Apple TV+『セヴェランス』シーズン2
この3年ずっと楽しみにしていたドラマが、とうとう終わってしまいました。Apple TV+のオリジナルシリーズ『セヴェランス』の新シーズンのことです。
2022年にシーズン1が配信された本作は、ベン・スティラーが製作総指揮と監督を務めたことでも話題になり、エミー賞で14部門にノミネートされるなど、高い評価を受けました。
物語の核となるのは、私生活の人格と仕事中の人格を分離する「セヴェランス」という技術。謎に包まれた企業・ルーモン産業が開発したこの技術によって、脳神経の手術を受けた社員たちの物語が展開されていきます。
「究極のワーク・ライフ・バランスを描く」とも紹介される本作では、会社の中の自分(インニー)は、自分が会社の外でどんな家に住み、どんな暮らしをしているかを知りません。逆に、会社の外の自分(アウティー)は、自分が社内でどんな仕事をし、誰と関わっているのかをまったく知らないのです。たとえばシーズン1の序盤では、私生活である事件により悲嘆に暮れている主人公マーク(アダム・スコット)が、社内では忠誠心あふれるチームリーダーとして生き生きと働いていました。
人格は、出社して会社のエレベーターに乗るときに切り替わり、インニーは退社した次の瞬間には出社しているというループを生きています。セヴェランス手術を決断したのはアウティーなので、インニーが辞職を望んでも、アウティーが辞表を出さない限り会社を辞めることはできません。
仕事の自分とプライベートの自分。多くの人にとって、ある程度その切り替えは日常的に行っていることのような気もします。私生活が仕事のストレスの影響を受けないという点では、セヴェランス手術は魅力的に映るかもしれません。でも、同じ肉体を持ちながら人格を完全に切り替えることは、本当に可能なのでしょうか。
シーズン1では、インニーたちが少しずつ会社に疑問を抱き始め、やがてルーモン産業の闇に迫っていきます。そしてインニーがインニーのままで外の世界と接触しようとする計画を実行。驚きの展開を迎えてシーズンは幕を閉じました。
そこから待つこと3年。ニューヨーク・グランド・セントラル駅にキャストとともにルーモン社のセットが登場するという大掛かりなプロモーションでも話題を集め、ようやくシーズン2が今年1月に配信開始。3月に最終話を迎えました。
シーズン2では、さらにインニーとアウティーの対立が深化し、予測不能の展開の連続。アウティーあってのインニーなはずなのに、そのバランスが崩れていき、私たちが見ているのはインニーの彼らなのか、アウティーの彼らなのか、見る者の認識も揺るがされていきます。抑圧された自分と抑圧しようとしている自分、「本当の自分」といえるのはどちらなのか。仕事とプライベートという二項対立を超えて、「自己とは何か」という哲学的な問いに巻き込まれていくような、知的な快楽に満ちた作品でした。
さらにルーモン社の不穏さを演出する無駄のないセットや、緻密に計算された芸術的なカメラワークも本作の大きな魅力のひとつです。ラブストーリーの側面も色濃くなったシーズン2のラストでは、マークとルーモンにまつわる驚きの事実が明かされ、マークがある選択をして物語は終幕を迎えました。現地メディアで「過去10年間で最高のテレビ番組のひとつ」と称されるのも納得の完成度でした。
「もしも仕事とプライベートで人格を分離できたら?」というシンプルなアイデアを唯一無二のスリラーSFへと昇華させた『セヴェランス』。今シーズンは、仮にここで終わったとしても納得できるような美しいラストでしたが、まだまだ明かされていない謎も多く、ルーモン社を取り巻く個性的なキャラクターたちのその後もとても気になります。すでにシーズン3の製作も決定しているようですが、今度は3年も待たされないことを祈りつつ、次の展開が楽しみです。