2025年のトップ10 出典:https://artreview.com/artist-ibrahim-mahama-tops-the-annual-artreview-power-100/
毎年恒例のアート界でもっとも影響力のある100組をランキングで発表する「Power 100」の2025年版が発表された。イギリスの現代美術雑誌『ArtReview』が2002年から毎年発表しており、全世界のアート界の識者から匿名で寄せられた意見をもとに、この12ヶ月間に現代アートの発展に貢献した100組をリストアップする。
トップに選出されたのは、1987年ガーナ生まれのアーティスト、イブラヒム・マハマ(Ibrahim Mahama)。2025年にクンストハレ・ウィーンで開催した個展では、イギリス植民地支配下で初めて建設されたガーナの鉄道網の歴史から着想を得た大規模な新作を発表。IMFの融資でガーナが輸入したディーゼル機関車の車体を、ガーナで昔から物資運搬に使われる何千ものヘッドパンの上に載せ、歴史・労働・資本の関係性を可視化した。


植民地主義、ポストコロニアリズム、そして工業化の物質的遺産といった主題に向き合ってきたマハマは、ガーナをはじめとするグローバルサウスにおいてカカオなどの輸送のために日常的に用いられる麻袋や輸送コンテナといった廃材を用いた作品で知られる。今年は麻袋を縫い合わせたキルトがベルン美術館とスコピエ近代美術館の外壁を覆ったほか、11月にプーケットで開催されたタイ・ビエンナーレにも参加している。

「Power 100」の選出理由コメントでは、「その表現はエル・アナツイ、スボード・グプタ、メルヴィン・エドワーズらの系譜に連なる」としたうえで、ランキング上位に選ばれた理由は、「アーティストでありながら“制度をつくる側”にも踏み込んでいる点にある」とする。マハマはガーナの労働力から誰が利益を得ているのかということへの疑問から、アート市場についても批判的なまなざしを向ける。自身の作品販売の収益を故郷にある文化施設へ再投資し、制作現場、レジデンス、教育、子供向けワークショップ、展覧会などの拠点として運営している。
こうした地域に根ざした制度構築者・教育者・コミュニティの代弁者としての活動が、従来の美術館やギャラリーのモデルが揺らぐ現在における、新しいアートの支援・流通のかたちを示す存在として高く評価された。
2位は2006年からカタール博物館議長を務めているシェイカ・アル=マヤッサ・ビン・ハマド・ビン・ハリーファ・アル=サーニー(Sheikha Al Mayassa bint Hamad bin Khalifa Al Thani)、3位は「あいち2025」の芸術監督を務めたフール・アル・カシミ、4位は2024年の「ヴェネツィア・ビエンナーレ」エジプト館代表アーティストのワエル・シャウキー、5位は日本でも度々展覧会を開催しているホー・ツーニェン。


6位はアフリカ系アメリカ人の画家でミシェル・オバマの肖像画を手がけたことで知られるエイミー・シェラルド、7位はアフリカ系アメリカ人画家ケリー・ジェームズ・マーシャル、8位はアフリカン・アメリカン研究、フェミニズム・クィア理論の思想家で『奔放な生、うつくしい実験』が今年日本でも翻訳刊行されたサイディヤ・ハートマン、9位はフォレンジック・アーキテクチャー、10位はヴォルフガング・ティルマンス。

今年のランキングは、西欧中心主義からグローバル・サウスへの地理的なシフト、中東地域のキーパーソンの台頭に加え、1位のマハマのように、独自のインフラを構築し、作品制作とアート界における新たなインフラやエコシステムを接続するようなアーティストたちを高く評価する結果となった。
たとえばエジプト出身のワエル・シャウキーは2026年初開催となるアートフェア「アート・バーゼル・カタール」のアーティスティック・ディレクターに就任し、シンガポール出身のホー・ツーニェンは「第16回光州ビエンナーレ」のアーティスティックディレクターを務めるなど多面的な活動を展開する。

11位以降のアーティストの中には、レジデンシー・プログラムを設立したアーティスト(マーク・ブラッドフォード、インカ・ショニバレ、トレーシー・エミン)のほか、独自のアートセンターや教育機関を設立したアーティスト(ヴォルフガング・ティルマンス、シアスター・ゲイツ、マリーナ・アブラモヴィッチ、エミリー・ジャーシル、ダルトン・パウラ、ラクス・メディア・コレクティヴ)、ビエンナーレや芸術祭を通じて新たなエコシステムを構築したアーティスト(サミー・バロジ、ボース・クリシュナマチャリ)などが名を連ねる。
フォレンジック・アーキテクチャーや、ガーナを拠点とするコレクティヴのblaxTARLINES、コンゴのプランテーション労働者からなるアートコレクティヴのCercle D’Art Des Travailleurs de Plantation Congolaise(CATPC)らは、既存のマーケットやアート界の権力構造とは別の場所や文脈で、作品の流通方法やアートに関わる人々の在り方を刷新する活動を行っている。
