公開日:2025年12月1日

映画『トリツカレ男』に見た、「何かに夢中になること」の喜びと孤独

TABのスタッフが気の向くままに更新する日記。今回は編集部・後藤が新作の劇場アニメについて語ります。

11月7日から公開されている映画『トリツカレ男』を見ました。

本作はこれまで4度にわたって舞台化もされている、いしいしんじによる同名小説が原作。『映画クレヨンしんちゃん ガチンコ!逆襲のロボとーちゃん』などの髙橋渉が監督を務め、脚本は劇団ロロの三浦直之、音楽はAwesome City Clubが担当したミュージカルアニメーション作品です。

主人公は、何かを好きになると“取り憑かれた”ように無我夢中になり、周りが見えなくなることから「トリツカレ男」と呼ばれている青年ジュゼッペ。ある日、彼が風船売りの女の子ペチカに一目惚れしたことから始まる物語が描かれます。

独特の直線的なキャラクターデザインは荒川眞嗣によるもの。アニメーション制作は『ドラえもん』『クレヨンしんちゃん』などで知られるシンエイ動画が手がけており、手書きによる温かさのあるアニメーション表現も魅力のひとつです。

本作では何かに夢中になることの楽しさや喜び、そのエネルギーがいきいきと描き出されています。ジュゼッペに親友のハツカネズミ・シエロがかけた「何かに本気で取り憑かれることは、みんなが考えているほど馬鹿げていることじゃないと思うよ」「君が本気を続けるなら、いずれ何かちょっとしたことで報われることはあるんだと思うよ」といった言葉はその象徴でしょう。

ジュゼッペはペチカに出会う前、三段跳び、探偵、歌、昆虫採集、言語など様々なことに夢中になり、そのたびにほかのことが見えなくなって、仕事も手につかなくなっていました。コロコロと好きになるものが変わるので飽きっぽいともいえるのかもしれませんが、笑顔に曇りのあるペチカの心を救おうと奮闘するときに役立ったのは、これまで取り憑かれてきた数々の技術や行動でした。

いっぽうでこの作品は、何かを好きになること、夢中になって突き進むことの孤独やある種の狂気も描いていると感じました。そしてそれが人に向かったときの少しの怖さも感じました。

何かをすごく好きになって夢中になる気持ちはコントロールできることではありません。しかし「取り憑かれている」という言葉が表しているように、それは良くも悪くも「普通」の状態ではない場合もあるかもしれません。「本気を続ける」ことには覚悟や胆力も必要で、「ちょっとしたことで報われる」ことがあったとしても、報われないことも周囲から理解されないことも多いはず。とくに夢中になる対象が生きている人間になると、相手がどう受け取るかはこちらにはコントロールしようがないし、その好意は加害性を持つこともある。終盤ジュゼッペがまさに取り憑かれたようにペチカのために続けた行動は、その“夢中”が彼自身をも削っていく危うさが描かれます。そうした心がざわつく場面も含めて、「何か/誰かに夢中になること」について考えさせられた作品でした。

後藤美波(編集部)

後藤美波(編集部)

「Tokyo Art Beat」編集部所属。ライター・編集者。