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この週末は第97回アカデミー賞で作品賞、監督賞、主演女優賞、脚本賞、編集賞を制覇した話題作『ANORA アノーラ』を観ました。ニューヨークを舞台に、若きストリップダンサーのアニーことアノーラが自らの幸せを勝ち取ろうと奮闘する物語です。
正直に告白します! 最初は見たくありませんでした。「現代版シンデレラストーリー」というマーケティングに辟易していたこともありますが、もうひとつの理由は自分がロシアにルーツを持つからです。そのためロシア語のコンテンツをためらう気持ちがたびたびあります。
でも蓋を開けてみれば、これは恋愛映画ではなく、アニーの成長を描いた傑作でした。だって、劇中に相手のイヴァンもアニーも恋に堕ちる様子がひとつも描かれていませんでしたし、心すらつながっていなかったです。
それでも結果的に、映画に満点の5つ星を久しぶりにつけました。理由は、ロシア語話者の「生の言語」があまりにも面白かったから。
ここからが本題です。この映画の核心は「言語の壁」にあるのに、字幕(吹き替えならなおさら)がその面白さを全く伝えきれていないのです。マーク・エイデルシュテインが演じる御曹司イヴァン、ユーリー・ボリソフのイゴール、彼らの片言な英語。イヴァンの母親に見下されるアニーのつたないロシア語。そしてアルメニア人のトロスとガルニクによる3ヶ国語ミックス——これらが「字幕」という標準化によって、多くの文脈と面白さを失ってしまいました。
とくにロシア語は世界最大の悪口文化。可愛らしい表現から放送事故レベルまで、自由に改造できる無限の語彙があります。本作の素晴らしさは、まさにロシア語話者のこの自由度にある。ロシア語って、そういうものなんです。
ところが驚いたことに、ロシア国内ではロシア語部分も吹き替えになっているそうです。さらに、ロシアで使用禁止されている「Instagram」まで検閲に引っかかり、多くのセリフが言い換えになりました。これではせっかくの文脈が失われ、マイルドな作品になってまったのです。
他国の映画を観るとき、その文化に触れることになりますが、共通言語でつながるいっぽうで、多くのものを失うことにもなる。本作を見て、改めて強く実感したことです。
これはアニーのコミュニケーション方法ともつながっているのではないでしょうか。彼女は身体を通してコミュニケーションしていましたが、最後には非身体的・非言語的に心が通じる印象的なシーンもありましたね。もし周りにロシア語話者の知り合いがいたら、ぜひ本作を解説してもらってください!
ユーリー・ボリソフがなぜこんなにチヤホヤされているのか理解できずにいましたが、劇中で「Hi」と言われた瞬間に完全に終わっていました。
まだまだ本作について語りたいことがありますが、今回はここまでです。次回の編集部日記もお楽しみに。
灰咲光那(編集部)
灰咲光那(編集部)