横浜美術館「佐藤雅彦展」会場風景より、「ピタゴラスイッチ」の「ピタゴラ装置」の展示
横浜美術館はリニューアルオープン記念展として、6月28日から「佐藤雅彦展 新しい×(作り方+分かり方)」(読み:さとうまさひこてんあたらしいつくりかたとあたらしいわかりかた)を開催する。会期は11月3日まで。広告、ゲーム、音楽、テレビ番組など、様々なメディアを舞台に大ヒットコンテンツを生み出し続けてきた佐藤雅彦。その約40年の歩みを振り返りつつ、その作品の裏側にある方法論をこそ見せるという、これまでにない展覧会だ。
「ピタゴラスイッチ」「バザールでござーる」「だんご3兄弟」「スコーン」「モルツ」「ポリンキー」「I.Q Intelligent Qube」「0655/2355」……現代の日本で生活する者にとって、どれもお馴染みのCMや作品の数々。これらはすべて佐藤雅彦が生み出してきたものだ。
しかし記者会見に登壇した佐藤は、「ピタゴラスイッチを作った人」「だんご三兄弟を作った人」だと、“レッテル貼り”されることは不本意だという。佐藤が成し遂げようとしてきたこと……それは「作品を作る」ということではない。「今まで私がやってきたこと」は以下だと、佐藤は明示する。
どうすれば、あることが伝わるのか。
どうすれば、あることが分かるのか。
展覧会は、「作り方を作る」という佐藤のステートメントから始まる。冒頭にはこう書いてある。
私の自宅の机の前には、29歳のときに貼ったメモが40年以上たった今でも残っています。もうすっかり日焼けしたその紙片(しへん)には、やはりすっかり退色してしまっているインクで、こう着かれています。
別のルールで物を作ろうと考えている。
これが、表現力をまったく持ちあわせていなかった当時の自分が考え出した方法論の始まりでした。
「別のルール」、すなわち「新しい作り方」を考え、生み出していくこと。これこそが佐藤が40年に渡ってやってきたことであり、この展覧会を通して伝えたいことだという力強いメッセージだ。
展示は、表現に関する教育を受けたこともなかった佐藤が、“サラリーマン”として電通に入り、定規1本から試行錯誤したグラフィックデザインから始まる。
「『作り方』が新しければ、自ずと出来たものは新しい」。この確固とした信念が、キャリアの初期から一貫していたことに驚かされる。
1990年に入ると、佐藤は「ルールからトーンへ」という変化を迎える。
♪バザールでござーる
♪カローラIIにのって〜買い物に出かけたら〜(小沢健二)
♪ドンタコス ドンタコス ドンタコスったらドンタコス
♪ポリンキーポリンキー三角形のヒミツはね
1990年代にテレビを見ていた人なら、文字列だけですぐさまメロディとともによみがえるCMのフレーズの数々。商品名が繰り返され、リズミカルで抜け感があり、ユーモラスなこうした「音」の力が、人々を大いに惹きつけた。「音楽は映像を規定する」、そう佐藤は断言する。
本展の第2章では、佐藤が手がけた数々のCM映像とともに、個々の商品や企業が目指すべきブランドイメージを醸成し、視聴者を惹きつける世界観を提示する「トーン」という方法論について紹介する。
社会現象になるほど爆発的なヒットを飛ばした「だんご三兄弟」(1999)も、この「トーン」を発展させた先に生まれたものだった。
記者会見で印象的だったのは、「キャラクターがすごく苦手」という佐藤の言葉だ。バザールでござーるからポリンキー、だんご三兄弟など、人気キャラクターを生み出してきたからこそ、周囲には「キャラクターが好き」だと勘違いされることもあるという。しかし、キャラクターを生み出すのは、本人の好き嫌いを超えて、「それ(キャラクター)がないと伝わらないからやっている」とのことだった。
佐藤はまた、「自分のセンスがすごい」ということではない、とも強調する。そうではなく、「方法論」こそがすごいのだ、と。方法論があれば、自分のセンスと離れて、CMなどの作品を大量生産できる——。そんな佐藤の実践は、誰もが真似できるものではない。しかし佐藤は本展を通して、「(作品の)裏には“作り方”が鉱脈のようにある」ということを、来場者、特に若い世代のものづくりに関わる人々にわかってほしいのだと語った。
2002年には、慶應義塾大学での佐藤雅彦研究室での研究と実践をベースにした幼児教育番組「ピタゴラスイッチ」(NHK教育)が放映開始。現在に至るまで、国民的人気番組になっている。
展覧会では、番組にも登場する「ピタゴラ装置」4つが登場。またピタゴラ装置に使われる物品の数々も合わせて展示される。こうしたモノたちは、佐藤が1970年代から蒐集してきたものだという。
美術館入ってすぐのグランドギャラリー(無料)や、展覧会会場には、体験型の作品が設置されている。グランドギャラリーにある数字のついたカードを首から下げて、ゲートを潜ることで計算を行う《計算の庭》や、上階にある自分の指紋をスキャンするとそれが魚のようにディスプレイの池を泳ぎ出す《指紋の池》(2010)(ともに桐山孝司との共作)など、子供から大人まで楽しめる作品だ。
このほか展覧会では、「動きによって人の脳が何を認知するか」といったテーマや、佐藤の表現において重要な位置を占める「本」など、多角的な視点から「作り方」「分かり方」に迫る。
様々なコンテンツを世に送り出してきた、独創的なコミュニケーションデザインの方法論。それを佐藤本人が手を尽くして来場者に伝えようとする本展は、観る者のクリエイティビティを大いに刺激するはずだ。
*展覧会のオリジナルグッズ紹介記事はこちら
福島夏子(編集部)
福島夏子(編集部)