存在」をナショナルパビリオンに

荒川ナッシュが今回構想したタイトルは「乳児たち、ナショナリズムにひたむきにイヤイヤ!」(仮題)。記者から作品の具体的なプランを問われた作家は「双子の子供と数多くの乳児人形などが会期中に出演し、観客をも参加させる大規模なインスタレーションになる予定。子育てを通してどういった未来を作っていくかを考える」と構想を明かした。子供は「何者でもない存在」とし、そのような存在をナショナルパビリオンという場に登場させることの面白さを追求するという。

LGBTQやディアスポラにまつわる課題についての質問に対し、荒川ナッシュは「自分のなかの日本というものを内省したり、移民の歴史やアイデンティティの問題がどう子供と関わっていくのかを、実質的に作品を通して考える。移民問題やジェンダー、フェミニズムの問題が複数同時に関わってくることを、パフォーマンス的なアプローチでやろうと思う」と答えた。

また、「ナショナルパビリオンの矛盾を素材として、カッコ付きの日本から排除される人を意識しつつ、開かれたものにしていく」との方針を示した。

左から、荒川ナッシュ医、堀川理沙、高橋瑞木 イサム・ノグチ《オクテトラ》のあるこどもの国にて 横浜 写真:細川葉子

オーディエンス発掘・育成としての資金調達

記者からファンドレイジングについて質問された荒川ナッシュは、現在の国際交流基金予算2500万円に対し「2倍以上の資金調達を目指す」と表明。東京、アメリカ、シンガポール、香港の4拠点でファンドレイジングを計画している。

高橋は「ファンドレイジングをオーディエンス発掘・育成としてとらえることができる。展覧会を作ることで作家が次のステップに行けるとか、社会的にインパクトを与えられるということを説明することは重要」と意義を説明。作品への理解を深める機会としても活用する考えを示した。

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