HYPHEN—《A roundabout: Blooming mementos, towards monumen》(2025) ジム・トンプソン・アート・センターの会場風景
バンコクにあるジム・トンプソン・アートセンターがバンコク・アート&カルチャー・センター(BAAC)と共同で展覧会「The Shattered Worlds: Micro Narratives from the Ho Chi Minh Trail to the Great Steppe」を開催しています。会期は7月6日まで。
本展は、冷戦がもたらした残滓と影響を検証するもので、東南アジアとユーラシア大陸出身のリサーチベースのアーティスト13組が参加。冷戦の歴史と現在までの余波について、東西冷戦時代において「第三世界」と呼ばれた地域の立場から語り直すものでした。ちょうど先日の4月30日が「ベトナム戦争終結50年」ということで各地でイベントや様々な報道がありましたが、アーティストの視点から歴史と表象の関係に迫る展覧会です。
50年の節目といえば、本展は主催のジム・トンプソン・アートセンターを運営するジェームズ・H・W・トンプソン財団の創立50周年を記念する国際展として企画されています。タイ・シルクを世界に広めたアメリカ人実業家ジム・トンプソン。その名前を冠したシルクの最高級ブランド「ジム・トンプソン」は日本人もタイ土産によく買ったりしていますが、その創設者自身は「シルク王」になる前、第二次世界大戦中にアメリカの諜報部員としてタイに派遣され、日本軍に対する秘密作戦に従事する予定だったところを、日本の降伏によってそのままタイに留まった……という日本とも数奇な関わりのある人物です。
そんな歴史を感じながら訪れた本展は、アメリカとソビエト連邦とを軸に語られることが多い冷戦に、新鮮な視点を加えるものになっていました。
たとえば、ジム・トンプソン・アートセンターで展示しているインドネシア拠点のグループ「HYPHEN-(ハイフン-)」は、1955年に開催された「アジア・アフリカ会議」におけるインドネシアの役割の再検証を中心とするインスタレーションを発表。ポイントは、こうした地政学的な場で「花」というモチーフ/シンボルがどのように機能したかをひとつの焦点としていたこと。
また冷戦時の宇宙開発競争から一見遠そうなインドネシアにおいて、ソ連の宇宙飛行士であるユーリイ・ガガーリンとスプートニク号が非常な人気を誇っており、そうした宇宙飛行士らの存在がある種のソフトパワーとして政治にも利用されていた、ということも示されていました。スカルノ大統領と会話するガガーリンの写真資料とともに、かつてあったスプートニクの名を冠したケチャップ、2021年になってジャカルタの公園に設置されたガガーリンの彫刻のミニチュアなども会場に並んでいて、こうした表象に着目して点と点とを結ぶ歴史の見せ方はアーティストならでは。学びを得ながら、自分がアジア人であるにもかかわらず、いかにアジア地域の歴史や政治体制について知らずにきたかという反省も湧いてきます。
BAACでは8階のフロアを使って複数のアーティストの作品が展示されており、森美術館で個展を開催したディン・Q・レの映像作品も。個人的に面白かったのは、バンコク拠点のチュラヤ ー・ンノン ・シリポン(Chulayarnnon Siriphol)によるムエタイをテーマにした映像作品。冷戦時代にムエタイはナショナリズムを促進する役割を担い、タイ社会における政治や「男らしさ」の概念と深く関わってきたそうです。ムエタイ選手は肉体的な強さを誇るマチズモの象徴であり、しかし同時にパトロンに支配されたヒエラルキーの最下層に置かれる立場でもある。そんなアンビバレントな存在を映し出す映像には、絵具を浸したグローブによる画布へのパンチも登場。ギュウちゃん(篠原有司男)を彷彿とさせるものの、こちらは爆発的なエネルギーの発散というよりも、パンチを重ねるほど肉体や個人の脆弱性がむしろ際立つような印象を持ちました。
また、ポーランドの写真家ラファウ・ミラハ&スプートニク・フォト・コレクティヴ(Rafal Milach & Sputnik Photo Collective)による、ソ連崩壊後のイメージとしての壁紙を使った展示と、ワルシャワで行われたウクライナ連隊と反戦のための抗議活動をとらえた映像は、かつての「冷戦」が現在の世界情勢にまで大きく影響を与えていること、その延長線に今日の暴力とそれへの抵抗も存在することを改めて示していました。
今年は「終戦80年」の節目として、これから日本各地でも第二次世界大戦や被爆をテーマに扱う展覧会が続々と開催されるでしょう。そこでアート作品や展覧会がどんなヴィジョンを示すのかに期待しつつ、日本において「終戦」とされる年に始まった「冷戦」とその余波、そして現在進行形で起きている戦争についても、学んだり、行動をすることを忘れないようにしたいと改めて思いました。
The Shattered Worlds: Micro Narratives from the Ho Chi Minh Trail to the Great Steppe
会期:4月3日〜7月6日
会場:ジム・トンプソン・アートセンター(ギャラリー1&2)、バンコク・アート&カルチャー・センター(BACC)8階 メインギャラリー、ウィリアム・ウォーレン・ライブラリー、ジム・トンプソン・ハウス・ミュージアム
キュレーター:グリッティヤ・ガウェウォン(Gridthiya Gaweewong)
共同キュレーター:リンラダ・ナ・チェンマイ(Rinrada Na Chiangmai)、シャナポン・ジャンホン(Chanapol Janhom)
公式サイト
福島夏子(編集部)
福島夏子(編集部)